がんの臨床試験とは何か?基本的な仕組みを理解しよう
がん治療において、薬物治療(化学療法)は中心的存在ですが、患者さんが実際に使える薬は原則として「承認されている薬=標準治療として使われる薬」になります。しかし、標準治療が効かなくなった場合や、新しい治療の可能性を探りたい場合には「臨床試験(治験)」を受けるという選択肢があります。
臨床試験とは、人を対象によりよい治療法や検査法を開発するために、倫理的なルールに従って実際に新しい治療や診断を行い、その有効性や安全性を合法的、科学的に評価する試験のことです。一方、治験は臨床試験の一部で、まだ承認されていない薬を使って、国の承認を得るために行う試験を指します。
2025年現在、国内では約800のがん領域臨床試験が実施されており、デジタル技術を活用したオンライン治験も導入が進んでいます。新薬の開発には通常9年から17年、費用は約500億円がかかり、開発の成功率は約3万分の1という非常に困難なプロセスですが、これによって私たちが使える治療薬が生まれています。
がんの臨床試験 第1相(フェーズ1)とは?安全性を確認する最初のステップ
第1相試験は、初めて人に投与する試験で、主に安全性を調べることが目的です。通常の薬の場合は健康な人を対象に行いますが、抗がん剤やがん治療で使われる薬の場合は、健康な人には毒性が強すぎることが多いため、標準治療を行うことができないがん患者さん(数人~数十人程度)の協力を得て実施されます。
第1相試験では、薬を少ない量から段階的に増量しながら、安全に使用できるかどうか、また体内でどのような動きをするかを調べます。がんの部位や種類は絞りません。効果よりも副作用などの安全性を調べることが第一の目的だからです。
具体的には、投与方法、投与間隔、適切な(至適)用量、他の薬との組み合わせなどが検討されます。効果はほぼ期待しない試験になるため、この第1相試験の対象者はほとんどが標準治療を終えた方です。参加される方は第1相試験の位置付けを理解した上で、それでも何か効果が見られるのではないかとチャレンジしてみたいという気持ちで参加されることが多いです。
がんの臨床試験 第2相(フェーズ2)とは?有効性の評価が始まる段階
第2相試験では、第1相試験で得た用量などのデータを基に、がん種を絞って有効性を確認します。つまり、第1相試験で安全な量や、生じる副作用の種類、確率などがある程度判明したら、次のステップとしてさらに安全性を調べつつ、有効性を調べるのがこのフェーズの目的です。
第2相試験では、数十人から100人程度の患者さんが対象になります。新しい抗がん剤の場合は、第2相試験の結果が良ければ承認されることがあり、第3相試験を経ずに実用化される場合もあります。この段階では薬の有効性を見極めることが重要なため、被験者の条件をある程度そろえる必要があります。がんのステージや進行状況、体調やこれまでの治療歴などで条件を設けて実施されます。
第2相以降は治療的要素もありますが、効くかどうかは分かりません。予測できない副作用もあり得ます。第1相で試していても、試験に参加する人数も少なく、特に長期的な有害事象はまだ不明なことが多いのが現状です。効果は、奏効率(腫瘍が30%以上小さくなった人の割合)や、無増悪生存期間(効果が続く期間)などで判断されます。
もし、この段階で治療薬に有効性が見られなければ、第3相試験には進まないため、途中で終了する試験も多くあります。
がんの臨床試験 第3相(フェーズ3)とは?標準治療との比較で効果を検証
第3相試験では、がん患者さんにおける有効性、安全性、薬の使用方法について、第2相試験よりもさらに詳しく調べます。通常の薬の場合は承認前に実施されますが、抗がん剤の場合は承認・製造・販売後に行われることもあります。
これまで使われてきた抗がん剤と比較して、新しい抗がん剤がどの程度効果が高いか、副作用が少ないかを確かめます。対象者は数十人から数百人のがん患者さんで、場合によっては数千人以上になることもあります。300人から500人で実施されることが一般的です。
治験の進め方としては、治験薬と標準治療で既に使われている薬を比較します。新薬が標準治療よりも優れているか同等(非劣性)ならば、承認の条件を満たすことになります。具体的には新しい治療法と標準治療の比較を「ランダム化比較試験」で行います。
