がんを攻撃する免疫の中心で活躍するのがT細胞です。CAR-T(カーティ)細胞とは、がんをみつけて攻撃しやすいように人工的につくり替えたT細胞のことです。
簡単にいうと、CAR-T細胞は、患者の体のなかにあるがんを瞬時にみつけ攻撃をしかけます。さらに体内で増殖して、がん細胞を一斉攻撃する役割を担います。
人工的にパワーアップされたT細胞である。
がんの発生は遺伝子に傷がつくことと大きな関わりがあります。遺伝子への傷が多いと、T細胞ががんをみつけたり、破壊したりしやすくなります。
一方でがんは攻撃から逃れるために、さまざまな方法を使ってT細胞にブレーキをかけます。
このため、「T細胞にかけられたブレーキを外す」作用を持つ「免疫チェックポイント阻害薬」を使えば、T細胞が活動を再開し、遺伝子の傷が多いがん細胞の存在に気づいて攻撃をはじめるので、治療効果を期待できる、という仕組みです。
しかし、がんによっては、もとから遺伝子の傷が少なくて、T細胞ががんをみつけにくく、攻撃が難しいものがあります(白血病など)。
これでは、免疫チェックポイント阻害薬でブレーキを外しても効果があがりません。がんにはたくさんの種類がありますが、白血病の他に「遺伝子の傷が少ないがん」は以下のような種類があります。
- 星細胞腫(脳腫瘍のひとつ)
- 髄芽腫(脳腫瘍のひとつ)
- 膠芽腫(脳腫瘍のひとつ)
- 急性リンパ性白血病
- 急性骨髄性白血病
- 慢性リンパ性白血病
- 神経膠腫
- B細胞リンパ腫
- 神経芽細胞腫
- 膵臓がん
- 乳がん
- 甲状腺がん
これらは免疫チェックポイント阻害剤を適応するのが難しいがん種です。
これらに対してT細胞による攻撃が実現するように開発されたのがCAR-T細胞療法です。
つまりCAR-T細胞とは、がんを認識しやすくするようにしたT細胞です。T細胞に「これががんだよ」と教える仕掛けを加え、がんを攻撃しやすくします。
一部の血液がんの治療薬として2017年に米国で実用化され、日本でも2019年から使えるようになりました。
これまで治療が難しく、命を救うことが難しかったがん患者が、CAR-T細胞によってがんが消えた、という臨床試験の結果が得られました。
これまでは攻撃力を高める免疫療法が主流で体外で免疫細胞を増やしたり、強そうな免疫胞を選んだりして投与していましたが、ほとんど成果がでていませんでした。
CAR-T細胞療法は従来の免疫療法とは異なる結果が生まれたことで注目を浴びています。
免疫チェックポイント阻害薬では効果があがらない
そもそもT細胞は、がん細胞をどのようにみつけているのでしょうか。
T細胞は「私の体以外のもの」を排除する役割を担っています。
誤って「私の体」を攻撃しないように「これは私の体以外のものである」と確認するためのセンサー「T細胞受容体」をもち、そのセンサーを使って相手を攻撃するべきかどうか決めています。
センサーには、たとえば新型コロナウイルスに対するもの、インフルエンザウイルスに対するもの、水ぼうそうに対するものなどさまざまあり、それぞれ異なるセンサーをもつT細胞が体内をめぐっています。
センサーがチェックしているのは、相手の細胞の表面に示された細胞の特徴を表す「かけら(のようなもの)」です。
もし新型コロナウイルスに感染していれば、ウイルスのたんぱく質の断片が示されていて、T細胞に「新型コロナウイルスに感染している細胞だよ」と伝えます。
この「かけら」を目印に、新型コロナウイルスに対するセンサーをもつT細胞がやってきて、「これは私の体以外のものだから壊さなければならない」と認識し、感染した細胞を破壊します。
がん細胞の場合は、どうでしょうか。
がん細胞の遺伝子は傷がつき、遺伝子変異を起こして、「私の体」の遺伝情報とはちがうものになってしまっています。
がん細胞は、この「私の体」とはちがう遺伝情報の「かけら」を表面に示しています。そこへ「私の体」とちがう遺伝情報をみつけるセンサーを持つT細胞がやってきて攻撃するのです。
このとき、遺伝子変異がたくさんあれば、多くの「かけら」が示され、T細胞はがんをみつけやすくなります.しかし、白血病などのがんでは遺伝子変異が非常に少なく、示されるかけらが少なくなるため、攻撃に駆けつけるT細胞が少数になってしまっています。
すると、たとえ免疫チェヅクポイント阻害薬を使い、T細胞にかかっているブレーキを外したとしても、十分にがんを叩くことができないのです。
「CAR-T細胞」=抗原認識部位と共刺激分子を組みあわせた人工細胞
そこで考えられたのが、CAR-T細胞療法です。T細胞を改変して、目的のがんを強制的に認識できる新たなセンサーをつくり、人工的にパワーアップさせたものがCAR-T細胞です。
新しいセンサーをつくるときに大切な役割を担うのが「抗体」です。
抗体は、特定の「抗原」に対して非常に強く結びつきます。T細胞にがんを強制認識させるには、まず目的のがんの表面にある抗原を探しだし、次にそれに合う抗体をつくります。
CAR-T細胞療法でもうひとつ大切なものが「共刺激分子」とよばれる物質です。抗体を使ってがん細胞の抗原に結びついたとしても、それだけではT細胞の攻撃力はすぐに弱ってしまいます。
しかし、そこに共刺激分子が存在するとT細胞はどんどん増え、 攻撃を続けることが可能になります。
「抗原にくっつくこと」と「共刺激分子があること」というふたつのスイッチが入ることで、がんへの攻撃力が存分に発揮されるのです。
CAR-T細胞では、「抗体の抗原にくっつく部分」(抗原認識部位)と「共刺激分子」を人工的に組みあわせて、もともとあるT細胞受容体に替わる新たなセンサーをつくり、T細胞へ入れることにしました。
ひとつの個体に複数の遺伝子が入り混じった生物を「キメラ」とよぶことから、このセンサーは「キメラ抗原受容体」(CAR)と名づけられ、「CARをとりつけたT細胞」という意味で、できあがった細胞は「CAR-T細胞」と命名されました
CAR-T細胞のつくり方は、まず患者から血液を採り、そこにふくまれるT細胞にCARを導入し、できたCAR-T細胞を培養して増やし、それを患者へ戻します。この治療は1回ですみます。