腫瘍マーカー(Tumor Marker)は、「がん細胞そのもの」または「がんの存在に反応した正常細胞」から大量に放出されるタンパク質やホルモン、酵素などの総称です。血液や尿などの体液を調べるだけで、がんのリスクや治療効果を評価できるため、負担の少ない検査法として注目されています。しかし、“値が高い=必ずがん” ではない点に注意が必要です。本記事では、主な腫瘍マーカーの種類・検査の目的・最前線の研究動向まで、医療ガイドラインと最新文献をもとにわかりやすく解説します。
- 腫瘍マーカーの基礎知識
- 腫瘍マーカーの分類と仕組み
- 腫瘍マーカー検査の目的と限界
- 代表的な腫瘍マーカー一覧(基準値・関連がん)
- 最前線!リキッドバイオプシーとctDNA
- 検査を受ける前に知っておきたいこと
腫瘍マーカーの基礎知識
がん細胞は、正常細胞がつくる量をはるかに超えて、特定の物質を分泌・放出します。さらに、がんの刺激を受けた正常細胞が同じ物質を大量生産するケースもあります。
腫瘍マーカー検査は、この現象を利用して「がんの存在/進行度/治療効果/再発兆候」を推定する補助的な検査法です。主流は静脈血を用いた〈血清腫瘍マーカー〉で、採血だけで測定できる手軽さが魅力です。
腫瘍マーカーの分類と仕組み
1. がん遺伝子産物
変異したがん遺伝子が直接産生するタンパク質(例:HER2、EGFR 変異蛋白など)。
2. 突然変異産物(ネオアンチゲン)
遺伝子変異によって新たに出現したアミノ酸配列。免疫療法の標的としても研究が進む。
3. 胎児性抗原・がん胎児性物質(CEA など)
胎児期にのみ高発現し、成人ではほぼ発現しない物質ががんで再発現する現象。
4. ホルモン/成長因子関連
hCG、カルシトニン、インスリン様成長因子など。内分泌腫瘍で高値を示す。
5. ウイルス関連抗原
EB ウイルス関連抗原(EBER)、HBs 抗原など。ウイルス起因がんの診断補助に利用。
これらは血液・尿・胸水・腹水などに検出されますが、臨床的に最も活用されているのは採血検査で測る〈血清腫瘍マーカー〉です。
腫瘍マーカー検査の目的と限界
主な活用シーンは以下の 3 つです。
- がん発生臓器・組織型の推定(例:AFP ≒ 肝細胞がん、CA125 ≒ 卵巣がん)
- 治療法選択・治療効果判定(例:化学療法中のCEA・CA19-9 推移)
- 再発・転移の早期検出(術後フォローアップでの上昇をチェック)
一方、診断精度(感度・特異度)が十分でないというデメリットもあります。
例えば PSA は前立腺がんのスクリーニングに有用ですが、良性前立腺肥大などでも上昇し偽陽性となることがあります。画像検査や組織診と組み合わせて総合判断するのが鉄則です。
代表的な腫瘍マーカー一覧(基準値・関連がん)
マーカー | 基準値目安 | 主な関連がん | 臨床的ポイント |
---|---|---|---|
CEA | <5 ng/mL | 大腸・胃・膵・乳・肺 など | フォローアップでの上昇を重視 |
CA19-9 | <37 U/mL | 膵・胆道・胃 など | 膵がんで 1000 U/mL 超なら高度進行例疑い |
AFP | <10 ng/mL | 肝細胞がん・卵黄嚢腫瘍 など | PIVKA-II と併用で精度↑ |
CA125 | <35 U/mL | 卵巣がん | 月経・妊娠・腹水でも上昇する |
PSA | <4 ng/mL | 前立腺がん | 年齢・前立腺体積でカットオフを調整 |
SCC 抗原 | <1.5 ng/mL | 子宮頸・肺・食道扁平上皮がん | 放射線治療後の再発監視に有用 |
CYFRA 21-1 | <3.5 ng/mL | 肺がん(非小細胞) | シフラとも呼ばれる |
※施設や試薬により基準値は異なります。必ず医療機関の判定基準に従ってください。
最前線!リキッドバイオプシーと ctDNA
近年、リキッドバイオプシー(液体生検)が注目を集めています。がん細胞から血中に流出した循環腫瘍 DNA(ctDNA)やエクソソームを解析することで、従来の腫瘍マーカーより早期に微小ながんを検出できる可能性があります。
多がん種同時スクリーニング(MCED)を目指す研究も進み、米国では Galleri™ や Guardant SHIELD™ が臨床試験段階にあります。日本国内でも 2024 年に国立がん研究センターが先行研究を開始し、保険適用に向けた議論が活発化しています。
検査を受ける前に知っておきたいこと
- 単独の数値では診断不可:必ず画像検査・内視鏡・病理診断と併用しましょう。
- 生活習慣や良性疾患の影響:喫煙・肝炎・膵炎・月経周期などで偽陽性が出ることがあります。
- 測定時の条件統一:フォローアップ時は同一検査法・同一施設で測定すると経時変化を正確に比較できます。
- 医師との相談が必須:異常値が出ても慌てず、必ず専門医に相談して精密検査を受けてください。
まとめ
腫瘍マーカーは「がん医療の万能検査」ではありませんが、治療効果判定や再発監視で大きな威力を発揮します。
さらに、リキッドバイオプシー技術の進歩により、がんのごく早期段階での検出も現実味を帯びてきました。
正しい知識を持ち、検査結果を過信せず、総合的な診療を受けることが、がんと向き合う第一歩となります。
参考文献・出典
- 国立がん研究センター がん情報サービス「腫瘍マーカー検査とは」 :contentReference[oaicite:0]{index=0}
- 日本臨床検査医学会『臨床検査のガイドライン JSLM2024』(電子版) :contentReference[oaicite:1]{index=1}
- misignal.jp「腫瘍マーカー検査とは、がんの早期発見には不向き?基準値も解説」 :contentReference[oaicite:2]{index=2}
- HIC クリニック監修コラム「腫瘍マーカー CA19-9 の数値が高いのはどういうこと?」 :contentReference[oaicite:3]{index=3}
最終的な診断・治療方針は必ず専門の医師とご相談ください。