この記事では、がん治療中に味覚障害が起こる理由から、それを乗り切るための食事のヒントや具体的な工夫について詳しくご紹介します。
味覚の変化に戸惑うあなたや、大切な方の食事が少しでも楽になるよう、ぜひ参考にしてください。
なぜ味覚が変わるの?がん治療による味覚障害の理由
味覚障害は、がん治療の様々な段階で起こり得ます。その主な原因を知ることで、心の準備ができ、冷静に対処できるようになります。
主な原因
- 抗がん剤の影響: 特定の抗がん剤は、味を感じる細胞である「味蕾(みらい)」や、味覚を脳に伝える神経に直接ダメージを与えることがあります。これにより、味の感じ方が鈍くなったり、特定の色々な味が混ざって感じられたり、あるいは金属のような不快な味が常にしたりすることがあります。味蕾の細胞は再生しますが、治療中はそのサイクルが乱れがちです。
- 放射線治療の影響: 頭頸部(口、喉、鼻など)への放射線治療は、唾液腺や味蕾に深刻な影響を与えることがあります。唾液の分泌が減ることで口の中が乾燥し(ドライマウス)、味が伝わりにくくなるだけでなく、味蕾自体がダメージを受けて味覚障害が起こります。
- 薬剤の影響: がん治療で使われる抗がん剤だけでなく、鎮痛剤、抗生物質、抗ヒスタミン剤など、がん治療以外で使われる薬の中にも、味覚に影響を与える副作用を持つものがあります。複数の薬を服用している場合は、その組み合わせが味覚変化を助長することもあります。
- 口内炎や口の乾燥: 治療の副作用で口の中に炎症が起きる口内炎や、唾液の減少による口の乾燥(ドライマウス)は、味覚に大きな影響を与えます。口内炎の痛みで食べることが難しくなるだけでなく、口の中が乾燥すると、味の成分が溶け出しにくくなり、味覚が鈍くなります。
- 栄養状態の変化: 体内の亜鉛などの特定のミネラルが不足すると、味覚障害が起こることが知られています。亜鉛は味蕾の細胞の再生に重要な役割を果たすため、その不足は味覚機能に直接影響します。
- 精神的な要因: がんという病気への不安、治療によるストレス、抑うつ状態なども、味覚の感じ方に影響を与えることがあります。心の状態が食欲や味覚に大きく影響することは少なくありません。
これらの原因によって、食事が美味しく感じられなくなり、食欲低下につながることがあります。しかし、多くの場合、味覚障害は一時的なものであり、治療が終わると徐々に回復していきます。焦らず、今の状態に合わせた工夫を試すことが大切です。
味覚障害を乗り切る食事の「基本の考え方」と「実践的な工夫」
味覚障害がある時に食事をするのは大変ですが、いくつかのポイントを押さえ、実践的な工夫を取り入れることで、少し楽になることがあります。大切なのは、「食べられるもの」を「食べられる方法」で試していくことです。
1. 味付けの工夫:変化した味覚に合わせた調整術
味覚が変わったと感じたら、これまでの味付けにこだわらず、柔軟に調整してみましょう。一つの味に頼らず、様々な要素を組み合わせるのがコツです。
- 酸味を活用: レモン汁、酢、梅干し、ポン酢、トマトなど、心地よい酸味を加えることで、口の中がさっぱりし、不快な味を和らげることができます。例えば、焼いた魚にレモンを絞ったり、和え物に少しお酢を加えたりするのも効果的です。
- 甘味を少し強める: 砂糖やみりんを少量加えたり、メープルシロップ、はちみつ、果物の甘みなどを利用するのも有効です。特にデザートや飲み物で試しやすいでしょう。
- だしの活用: 和食のだし(カツオだし、昆布だし、しいたけだし)は、うま味成分が豊富で、薄味でも満足感が得られます。汁物や煮物、蒸し料理などで積極的に使ってみましょう。市販のだしパックや粉末だしも便利です。
- ハーブやスパイスの活用(刺激に注意): コショウ、カレー粉、パセリ、バジル、オレガノ、タイム、ショウガ、ミョウガ、シソなど、香りの良いものを少量加えると、風味が増し、食欲を刺激します。ただし、刺激が強すぎると口内炎などを悪化させる可能性もあるので、ごく少量から試し、体調に合わせて調整しましょう。
- 「味がしない」または「味が薄い」と感じる場合:
- 香りを強調する: 焦がし醤油、ごま油、青じそ、ミョウガ、ネギ、パセリなどの香り野菜や香辛料をアクセントに使うと、味の印象が強まります。
- 食感を加える: とろみのあるあんかけ、シャキシャキとした野菜の千切りなど、食感に変化をつけることで、味覚以外の感覚も使い、食事を楽しめます。
- 風味豊かな食材を取り入れる: ナッツ、ゴマなど、元々風味やコクが強い食材は、味覚が鈍っている時でも感じやすいことがあります。
- 見た目を工夫する: 彩りの良い食材を使ったり、盛り付けをきれいにしたりすることで、視覚からも食欲を刺激できます。食欲がない時こそ、五感を使って食事を楽しみましょう。
2. 食材選びの工夫:口に合うものを見つける旅
これまでの「好き嫌い」にとらわれず、新しい食材や調理法を試してみましょう。意外なものが口に合うかもしれません。
- 匂いの少ない食材を選ぶ: 肉や魚の臭みが気になる場合は、鶏むね肉や白身魚(タラ、カレイなど)など、比較的匂いの少ないものを選びましょう。缶詰(ツナ缶、サバ缶など)や加工食品は、調理済で匂いが気になりにくい場合もあります。
