がんという病名を本人に知らせたほうがよいかどうか、多くの家族が悩んでいます。
病人が知りたいと望んでいるのか、問われたら真実を告げるべきなのか、あるいは隠し通したほうがよいのか判断するのが困難です。
どうしたらよいか迷っている時には、病人がショックを受けるとかわいそうだという思いやりの気持ちで、判断に苦しんでいるかもしれません。
難しいことですが、できれば「何のために告知が必要なのか」という根本的な問題を考えることができれば、結論も出しやすいといえます。
告知したほうがよいかどうかは、病人のさまざまな状況に配慮しなければならないことで、画一的に「告知すべきだ」とも「告知しないほうがよい」とも線を引くことはできません。
しかし、告知したほうが「病人と家族が隠し事なく心を通わせることができる」ことは確かです。
また「人生最大の難問にどう立ち向かうか話し合い力を合わせて一緒に立ち向かう」ことも可能になります。
がんの告知とは?
がん告知という言葉は、何か恐ろしいことを宣告するような印象を感じさせます。
しかし英語では、「がん告知」のことを「真実を伝える(truth telling)」という言葉を使っています。
これは「本当のことを知らせる」という意味であり、病名を伝える、あるいは残された期間(予後)を知らせる、という意味だけではないのです。
ですから、医学用語を使って正確な病名を伝えたり、「残された期間はあと6ヵ月です」と具体的な期間を知らせることだけが告知ではないのです。
真実が伝わるということは、病人自身の感じ方で病気や病状について情報を理解できる、ということでよいと思います。
「告知は、言葉で伝えるというより人間関係そのものである」と、近代ホスピスの創始者として世界的に有名なシシリー・ソーンダースが述べています。
どのような言葉を使って話すかということより、真実を伝える時の人間関係そのものが大切です。
また、その時の家族の表情や態度など、言葉以外のことからも真実が伝わります。
がんの告知「病名告知」と「予後告知」
「がん告知」には、ふたつの内容があります。
ひとつは「がんの病名を知らせる」ことです。
この時に、がん細胞のタイプを説明したり病状進行の度合いを表す表現である「第何期」ということも伝えられる場合があります。
これは病期を示す言葉であるため、時には治療が手遅れになっている状態だというメッセージにもなり、大まかな予後告知と同じ意味になることがあります。
医師から説明されたその時には理解できなくても、病人自身が病院からの帰りに書店に寄って本を読み、「何期」とはどういう状態か調べ、病状の進行程度を知ることがあるようです。
がん告知のもうひとつの内容は「残された命の長さを伝える」ことです。
「あと3ヵ月です」「お正月を迎えることは難しいでしょう」「月を数える状態です」などと、表現はさまざまです。
主治医によって表現方法は異なりますが、おおよそどのくらいは生きていられるかを伝えるのが予後告知です。
ただ予後を予測することは容易なことではないので何カ月と具体的に伝えても、それが必ず的中するとは限りません。
もっと長く生きられる方もありますし、時には伝えられたよりはるかに短い期間しか生きられない場合もあります。
予後告知は非常に厳しい情報を伝えることになりますので、現状では病名告知ほど広く告げられていないようです。
ただ、仕事を整理しないと問題が発生するおそれがある場合、遺産相続などの身辺整理が必要な場合、あるいは幼い子供を残してこの世を去らなければならない場合など、予後を知る必要がある時があります。
告知をする時には「病人がどれだけ告知に対応できるか、すでにどのようなことを知っているか、これから何をしたいと思っているか」を考えて、話す内容を選び、「話し方に配慮するように」することが大切です。
がん告知についてのアンケート調査について
がん告知に関する人々の気持ちは、各種の統計結果に表れています。
新聞によるがん告知に関連する質問への回答状況は以下のようになっていました。
【もし、あなたががんにかかったとしたら、がんであることを知らせて欲しいと思いますか】
知らせて欲しい 77%
そうは思わない 18%
その他・答えない 5%
【知らせて欲しいと答えた77%の人に質問)そのがんが治る見込みがない場合は、知らせて欲しいと思いますか、知らせて欲しくないと思いますか】
知らせて欲しい 69%
知らせて欲しくない 7%
その他・答えない 1%
【もし、あなたの家族が、がんにかかったとしたら、あなたは、がんであることを本人に知らせると思いますか】
知らせると思う 39%
