前立腺がんは日本男性に最も多いがんとなっており、年々患者数が増加しています。前立腺がんの治療には様々な選択肢がありますが、中でもホルモン療法(内分泌療法)は重要な治療法の一つです。この記事では、前立腺がんのホルモン療法と副作用について、2025年最新の情報を含めて詳しく解説します。
前立腺がんの治療法の基本的な考え方
前立腺がんの治療は、がんのリスクを低リスク・中リスク・高リスクとして総合的に評価したものをベースに、患者の年齢、健康状態、患者自身の希望などを加味して決定されます。医師と患者が十分に話し合い、患者が納得した上で治療方針を選択することが重要です。
多くのがんの治療は手術療法、放射線療法、化学療法が柱となる「三大療法」と呼ばれています。前立腺がんでは、これらの三大療法に加えて、ホルモン療法(内分泌療法)が中心的な役割を担います。前立腺がんの特徴として、男性ホルモンに依存して増殖するという性質があるため、ホルモン療法が他のがんよりも頻繁に使用されます。
前立腺がんのホルモン療法とは
前立腺がんは男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて増殖します。ホルモン療法は、この男性ホルモンの分泌や働きを抑制することで、がん細胞の増殖を抑制する治療法です。がんを完全に治すことは難しい場合もありますが、前立腺がんの進行を遅らせ、症状を改善する効果が期待できます。
男性ホルモンは主に精巣から95%以上が分泌され、残りの数パーセントは副腎から分泌されます。そのため、ホルモン療法では精巣からの男性ホルモン分泌を抑制する方法と、副腎からの男性ホルモンの作用を阻害する方法があります。
ホルモン療法の適応
ホルモン療法は以下のような場合に適用されます:
- 局所進行がん(病期III期)に対する単独治療または放射線療法との併用
- 転移性前立腺がん(病期IV期)の主要治療
- 手術前の腫瘍縮小を目指すネオアジュバント療法
- 手術後の再発予防を目的としたアジュバント療法
- 低リスクから超高リスクの前立腺がんに対する単独治療
中間リスクから超高リスクの前立腺がんで放射線治療を行う場合は、ホルモン療法の併用が推奨されています。
ホルモン療法の種類と薬剤
LH-RHアゴニスト
LH-RHアゴニストは、脳の視床下部から分泌されるLH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)に似た構造の薬剤です。継続的に投与することで、下垂体からのLH分泌を抑制し、結果的に精巣からのテストステロン分泌を停止させます。
代表的な薬剤には以下があります:
- リュープリン(リュープロレリン)
- ゾラデックス
- これらの薬剤は1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月持続型があり、皮下注射で投与されます
GnRH受容体アンタゴニスト
ゴナックス(デガレリクス)は、GnRH受容体への結合を競合的に阻害することで、テストステロン分泌を抑制します。LH-RHアゴニストとは異なり、初回投与後にテストステロンの一過性上昇がないという特徴があります。
抗男性ホルモン剤(アンドロゲン受容体拮抗薬)
前立腺がん細胞内で男性ホルモンがアンドロゲン受容体に結合するのを阻害する薬剤です。代表的なものには以下があります:
- ビカルタミド(カソデックス)
- フルタミド(オダイン)
- エンザルタミド(イクスタンジ)
- アビラテロン(ザイティガ)
- アパルタミド(アーリーダ)
- ダロルタミド(ニュベクオ)
併用療法(CAB療法)
最大限の男性ホルモン抑制効果を狙って、LH-RHアゴニストと抗男性ホルモン剤を併用するCAB(Combined Androgen Blockade)療法が一般的に行われています。この組み合わせにより、精巣と副腎の両方からの男性ホルモンの影響を抑制できます。
ホルモン療法の副作用
ホルモン療法では男性ホルモンが抑制されるため、様々な副作用が現れます。これらの副作用は女性の更年期症状と似た面があります。主な副作用には以下があります:
主要な副作用
- ほてり(ホットフラッシュ):最も頻度の高い副作用で、約80%の患者に現れます
- 性欲減退・勃起障害:通常1年以内に起こり、治療中はほぼ避けられません
- 女性化乳房・乳房痛:不可逆的な変化の場合があります
- 精巣萎縮
- 発汗・頭痛
- 疲労感・気力減退
- うつ傾向・認知機能の低下
長期的な副作用
