エビデンスにもとづく医学とは
過去、医学は「人それぞれの考え方・治療」を行うことが主流でした。つまり医師の直感、経験、学習などから導かれたものをベースとして診療が行われていたため、医師や地域により診療内容に大きなばらつきがあったのです。
しかし現在ではあらゆる医学的な根拠を客観的に評価することが強いられる時代になりました。
いまよくいわれるEBM(Evidenced Based Medicine)すなわち「エビデンス(根拠)にもとづく医学」とは、「入手可能でもっとも信頼できる根拠となる事象を把握し、そのうえで個々の患者の価値観や病状などを考慮して医療を行うこと。またそのような医療を行うための一連の行動指針」と定義されています。
たとえば、臨床試験もランダム化比較試験によって、思い込みによって生じる偏りや、プラセボ効果(偽薬効果)などを排除できるようになりました。そしてこのような臨床試験の一般化により質の高いエビデンスが集積され、さらにはコンピューターやインターネットの普及も相まって、診療の標準化が世界レベルで進んでいます。
がん治療は複雑であり、すべての治療がEBMに基づいているわけではありませんが、EBMの普及により、医療は治療効果の向上を目指すだけでけでなく、医学教育の改良や医療体制の透明性をはかるなど、あらゆる医療分野での決定プロセスに変化が生じています。
すべての患者には適用できない「ガイドライン」
がん治療における、部位ごとに定められたガイドラインは診療に携わる医師あるいは患者を対象にしており、EBMの観点から適切な治療法の選択肢を示すものです。
ガイドラインの目的は、治療の標準化を行い、安全性や治療成績の向上を目指すとともに、医療側と患者側の相互理解を深めることにあります。
ガイドラインは「守るべきルール」のように扱われることは多いものの、実際にそのまま適用できる患者は50~60パーセントともいわれています。
さらにがんが転移・再発した場合には、個々の患者について治療効果や副作用を慎重に観察しながら、1次治療、2次治療、3次治療と進めていきます。ですから、「このとおりにやりなさい」と厳格にガイドラインを定めることはできません。ある程度の道しるべとなる治療のやり方や根拠を示したもの、だといえるでしょう。
インターネットにより、欧米のガイドラインを閲覧することが可能になりました。しかし日本と欧米では医療制度や各種のがんに対する診断および治療に対する考え方や治療成績が異なっています。日本と欧米では手術の方法などが異なり、体質や生活環境にも違いがあるので、これは当然ともいえます。そのため、ガイドラインにもまた相違点があるのが事実なのです。
EBM・エビデンスの意義
EBMが広まったことは医療の標準化を進め、がん医療においても"底上げ"に貢献していることは間違いありません。
しかし、その一方で新たな問題を投げかけています。
医師たちの多くは以前は、治癒を目指す手術が困難ながん患者に対しては、「とりあえず効く抗がん剤の治療をしましょう」などとその後の経過や余命には踏み込まない話していました。
現在では「現時点で最良の治療は、抗がん剤治療をすることです。しかし残念ながら、あなたのがんが治る見込みはありません。がんとの共存時間をより長くし、有意義な生活を送ることを目標に考えましょう」というように説明することが多くなりました。
エビデンスが提示するものは医療がもつ力というより、その限界です。たとえば「手術後の5年生存率は70パーセント」というデータは生存率が高くも思えますが、10人のうち3人は治らずに死ぬことを意味します。そして、患者にとっては10人のうち7人の治るグループに入るか、3人の治らないグループに入るかは100パーセントかOパーセントのいずれかです。
さらにがんが再発した場合、「生存期間の平均値は10カ月」というのは、10人のうち4人は10カ月は生きていられないことを意味します。
これまで曖昧にされてきたことや、見たくない現実であっても、データに基づくことである程度は見えてきてしまう、ということです。これは「すべてを知ってから考えたい。受け入れたうえで対処したい」という時代の流れを表しているといえますが、厳しい現実を受けいれることはとても勇気のいることだといえます。
以上、エビデンスについての解説でした。