
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
膵臓がんの手術は、がんの根治を目指すうえで重要な治療選択肢です。しかし、膵臓は消化と血糖調節という重要な役割を担う臓器であるため、手術後にはさまざまな合併症や後遺症が生じる可能性があります。
この記事では、膵臓がん手術後に見られる主な合併症と後遺症について、その症状、発生メカニズム、予防方法、対処法を詳しく説明します。手術を控えている患者さんやご家族が、術後の経過について理解を深め、適切な対応ができるよう情報を整理していきます。
膵臓がん手術後の主な合併症
膵臓がんの切除手術は、がんの位置や進行度に応じて膵頭十二指腸切除術、膵体尾部切除術、膵全摘術などが行われます。これらの手術はいずれも侵襲が大きく、術後にはさまざまな合併症が発生する可能性があります。
合併症には、手術そのものに直接関連するもの(膵液瘻、術後出血など)と、手術によって生じる身体状況の変化から間接的に引き起こされるものがあります。ここでは、間接的な合併症について説明します。
術後肺炎の発生メカニズムと予防
肺炎は、膵臓がん手術後に比較的高い頻度で発生する合併症の一つです。その発生には複数の要因が関係しています。
まず、全身麻酔時に気道内に挿管するチューブや吸入麻酔薬の影響により、気道内に痰が溜まりやすい状態になります。通常であれば、咳をすることで痰を排出できますが、術後は腹部の手術創の痛みのため、深呼吸や咳をすることが困難になります。
痰がうまく排出されないと、肺の一部が空気を含まなくなる「無気肺」という状態が生じます。無気肺になった部分には細菌が増殖しやすく、そこから肺炎が発症するのです。
特に高齢の患者さんや、もともと呼吸機能が低下している患者さん、喫煙歴のある患者さんでは肺炎のリスクが高くなります。
肺炎の予防方法
術後肺炎を予防するためには、以下の取り組みが重要です。
第一に、痛みのコントロールです。硬膜外麻酔や鎮痛剤を適切に使用することで術後の痛みを和らげ、深呼吸や咳ができるようにします。痛みが管理されていれば、患者さんは積極的に痰を出す努力ができます。
第二に、呼吸訓練です。看護師や理学療法士の指導のもと、深呼吸の練習や呼吸訓練器具を使った訓練を行います。これにより肺を十分に膨らませ、無気肺の予防につながります。
第三に、体位変換と早期離床です。長時間同じ姿勢で横たわっていると、背中側の肺に痰が溜まりやすくなります。可能な範囲で体位を変えたり、ベッドの頭側を上げたりすることが有効です。また、医師の許可が出れば早めにベッドから起き上がり、歩行訓練を始めることも重要です。
腸閉塞(イレウス)のリスクと予防策
腸閉塞は、腸管の内容物がスムーズに流れなくなる状態を指します。膵臓がん手術後には、いくつかの理由から腸閉塞が発生しやすくなります。
手術で腹部を開いた後、傷が治る過程で腸と腸、あるいは腸と腹壁が癒着することがあります。癒着によって腸管が屈曲したり、内腔が狭くなったりすると、腸の内容物の通過が妨げられます。
また、術後に長時間臥床していると、腸管の蠕動運動(腸が内容物を送り出す動き)が低下します。さらに、麻酔薬や鎮痛剤の影響も腸管運動の低下につながります。
腸閉塞の症状
腸閉塞が起きると、以下のような症状が現れます。
| 症状 | 特徴 |
|---|---|
| 腹部膨満感 | お腹が張って苦しい、膨れた感じがする |
| 腹痛 | 間欠的な腹痛(波のように痛みが来る) |
| 排便・排ガスの停止 | 便やガスが出なくなる |
| 嘔気・嘔吐 | 吐き気や嘔吐が起こる |
腸閉塞の予防と対処
腸閉塞を予防するためには、体を動かすことが最も重要です。可能な限り早期に離床し、歩行を開始することで腸管の運動が促進されます。
ベッド上でも、左右に体を動かしたり、足の曲げ伸ばしを行ったりする運動が有効です。看護師の指導のもと、術後早期から積極的に体を動かすようにしましょう。
また、痛みのコントロールも腸閉塞の予防に重要です。痛みがあると体を動かすことができないため、硬膜外麻酔や鎮痛剤を適切に使用して、動ける状態を保つことが大切です。
退院後も、適度な運動習慣を続けることが腸閉塞の予防につながります。ただし、激しい運動は避け、散歩など無理のない範囲で体を動かすようにしてください。
血栓症のリスクと早期発見
血栓症とは、血管内に血の塊(血栓)ができる状態です。特に術後は、長時間臥床することや手術による炎症反応などにより、静脈内に血栓ができやすくなります。
最も注意が必要なのは、深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(肺塞栓症)です。足の深い静脈にできた血栓が血流に乗って肺に運ばれ、肺の血管を詰まらせると肺塞栓症となり、重篤な場合は命に関わります。
血栓症の症状と予防
