日本には医師のことを「お医者様」「先生」と敬う歴史があります。
それにより「医学の専門家である医師は患者や家族よりつねに上位の人間であり、患者や家族は黙って医師の指示に従っていればよい」という社会的風潮は根強いものがあります。
しかし、このような考え方は現在の医療、とくにがんの治療に関しては大きな障壁になります。
本来、患者は治療法やその効果と副作用、リスク、治療に要する期間、費用などについて医師から十分な説明を受けたうえで、提示された治療法を受け入れるか拒否するかを自ら選択したり決定したりする権利をもっています。
近年では、1人の専門医にすべてを任せるのではなく、外科医、放射線医、腫瘍内科医など各分野の医師が共同して治療にあたるチーム医療制や、他の病院などの専門医の意見を聞く「セカンド・オピニオン」制も広がっています。自分の生死にかかわる問題を医師任せにした時代はすでに過去のものです。
しかしながら、自分の意思を明確にしたり、医師が示した治療法に対して意見や希望を述べるには、患者や家族もその病気についてなるべく多くの知識をもつことが必要です。病気や治療についての知識をもたないまま、医師や病院に無理難題をもちかけても、会話が成立しませんし限られた診療時間内では解決しません。医師や病院を困らせ、治療を困難にしてしまう原因になります。
また、何をもって治療が有効であったとみなすか、治療の目標地点についての医師側と患者側の認識をおおむね一致させておかないと、その目標に向かって双方が協力して立ち向かうこともできません。
そして、患者や家族が治療法の選択に加わった場合には、それによって生ずる結果に対して一定の自己責任を負うべきです。結果が自分の期待通りでないからといって医師や病院を責めるようなことがあるとしたら、それは見当違いのふるまいともなり得ます。
これらの問題を考えるには、まずがんの治療目的がどのようなものかを知っておく必要があります。そこで、アメリカのアメリカがん協会の資料から、現在のがん治療の考え方を記しておきます。
がん治療の目的は何か?
治療の第一の目的は病気を治すことです。しかしがんの場合「治す」という定義は必ずしも統一されているとはいえません。実際のがん治療には、状況に応じてそれぞれ次のような目的があります。
1.見つかっているすべてのがん細胞を取り除く。
2.最初に発生したがん(原発がん)の再発と転移を防ぐ。
3.がんの治療効果と副作用のバランスを計る。
そして、以上の治療目的が達成できずにがんが再発したり急速に成長した場合、治療法には次の新しい目的がつけ加えられます。
4.がんをなるべく現状にとどめるため、がんをより直接的に攻撃する治療法を実施する。
5.すべての妥当な治療法を使い果たした場合には、(がんそのものではなく)がんによって患者に生じる痛みなどの症状を和らげる処置を行う。
以上のような治療の指針を実行するために、医師は、よく知られている治療を単独で実施したり、あるいはいくつかの治療を組み合わせて用います(ほとんどの場合”組み合わせ”になります)。
がんの治療は「標準治療」といわれる次の3種類、「手術」「化学療法(抗がん剤治療)」「放射線治療」と、それ以外の治療(実験的治療)に分けられます。ちなみに実験的治療というのは、その手法や治療効果はまだ確立していないものの、将来の治療として可能性があると期待されているものです。
はじめの3つの治療で効果を得られなかった患者は、しばしば実験的な治療を希望することがあり、他方、医師の側も、再発したがんや末期のがんの患者に対してこれらの治療法を紹介し、勧めることがあります。