- 骨粗鬆症:年に数パーセントずつ骨密度が低下し、骨折リスクが増加します
- メタボリックシンドローム:内臓脂肪蓄積、肥満、糖尿病のリスクが高まります
- 心血管疾患:動脈硬化、狭心症、心筋梗塞のリスクが増加します
- 筋肉減少:筋力低下により転倒リスクが増加します
- 貧血
- 肝機能障害
去勢抵抗性前立腺がんとその治療
ホルモン療法の効果は永続的ではありません。初回ホルモン療法の平均的な効果持続期間は約3年とされており、時間が経つにつれてホルモンに依存しないがん細胞が出現し、治療が効きにくくなります。この状態を「去勢抵抗性前立腺がん」と呼びます。
去勢抵抗性前立腺がんに対しては、以下の治療選択肢があります:
新規ホルモン療法薬
- エンザルタミド(イクスタンジ)
- アビラテロン(ザイティガ)
これらの薬剤は従来のホルモン療法より強力にアンドロゲンを抑制し、全生存期間の延長効果が報告されています。
細胞障害性抗がん薬
- ドセタキセル:3-4週毎の点滴投与
- カバジタキセル(ジェブタナ):ドセタキセル後の治療選択肢
分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬
BRCA1、BRCA2などの遺伝子変異が確認された場合、PARP阻害薬(オラパリブ、タラゾパリブ)が使用可能です。これらの薬剤は体への負担が比較的軽く、高い効果が期待できます。
骨転移に対する治療
前立腺がんの転移の85%は骨に起こります。骨転移がある場合や、ホルモン療法により骨密度が低下した場合には、以下の薬剤が使用されます:
- ゾレドロン酸
- デノスマブ(ランマーク、プラリア)
- リクラスト
これらの薬剤は月1回の注射により、骨折や骨転移に伴う痛みを予防します。
監視療法(PSA監視療法)について
前立腺がんには「監視療法」という治療選択肢があります。これは実際に積極的な治療を行うのではなく、定期的な検査により経過観察を行う方法です。
監視療法の適応
以下の条件を満たす低リスクの前立腺がんが対象となります:
- PSA値が10ng/mL以下
- 病期がT2以下
- グリソンスコアが6以下
- 生検での陽性検体が2本以下
監視療法の実施方法
- 3~6ヶ月ごとのPSA検査と直腸診
- 1~3年ごとの前立腺生検
- PSA倍加時間が2年以上の場合は継続
- 病状悪化の予兆がある場合は積極的治療に移行
監視療法の継続率は5年で40-70%と報告されており、転移をきたすのは約1%と非常に少ないとされています。
HIFU(高密度焦点式超音波療法)の最新状況
前立腺がんの治療選択肢として、HIFU(高密度焦点式超音波療法)があります。2025年現在、HIFUは先進医療Bとして認定されており、限定的な保険適用が開始されています。
HIFUの特徴
- 超音波を集中させてがん組織を80-98℃に加熱し、焼灼する治療法
- 切開を必要としない低侵襲治療
- 入院期間が短い(通常5日程度)
- 繰り返し治療が可能
- 放射線療法後の再発にも適用可能
HIFUの適応と制限
現在、HIFUの適応は厳格に定められており、全ての患者に適用できるわけではありません。治療費は自由診療では80-120万円程度ですが、先進医療として認定された施設では一部保険適用となっています。
治療選択における重要なポイント
前立腺がんの治療選択において重要なのは、以下の点を十分に検討することです:
- がんのリスク分類(低・中・高・超高リスク)
- 患者の年齢と健康状態
- 治療による副作用と生活の質への影響
- 患者の価値観と治療に対する希望
- 治療効果の持続期間
特にホルモン療法は長期間継続する治療であるため、副作用への対策も重要です。骨密度の定期的な測定、適度な運動、カルシウムとビタミンDの摂取、心血管疾患のリスク管理などが必要になります。
まとめ
前立腺がんのホルモン療法は、がんの進行を抑制する重要な治療法ですが、様々な副作用を伴います。2025年現在、新規ホルモン療法薬や分子標的薬の登場により、治療選択肢は大幅に拡大しています。また、HIFUなどの低侵襲治療も先進医療として認定されるなど、治療環境は改善し続けています。
患者一人ひとりの状況に応じた最適な治療選択のためには、医師との十分な相談が不可欠です。治療の効果と副作用を理解した上で、自分の価値観に合った治療法を選択することが重要です。定期的な検査による経過観察と、副作用への適切な対策により、良好な生活の質を維持しながら前立腺がんと向き合うことが可能です。