深部静脈血栓症では、片側の足(ふくらはぎ)が腫れる、痛みがある、熱感があるといった症状が現れます。これらの症状に気づいたら、すぐに医療スタッフに伝えることが重要です。
肺塞栓症では、突然の息切れ、胸痛、冷や汗などの症状が出現します。これは緊急性の高い状態ですので、直ちに対応が必要です。
血栓症の予防には、腸閉塞の予防と同様、早期離床と体動が最も重要です。ベッド上でも足首を動かす運動や足の曲げ伸ばしを定期的に行いましょう。
また、弾性ストッキングの着用や、必要に応じて血栓予防薬の使用が行われます。水分摂取も血栓予防に役立ちますので、医師の指示に従って適切に水分を取るようにしてください。
膵臓切除後に見られる後遺症
膵臓がんの手術では、がんを含む膵臓の一部または全部を切除します。膵臓には消化酵素の分泌とインスリンなどのホルモン分泌という二つの重要な機能がありますので、切除後にはこれらの機能に関連した後遺症が生じます。
糖尿病の発症と血糖管理
膵臓では、ランゲルハンス島と呼ばれる細胞群からインスリンやグルカゴンといったホルモンが分泌されています。インスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンであり、血糖のコントロールに不可欠です。
膵臓を切除すると、インスリンを分泌する細胞も失われるため、インスリンの分泌量が減少します。その結果、術後に糖尿病を発症したり、既存の糖尿病が悪化したりすることがあります。
膵臓切除の程度と糖尿病のリスク
糖尿病の発症リスクは、切除する膵臓の量によって異なります。
| 手術の種類 | 切除範囲 | 糖尿病のリスク |
|---|---|---|
| 膵頭十二指腸切除術 | 膵臓の頭部側を切除 | 残存膵臓の機能によるが、新規発症または悪化の可能性あり |
| 膵体尾部切除術 | 膵臓の体部・尾部を切除 | 膵頭十二指腸切除術と同程度のリスク |
| 膵全摘術 | 膵臓全体を切除 | 術後必ずインスリン療法が必要 |
手術前からすでに糖尿病があった患者さんは、術後に糖尿病が進行し、内服薬だけでは血糖管理が難しくなり、インスリン注射が必要になる場合があります。
膵全摘術を受けた患者さんでは、インスリンを分泌する細胞が完全になくなるため、術後は必ずインスリン自己注射が必要になります。
術後の血糖管理のポイント
術後の血糖管理には、いくつかの注意点があります。
まず、定期的な血糖測定が重要です。自己血糖測定器を使用して、食前や食後など決められたタイミングで血糖値を測定し、記録します。これにより、血糖値のパターンを把握し、インスリンの量や食事内容を調整できます。
インスリン療法を行う場合、インスリン注射の方法や量について医師や看護師、薬剤師から十分な指導を受けることが大切です。インスリンには即効型、速効型、中間型、持効型などさまざまな種類があり、患者さんの状態に応じて使い分けられます。
食事療法も血糖管理の基本です。栄養士の指導のもと、適切なカロリー摂取と栄養バランスを保つ食事を心がけます。炭水化物の量やタイミングを調整することも重要です。
低血糖にも注意が必要です。インスリンの量が多すぎたり、食事量が少なかったり、運動量が多かったりすると低血糖になることがあります。低血糖の症状(冷や汗、手の震え、動悸、空腹感、頭痛など)が現れたら、すぐにブドウ糖や糖分を含む飲料を摂取します。
消化機能の低下と対策
膵臓からは膵液という消化液が分泌されており、脂肪、たんぱく質、炭水化物を分解する消化酵素が含まれています。膵臓を切除すると、これらの消化酵素の分泌が減少するため、消化機能が低下します。
消化機能低下の症状
消化酵素が不足すると、以下のような症状が現れることがあります。
- 脂肪便:脂肪が十分に消化されず、白っぽく脂っぽい便が出る
- 下痢:消化不良により下痢が続く
- 腹部膨満感:食後にお腹が張る
- 体重減少:栄養の吸収が悪くなり体重が減る
消化酵素薬による補充療法
消化機能の低下に対しては、消化酵素薬(膵酵素製剤)を服用することで対応します。これは、不足している消化酵素を外から補うための薬です。
消化酵素薬は食事と一緒に服用することが重要です。食事の直前または食事中に服用することで、食べ物と一緒に消化酵素が働き、消化を助けます。
また、脂肪の多い食事は消化に負担がかかるため、適度に控えめにすることも大切です。一方で、たんぱく質やビタミン、ミネラルは十分に摂取する必要があります。栄養士と相談しながら、バランスの良い食事を心がけてください。
胆管炎の発症リスクと対処
膵頭十二指腸切除術では、胆管と小腸(空腸)をつなぎ合わせる吻合を行います。この吻合部に関連して、術後に胆管炎が発生することがあります。
胆管炎の発生メカニズム
胆管炎は、主に二つのメカニズムで発生します。