そうは思わない 43%
その他・答えない 18%
【医者は、患者本人にがんであることを知らせる方がよいと思いますか】
知らせる方がよい 56%
そうは思わない 24%
その他・答えない 20%
「がんであることを知らせてほしい」と答えた方が77%、さらにその69%の方が「がんが治る見込みがない場合でも告知してほしい」と答えています。
自分自身のことであれば大半の方が病名告知はもとより、予後告知もしてほしい気持ちであることを表しています。
ところが、家族ががんになった場合に告知するかどうかという質問に対しては、わずか39%の方が知らせると答え、それ以上の割合で43%の方が告知しようとは思わないと答えています。
自分自身のことについての考え方と家族の場合の考え方が大きく異なることが調査結果に示されています。
がん告知後の患者さんの心の回復プロセス
告知したほうがよいとは思うものの、病人が強い衝撃から立ち直れないのではないかと家族は心配します。
人それぞれに心の反応は異なりますが「がんという診断に対する通常反応」は次のようであると1990年に精神科医であるホランドが述べています。
【第一相初期反応(1週間まで)】
ショック:頭が真っ白になった
否認:がんになるはずがない
絶望:治療しても無駄だ
【第二相気分の変調(1~2週間程度)】
不安、抑うつ的気分、食欲不振、不眠、集中力の低下
【第三相適応(2週間で始まる)】
新しい情報への適応、現実的問題への直面、楽観的見方ができるようになる、活動の再開・開始
第一相の段階で病人の気持ちがとても落ち込んでいる様子を見ると、家族は告知しなければよかったと後悔で胸がいっぱいになるかもしれません。
そのような時には上記のプロセスを思い出してみることが大切です。
家族としてがん患者本人にいつ告知すればいいのか
がん告知について重要なことは、「告知のタイミング」です。
最初に診断名が伝えられるのは多くの場合、主治医が外来で検査結果を伝え今後の治療方針を説明する時でしょう。
その前に主治医と家族の話し合いが行われて告知しない方針が選択されると、その後は告知のタイミングを見つけることになります。
しかし、本人が真実を告げられることを望んでいるのか、いないのか、どうやって本心を知ることができるのでしょうか。
【病人が家族に問いただしてきた時に】
病人が「悪いものだったらそう言ってほしい」とはっきり家族に問いただしてくることがあります。
その時には言を左右にしてごまかしたり、まったく関係のないことに話題をそらせたりしないようにすることが大切です。
病人の質問に対して、答えをそらしたり、黙っていると、「この問題は触れてはいけないタブーなのだ」という印象を病人に与えるためです。
「どうして知りたいと思っている」のか「何を知りたい」のか、病人の気持ちを慎重に確認しながら話し合うことが大切です。
「がんなのでは・・・」と問いただされた時に、「それは思い込みすぎよ」とか「主治医の先生はそう言っていないでしょう」という返事は適切ではありません。
「どうしてそうだと思うの」と聞き返すことから話を進め、病人が知りたいと思っていることの中身を感じ取りながら会話を続けていくことが適切です。
会話を続けるうちに、もし返答に詰まってしまったら、黙っているよりしかたがないかもしれません。
しかし「答えに詰まって黙っている」という返事のしかたは、結果として病人が疑問に思っていることを肯定したのと同じになるかもしれません。
病人のほうが、家族を苦しめてはいけないと感じて、それ以上問いたださないことがあるのです。
告げなければ必ず秘密がばれないということにはならないのです。
もちろん、答えないことで、かすかに疑問を残しながらも秘密を守り通せる場合もあります。
病人が家族に問いただしてきた時が、病人の本心を知るためのチャンスであることを、心に留めておきましょう。
しかし、その時は突然訪れる場合が多いので、びっくりするかもしれません。すぐ言葉が出てこなくても慌てないで、一呼吸入れてから、「どうして知りたいと思ったの」と聞くとよいです。
病人が出した「サイン」を逃さないように、その時が病人の告知に対する本心を知る大切な「タイミング」なのです。
【本人が知りたいと思っていることを】
知りたいと思っていることが、家族が想像している内容と異なる場合があるのです。
本人が「どんなことを」知りたいと思っているのか、「どう知りたいのか」、家族は注意深く見きわめる必要があります。
たとえば「悪いほうに向かっているのだろうか」「わたしは病院から見捨てられたのか」と病人が尋ねる時は、「病気が悪化しているのでは」と病状に懸念を抱いている気持ちや、「もう治療の方法がなくなったのだろうか」ということが疑問になっているのです。
