がんの悪性度とは何か
がんについて「悪性度」という表現が用いられることがあります。がんに関して「悪性」というとき、それは"悪質性の高さ"を表します。医師やがんの専門家が「このがんは悪性である」とか「悪性度が高い」と言うときには、重要な意味が込められています。
がんはすべて悪性の病気ですが、その中でも治療が特に困難で、患者さんを短期間で生命の危険にさらすがんが存在します。これが"より悪性のがん"あるいは"悪性度の高いがん"と呼ばれるものです。
同じがんでも悪性度に違いが生じる理由は、がんの種類(発生する臓器や器官、組織の性質の違いなど)によるだけでなく、がん細胞そのものの性質にも原因があります。具体的には、がん化した元の細胞が「未分化」であるほど、一般に悪性度が高くなるという特徴があります。
がん細胞の分化度による分類
「分化」とは細胞の成熟の度合いのことです。細胞の元となる細胞(幹細胞)が、何度も分裂をして分化し、成熟すると、特定の役割を担う細胞となります。例えば脳の神経細胞や皮膚細胞、血液中の白血球や赤血球などがこれにあたります。
未分化の細胞は、繰り返し分裂・増殖したり移動したりという多様な能力を持っています。しかし分化が進むにつれてそれらの能力の多くは失われ、専門化した細胞としての役割のみを果たすようになります。
分化度による分類の詳細
がん細胞の分化度は、がん細胞が正常な細胞の形態をどれくらい維持しているかで判断されます。分化度による分類は以下のようになります。
| 分化度 | 特徴 | 悪性度 | 増殖速度 |
|---|---|---|---|
| 高分化 | 正常細胞に近い形態を保持 | 低い | 比較的ゆっくり |
| 中分化 | 中間的な形態 | 中程度 | 中程度 |
| 低分化 | 正常細胞とは異なる形態 | 高い | 比較的速い |
| 未分化 | 元の細胞の特徴をほとんど保持せず | 最も高い | 最も速い |
分化型がんの特徴
例えば胃壁を作っている細胞ががん細胞に変わって胃がんを発症した場合を考えてみましょう。そのがん細胞がもともとほぼ分化を終えて成熟しかかった細胞であれば、性質は元の胃壁の細胞によく似ており、専門医が顕微鏡で観察すればすぐに見分けることができます。
この場合、それが胃壁を作っている細胞であることが分かれば、その特性に最も適した治療法を選ぶことも可能になります。これは比較的悪性度の高くないがんということになります。
未分化がんの特徴と危険性
一方、同じ胃がんでも、がん細胞が明確に分化していない、つまり未分化の胃がん細胞というものが存在します。これは増殖の速度が速く、周りの組織にすばやく浸潤し、さらに自分の内部に周囲から新しい血管を引き込んで酸素や栄養を吸収しながら、急速に成長します。
さらに、がん細胞の一部ががん組織からはがれ落ち、血流に乗って全身を移動し、別の臓器などに付着して転移し、そこでも成長することになります。このような性質のがんは悪性度が高く、「未分化がん」と呼ばれます。
未分化がんの生物学的特性
ヒトの受精卵が分裂し始めた段階(胚)の細胞は、極めて速く分裂します。つまり細胞は一般に、未分化の度合いが高いほど分裂速度が速いということができます。この段階の細胞は、正常な細胞ががん化したときに初めて現れる無限の分裂能力を備えています。
これらのことから、未分化の細胞ががん化したもの(未分化がん)が最も厄介な存在であるといえます。
未分化がんと治療の関係
しかしこのことは実は、放射線治療や抗がん剤による治療には有利に働く面もあります。というのも、放射線や多くの抗がん剤は細胞が分裂する過程のどこかに作用するため、分裂を頻繁に繰り返す未分化のがん細胞に対しては、それだけこれらの治療効果を生み出すチャンスが何度も訪れるからです。
この、放射線や抗がん剤に対する「感受性が高い」という点が、悪性度の高い未分化がんの唯一の弱点なのです。ただし最近注目されるようになった「がん幹細胞」は抗がん剤や放射線に強いとされています。