- 素材の味を活かす: 新鮮な野菜や果物は、そのものの自然な甘みや酸味を楽しめます。旬の野菜や果物は、栄養価も高く、心身のリフレッシュにもつながります。
- 冷たい料理を活用: 匂いが立ちにくい冷たい料理(冷製スープ、ゼリー、アイスクリーム、冷やしうどん、茶碗蒸しなど)は、吐き気や味覚の変化がある時でも食べやすいことがあります。
3. 調理法と器の工夫:食べるストレスを減らすアイデア
ちょっとした工夫で、食事がもっと楽になり、心理的な負担を減らせます。
- 調理法を変える: 揚げ物や炒め物など、油を使う調理法は匂いが立ちやすいので、煮る、蒸す、茹でる、オーブンで焼くといったシンプルな調理法を選びましょう。レンジ調理も匂いが広がりにくく便利です。
- 加熱時間を見直す: 肉や魚は、加熱しすぎるとパサつき、味を感じにくくなることがあります。適切に火を通し、ジューシーさを保つことで、食感と味を向上させられます。
- 非金属製の調理器具・食器: 金属味が気になる場合は、プラスチック、陶器、ガラス製のスプーンやフォーク、食器を使ってみましょう。口の中の不快感を減らすことができます。
- 個食で提供: 大皿ではなく、一人分ずつ盛り付けると、匂いが広がりにくく、見た目の心理的負担も減らせます。少量ずつ出すことで、「これだけ食べればいい」と目標を定めやすくなります。
4. こまめな水分補給と口腔ケア:口の中の環境を整える
口の中の環境を整えることも、味覚障害の緩和に直結します。
- 口の乾燥を防ぐ: こまめに水分を摂ることで、口の中を潤し、味が伝わりやすくします。水、お茶、氷、ゼリー飲料などがおすすめです。
- 食後のうがい・歯磨き: 食事の後に口の中を清潔に保つことで、不快な味を軽減し、口内炎の予防にもなります。刺激の少ない歯磨き粉や、ノンアルコールのマウスウォッシュを選びましょう。
味覚障害がある時の「食べ方の工夫」と「過ごし方」のヒント
レシピだけでなく、食事の環境や食べ方そのものにも工夫を凝らすことで、味覚障害による食事のストレスを軽減できることがあります。
1. 食事の環境を整える
- 清潔で快適な空間: 食事をする場所は、清潔で匂いがこもらないように換気しましょう。特にキッチンからの料理の匂いは、食欲を刺激するどころか、不快に感じさせることもあるため、食事スペースと調理スペースを分けるなどの工夫も有効です。
- リラックスできる雰囲気: 好きな音楽をかけたり、お気に入りの食器を使ったり、テーブルクロスを敷いたりして、できるだけリラックスできる環境を作りましょう。食事は心の栄養でもあります。
- 無理のない姿勢: ベッドの上で食べる場合は、上半身を起こして食べやすい姿勢を取りましょう。座って食べる際も、体が楽な姿勢を見つけることが大切です。
2. 食べ方の工夫
- 急いで食べない: ゆっくりと、よく噛んで食べましょう。早食いは胃に負担をかけ、味を十分に感じられない原因にもなります。一口ごとに箸やフォークを置くなど、意識的にペースを落とすのも良い方法です。
- 一口の量を少なく: 口に入れる量を少なくし、少しずつ食べることで、味覚への負担を抑えられます。無理なく食べ進めることができます。
- 食後はすぐに横にならない: 食後1~2時間は、胃酸の逆流を防ぐためにも、横になるのを避けましょう。座ってゆっくり過ごすのが理想です。軽い読書やテレビ鑑賞などで気分転換を図るのも良いでしょう。
- 飲み物で流し込む: パサつく食べ物は、水分で流し込むようにすると、のどごしが良くなります。ただし、食中に水分を摂りすぎるとお腹がいっぱいになりやすいので、食事の前後に少量ずつ摂るのがおすすめです。
3. 医療者への相談の重要性
味覚障害が続く場合は、我慢せずに必ず主治医や看護師、管理栄養士に相談してください。
- 薬の調整: 味覚障害の原因が特定の薬剤にある場合、医師が薬の量や種類を調整してくれる可能性があります。
- 栄養指導: 管理栄養士は、あなたの体調や味覚の変化に合わせて、具体的な食事プランやレシピのアイデアを提案してくれます。口内炎や口の乾燥など、味覚障害と併発している症状への対処法も一緒に考えてくれます。
- 栄養補助食品の活用: 食事が十分摂れない場合は、栄養士から栄養補助食品の適切な使い方についてアドバイスがもらえます。
まとめ:味覚の変化は一時的。工夫で乗り切ろう!
がん治療中の味覚障害は、食事の楽しみを奪い、心身に大きな負担を与えるつらい副作用です。しかし、多くの味覚障害は一時的なものであり、治療が終われば徐々に回復していきます。
「完璧に食べなくても大丈夫」という気持ちで、ご紹介した食事の工夫や、食べ方のヒントを参考に、無理なく食べられる方法を探してみましょう。酸味や香りを活用したり、口当たりの良いものを選んだりすることで、「これなら食べられる」というものが見つけやすいです。
一人で抱え込まず、医療者や周囲のサポートを積極的に利用しながら、味覚の変化を乗り切り、「食べる」喜びを取り戻していきましょう。