一つは、吻合部の狭窄(狭くなること)です。吻合部が狭くなると胆汁の流れが悪くなり、胆管内に胆汁が停滞します。停滞した胆汁に細菌が増殖すると胆管炎を起こします。
もう一つは、腸液の逆流です。通常、胆管から腸へ一方向に胆汁が流れますが、吻合した部分から腸の内容物が胆管内に逆流することがあります。腸内には多くの細菌がいるため、これが胆管内に入ると感染を起こします。
胆管炎の症状と治療
胆管炎の主な症状は、発熱、腹痛、黄疸の三つです。これらの症状が現れたら、速やかに医療機関を受診する必要があります。
腸液逆流による胆管炎の場合は、抗生物質の投与で治療します。多くの場合、適切な抗生物質治療により改善します。
吻合部狭窄が原因の場合は、内視鏡を使って吻合部を拡張する処置が必要になることがあります。狭窄が高度な場合や繰り返す場合には、再手術が検討されることもあります。
胆管炎を予防するためには、定期的な経過観察が重要です。術後の外来で血液検査や画像検査を定期的に受け、早期に異常を発見できるようにしましょう。
術後の生活で注意すべきこと
膵臓がん手術後は、合併症や後遺症を予防し、より良い生活の質を保つために、日常生活でいくつかの点に注意が必要です。
食事管理の重要性
術後の食事は、回復を促し、栄養状態を維持するために重要です。消化酵素の不足や糖尿病の管理を考慮しながら、適切な食事を取ることが大切です。
食事は少量ずつ回数を増やして食べる方法が推奨されます。一度に大量に食べると消化に負担がかかるため、1日4〜6回に分けて少量ずつ食べる方が良いでしょう。
脂肪分の多い食事は消化に負担がかかりますが、全く摂取しないと必要なカロリーが不足します。揚げ物や脂身の多い肉は控えめにしつつ、植物性の油や魚の脂は適度に取り入れるようにします。
適度な運動の継続
術後の回復期を過ぎたら、体調に合わせて適度な運動を続けることが推奨されます。運動は腸管運動を促進し、血栓症を予防し、体力を維持する効果があります。
ウォーキングなどの有酸素運動を、無理のない範囲で続けることが良いでしょう。最初は短時間から始め、徐々に時間を延ばしていきます。
定期的な通院と検査
術後は定期的に通院し、血液検査や画像検査を受けることが重要です。これにより、合併症や後遺症の早期発見、再発のチェック、栄養状態の評価などが可能になります。
受診時には、気になる症状や体調の変化について、遠慮なく医師に相談しましょう。些細なことでも、早めに対処することで重症化を防げることがあります。
心理的サポートの活用
手術後の生活の変化や後遺症への対応は、精神的な負担になることがあります。不安や心配を一人で抱え込まず、医療スタッフや家族、患者会などのサポートを活用することが大切です。
多くの病院では、がん患者さんやご家族の相談に対応する「がん相談支援センター」が設置されています。治療のことだけでなく、生活面や心理面の相談もできますので、積極的に利用してください。
まとめにかえて
膵臓がんの手術後には、さまざまな合併症や後遺症が生じる可能性がありますが、それぞれに対して適切な予防法や対処法があります。
術後の経過は患者さんごとに異なりますので、自分の体調をよく観察し、気になる症状があれば早めに医療スタッフに相談することが大切です。また、医師や看護師、栄養士、薬剤師などの医療チームと協力しながら、術後の生活を整えていくことが重要です。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター がん情報サービス「膵臓がん 治療」
https://ganjoho.jp/public/cancer/pancreas/treatment.html - 日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン」
https://www.suizou.org/ - 日本消化器外科学会「膵臓手術について」
https://www.jsgs.or.jp/ - 国立がん研究センター東病院「膵臓がんの手術」
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/index.html - 日本糖尿病学会「糖尿病治療ガイド」
https://www.jds.or.jp/ - 厚生労働省「がん対策情報」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/index.html - 日本臨床腫瘍学会「膵臓がん診療ガイドライン」
https://www.jsmo.or.jp/ - 日本外科学会「周術期管理」
https://www.jssoc.or.jp/ - 日本静脈経腸栄養学会「がん患者の栄養管理」
https://www.jspen.jp/ - がん研究会有明病院「膵臓がん診療」
https://www.jfcr.or.jp/hospital/