未分化がんの2つのタイプ
未分化がんは大きく2種類に分けられます。
原発性未分化がん
一つ目は、まだ分化していない幹細胞ががん化したものです。例えば白血球になる前の幹細胞ががん化して生じる白血病がその例です。このタイプは初期段階から未分化の状態でがん化します。
続発性未分化がん
二つ目は、一度がん化した細胞が、何度も分裂を繰り返すたびに遺伝子の変異を重ねて、逆に未分化の状態に戻ってしまったがんです。
例えば胃がんの細胞は、最初は胃の細胞であることが明確であるものの、分裂したり転移したりするうちにその特徴が次第に失われて悪性度が高くなっていき、ついにはどこの細胞ががん化したものか見分けられなくなることがあります。
なぜがん細胞にはこのような現象が起きるのかは、まだ完全に解明されていません。
部位別がんの悪性度の特徴
がんの悪性度は発生部位によっても特徴があります。2025年現在の最新データに基づいて、主要ながんの悪性度を見てみましょう。
肺がん
肺がんは男女合わせて最も死亡数の多いがんです。肺がんには腺がん、扁平上皮がん、小細胞がん、その他の組織型があり、それぞれ悪性度が異なります。特に小細胞肺がんは未分化がんの代表例で、増殖が速く転移しやすい特徴があります。
大腸がん
大腸がんは罹患数が最も多いがんです。大腸がんの多くは高分化型の腺がんで、比較的おとなしい性質を持ちます。ただし、低分化型の大腸がんも存在し、これらは悪性度が高い傾向にあります。
胃がん
胃がんは分化型と未分化型に大別されます。分化型胃がんは腺管構造を作りながらまとまって増殖し、未分化型胃がんはパラパラと広がるように増殖します。未分化型の中には、増殖速度が速いことで知られるスキルス胃がんも含まれます。
乳がん
乳がんは比較的予後が良好ながんとされていますが、乳がん細胞の分化度やホルモン受容体の有無、HER2というタンパク質の発現状況などによって悪性度が変わります。これらの因子を総合的に評価して治療方針が決定されます。
肝がん
肝がんは悪性度の高いがんの一つです。多くは慢性肝炎や肝硬変を背景に発生し、診断時にはすでに進行していることが多いという特徴があります。
グレード分類について
がんの悪性度を表す指標として、ステージ(病期)とは別に「グレード」という分類があります。ステージががんの広がりを示すのに対し、グレードはがん細胞そのものの性質(悪性度)を示します。
WHO分類におけるグレード
世界保健機関(WHO)の分類では、多くのがんでグレード1から4までの4段階に分類されます。グレードが高いほど悪性度が高いことを示します。
臓器特異的なグレード分類
一部のがんでは独自のグレード分類が用いられます。例えば前立腺がんではグリーソン・スコアという独特の分類システムが使われ、2から10までの9段階で悪性度を評価します。
最新の研究動向
2025年現在、がんの悪性度を評価する新しい手法が次々と開発されています。遺伝子解析技術の進歩により、がん細胞の遺伝子変異パターンから悪性度を予測する分子診断が実用化されています。
また、人工知能を活用した画像診断により、病理組織像から自動的に悪性度を判定するシステムも導入が進んでいます。これらの技術により、より正確で迅速な悪性度評価が可能になっています。
患者さんとご家族へのアドバイス
がんの悪性度や分化度は、治療法選択や予後予測において重要な情報です。しかし、悪性度が高いからといって必ずしも治療が困難というわけではありません。現在では悪性度の高いがんに対しても効果的な治療法が多数開発されています。
重要なのは状況に最も適した治療法を選択することです。
まとめ
がんの悪性度と分化は、がん細胞の基本的な性質を理解する上で欠かせない概念です。分化度が低く未分化ながんほど悪性度が高い傾向にありますが、同時に治療薬に対する感受性も高いという特徴があります。
現代のがん治療では、これらの特性を活かした個別化医療が進歩しており、正しい知識を持つことで、より良い治療選択につながります。