ランダム化とは、被験者を無作為に「新しい治療法を受けるグループ(試験治療群)」、「標準治療を受けるグループ(対照群)」に分け、それぞれの薬の効果を測定・評価することです。治験を受ける人は、自分がどちらのグループに入ったのか分からない場合もあれば、分かる場合もあります。これは担当医に確認すればどのような試験なのかが分かります。もちろん、どちらに入りたいと希望することはできません。
第3相試験で良い結果が得られたら、国に承認を申請します。逆に効果があるという結果が得られなければ、500億円かけて開発してきても開発中止となります。
がんの臨床試験 第4相(フェーズ4)とは?市販後の安全性調査
第4相試験は、すでに承認された薬に対して、長期間の効果や晩期に起きる副作用などを調査するための試験です。参加人数は数百人から数万人になることもあります。「市販後臨床試験」とも呼ばれており、実際に多くの患者さんが使用することで見えてくる問題がないかを確認します。
2025年最新情報:オンライン治験の導入と地域格差の解消
2025年現在、がん臨床試験の分野で注目すべき最新の動向として、オンライン治験(DCT:Decentralized Clinical Trial)の導入が挙げられます。新型コロナウイルス感染症の影響をきっかけに、わが国でも条件付きで初診からのオンライン診療が可能となり、治験分野でも「オンライン治験」の可能性が模索されるようになりました。
2022年に愛知県がんセンターが、がん領域では国内初となる完全リモート治験を開始したのを皮切りに、2023年には国立がん研究センター中央病院でも希少がんに対するオンライン治験がスタートしました。2025年2月には、BRAF融合遺伝子陽性の膵がんまたは低悪性度神経膠腫を対象とした医師主導オンライン治験も開始されています。
オンライン治験では、患者さんは居住地域の医療機関(パートナー施設)へ来院し、パートナー施設と治験実施医療機関をオンラインでつなぎ診察を行います。治験薬(経口薬)は、治験実施施設から患者さんの自宅へ直接配送され、医師の指示のもとで内服します。治験期間中の検査については、パートナー施設で実施され、検査結果は治験実施施設に共有される仕組みです。
現在のパートナー施設は、国立病院機構四国がんセンター、島根大学医学部附属病院、鹿児島大学病院、熊本大学病院、高知大学病院などがあり、今後全国に拡大される予定です。これにより、地方在住の患者さんの治験アクセスが劇的に改善し、時間的・経済的負担が軽減されることが期待されています。
がんの臨床試験・治験に参加するメリットとデメリット
臨床試験への参加には、メリットとデメリットの両方があることを理解しておくことが重要です。
メリット
- 最新の治療法を受けられる可能性がある
- 標準治療が効かなくなった場合の新たな選択肢になる
- 専門的で質の高い医療ケアを受けられる
- 将来のがん患者さんのための医療の発展に貢献できる
- オンライン治験により地方からも参加しやすくなった
デメリット
- 予期しない副作用が起こる可能性がある
- 効果が期待したほど得られない場合がある
- 定期的な検査や来院が必要で時間的負担がある
- プラセボ(偽薬)を投与される可能性がある(第3相試験の場合)
- 途中で治験から除外される可能性がある
がんの臨床試験・治験の参加手続きと注意点
治験への参加にあたっては、様々な手続きが必要です。治験担当医師や臨床研究コーディネーターから、必ず治験前に詳細な説明があります。治験を受けることで想定される利益や不利益などを含めた説明がなされた上で、書面での同意により参加することができます。
治験は「ヘルシンキ宣言」に基づく倫理的原則と、「医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)」を遵守して行われています。これにより、治験に参加される方の利益が損なわれることがないよう、安全な手続きで治験は進められます。