このような問いは、必ずしも「あなたの病気はがんなのよ」とか「もう病気は治らないらしい」などと、はっきりした返事を求めているわけではありません。
本人が知りたいことを、病人が耐えられる言葉を選んで答えないと、思わぬ失敗をしてしまうことがあります。
「悪い病気になったようだ」「畳の上で逝きたい」などの間接的な表現で病人が問いかけてきた場合は、できるだけ病人が話した言葉をそのまま使って答えるとよいでしょう。
「残念だけど、たちがよくないものだって、先生から話された・・・」とか「今度はお迎えが来るかもしれないと言われているの」と病人と同じ言葉で答えるほうが、病人の気持ちにぴったりするでしょう。
家族がオロオロしてしまい、病人の言葉が耳に入らず、医師から話されている病名や余命そのものを伝えようと思うかもしれません。
でもそれは、問いに対する適切な答えではないのです。
「じつは、周囲の臓器に転移が広まっているの」とか、「あと半年くらいと言われている」と、医師から説明されたことをそのまま伝えるだけが告知することではないのです。
一人一人に、本人が受け入れられる言葉の許容範囲があります。
自分が受け入れたくない言葉、使ってほしくない言葉が何かは本人が使う言葉に示されています。
難しいことですが本人が使いたい言葉、安心していられる表現を使って会話を続けるように心がけることが大切です。
告知が必要なケース
早期発見で、すぐ治療すれば完全に治すことができるのに、告知していないために治療を拒否する、入院しない、などの態度を病人がとることがあります。
「インフォームド・コンセント」という言葉を聞いたことがあると思います。
最近では、主治医がきちんと病名や病状を説明し、いくつかの治療方法を示して、病人と話し合うことが必要だと言われています。
そのうえで病人自身が納得して治療法を選択するようにと厚生労働省が医療機関に指針を示しています。
病状がかなり進み、終末期の段階になっている場合、もうこれ以上治療を受けたくないという選択を、本人がする場合もあります。
話し合いを重ねた結果、病人も、家族も、主治医も、合意のうえでの選択ならそれは適切な選択だと考えられます。
しかし、現在でも主治医が家族に「抗がん剤の治療をするかしないか選択するように」と言う場合があります。
たとえば、胃がんなのに胃潰瘍と病名を知らされているため入院して検査や治療をするように勧めても、忙しい時期だから通院して治療したいと病人が主張することがあります。
すぐ手術したほうがよいのに、その時期をはずすと病状が進んでしまい、せっかく早期発見したのにチャンスを逃してしまうこともあるのです。
がん告知後の家族の接し方
今まで病名や病状を隠すことに気を遣っていた場合は、告知後はほっとするかもしれません。
あるいは、本人が思い詰めてしまわないか神経をとがらせ家族は緊張した気持ちで過ごすかもしれません。
本人の不安定な心身の状態にきめ細かく対応している間に、家族のほうが参ってしまい、先に倒れてしまいそうだという悲鳴も時々耳にします。
どのようなことに配慮する必要があるのでしょうか。
【軽率な励ましの言葉をかけない】
病人が気落ちして、自分の気持ちの中に閉じこもっているように見えると、何とか気持ちを引き立てたいと思うのは、ごく自然なことです。
励まそうとして明るく話しかけたいと思うでしょう。
しかし、病人の気持ちを無視して明るく話しかけることで、話題をそらすことになると考えものです。
それに励ましてばかりだと、病人を窮地に追い込むことがあります。
そっとしておくほうがよい場合もあります。告知をした後は気持ちが動揺し、今まで家族が黙って隠し事をしていたことを責め、怒りをぶつけるかもしれません。
本人の苛立ちに家族はどう対処したらよいかわからず、おろおろしてしまいます。
そんな時に「がんばりましょうね」と声をかけると「これ以上どうやってがんばればいいのか」と怒りが爆発するかもしれません。
「がんばれと言ってほしくない」という言葉はよく聞きます。
病人は言葉に出さなくても、自分なりにがんばって過ごしているので、見守っているようにしましょう。
【会話や関わりを避けない】
本人が苛立ち、どう対応してよいかわからなくなると、家族は側にいるのが耐えられなくなります。
とても心配しているけれど、苛立ちを見ているのが辛く、接触する時間を短くしようとすることがあります。
「側にいること」や「話したいと思っていることを聞く」ことを避けないように努力しましょう。