治験の参加中にやめたくなった場合は、本人の意思でいつでもやめることができますので安心してください。また、治験審査委員会において、治験実施計画書が治験に参加される患者さんの人権と福祉を守って科学的に調べられる計画になっているかなどが厳格に審査されています。
がんの臨床試験情報の探し方と相談先
がんの臨床試験に関する情報を入手する方法として、以下のようなWebサイトがあります:
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんの臨床試験を探す」
- jRCT(臨床研究実施計画・研究概要公開システム)
- 大学病院医療情報ネットワーク研究センター(UMINセンター)
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構の治験情報
- 患者本位の「がん治験情報サイト」
2025年5月には厚生労働省の治験等の情報についてのページにも患者本位のがん治験情報サイトが掲載されるなど、情報アクセスの改善が進んでいます。また、「がんの治験を検索」にフリーワード検索機能が実装されるなど、患者さんが情報を探しやすい環境が整備されています。
治験や臨床研究について相談がある場合は、各がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターにご相談ください。電話などでは現在の病状や健康状態を正確に判断できないため、確実に参加できる治験の紹介や参加可能性については回答できませんが、一般的な情報提供は受けることができます。
希少がんにおける臨床試験の進歩
最近の分子生物学的研究の進歩によって、希少がんの一部においては、その増殖・浸潤・転移など、病気の活動に関係するメカニズム(例:遺伝子異常)が解明されつつあります。国立がん研究センターをはじめとする世界のがん治療開発施設では、疾患のオミックス解析を実施し、がんや宿主を詳しく解析することにより、臨床試験・治験の早期の段階から有望な治療を見出すことを目標としたトランスレーショナル研究を実施しています。
特に注目すべきは、がんゲノム医療の枠組みを活用した治験の増加です。がん遺伝子パネル検査の結果に基づいて、対象となる遺伝子変異が発見された患者さんに適した治験を紹介する仕組みが構築されています。これにより、希少がんの患者さんでも自分に適した治験を見つけやすくなっています。
まとめ:がんの臨床試験は医療の進歩に欠かせない仕組み
がんの臨床試験・治験は、第1相から第4相まで段階的に実施され、それぞれに明確な目的があります。第1相では安全性の確認、第2相では有効性の評価、第3相では標準治療との比較による検証、第4相では市販後の長期安全性調査が行われます。
2025年現在、オンライン治験の導入により地域格差の解消が進んでおり、遠隔地に住む患者さんも治験に参加しやすい環境が整備されています。また、がんゲノム医療の発展により、個々の患者さんに適した治験を見つけやすくなっています。
治験への参加は、標準治療では効果が期待できない患者さんにとって新たな希望となる可能性がある一方で、予期しない副作用などのリスクもあります。参加を検討される場合は、担当医師とよく相談し、十分な説明を受けた上で慎重に判断することが大切です。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんの臨床試験を探す」
- 国立がん研究センター「BRAF融合遺伝子陽性の膵がんまたは低悪性度神経膠腫を対象とした医師主導オンライン治験を開始」
- 厚生労働省「治験・臨床試験の推進に関する今後の方向性について 2025年版とりまとめ」
- 国立がん研究センター「希少がんに対するオンライン治験を開始」
- がん情報サイト「オンコロ」「がん領域国内初のリモート治験はいかに実施されたのか、1年半を振り返る」
- 患者本位の「がん治験情報サイト」
- がんプラス「がんの治験情報をお探しの方に知ってほしい5つのこと」
- 国立がん研究センター中央病院「新薬の治験と臨床試験について」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「研究段階の医療(臨床試験、治験など)詳細情報」
- 国立がん研究センター 希少がんセンター「治験情報」