
卵巣がんの抗がん剤治療を正しく理解する
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
卵巣がんと診断され、これから抗がん剤治療を受ける患者さんやそのご家族にとって、どのような治療薬が使われ、どのくらいの期間治療が続くのか、費用はどの程度かかるのかといった情報は、治療の計画を立てる上で非常に重要です。
卵巣がんは婦人科のがんの中でも抗がん剤の効果が比較的高いとされており、手術と組み合わせた化学療法が標準的な治療となっています。
使用される抗がん剤にはいくつかの種類があり、患者さんの状態やがんの進行度、再発の有無などによって最適な治療法が選択されます。
この記事では、卵巣がんで使用される主な抗がん剤治療のレジメン(治療計画)、各治療薬の名前と投与方法、治療期間、コース数、そして治療にかかる費用について、最新の情報を交えながら詳しく解説します。
卵巣がんで使用される抗がん剤の種類
卵巣がんの化学療法では、複数の抗がん剤を組み合わせる「併用療法」が基本となります。これは、作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで、より高い治療効果が得られることが臨床試験で証明されているためです。
タキサン系抗がん剤
タキサン系抗がん剤は、がん細胞の分裂に必要な微小管という構造を安定化させすぎることで、細胞分裂を阻害する薬剤です。卵巣がん治療では主に以下の2種類が使用されます。
パクリタキセル(商品名:タキソール)は、イチイの木から抽出された成分を基に開発された薬剤で、卵巣がん治療において最も広く使用されているタキサン系抗がん剤です。点滴静注で投与され、多くの治療レジメンの中心的な役割を果たしています。
ドセタキセル(商品名:タキソテール)は、パクリタキセルと同じタキサン系ですが、化学構造が若干異なります。パクリタキセルにアレルギーがある場合や、何らかの理由でパクリタキセルが使用できない場合の代替薬として選択されることがあります。
プラチナ系抗がん剤
プラチナ系抗がん剤は、DNAに結合してその複製を阻害することでがん細胞の増殖を抑える薬剤です。卵巣がんに対して高い効果を示すことが知られています。
カルボプラチン(商品名:パラプラチン)は、現在の卵巣がん治療で最も頻繁に使用されるプラチナ製剤です。腎毒性が比較的軽く、外来での治療が可能なため、標準的な治療法として広く採用されています。
シスプラチン(商品名:ランダ、ブリプラチン)は、カルボプラチンよりも古くから使用されているプラチナ製剤です。腎毒性や嘔気・嘔吐などの副作用が強いため、現在では腹腔内投与など特殊な投与方法で使用されることが多くなっています。
分子標的薬
ベバシズマブ(商品名:アバスチン)は、血管新生を阻害する分子標的薬です。がん細胞が新しい血管を作るのを妨げることで、がんへの栄養や酸素の供給を断ち、腫瘍の増殖を抑制します。従来の抗がん剤と併用することで、治療効果を高めることが期待されています。
その他の抗がん剤
再発卵巣がんの治療では、上記以外にもさまざまな抗がん剤が使用されます。
ゲムシタビン(商品名:ジェムザール)は、DNAの合成を阻害する代謝拮抗剤で、再発卵巣がんに対して効果が認められています。カルボプラチンとの併用療法が標準的です。
リポソーマルドキソルビシン(商品名:ドキシル)は、従来のドキソルビシンをリポソームという微小なカプセルに封入した薬剤です。がん組織に効率的に薬剤を届けることができ、心毒性などの副作用を軽減できる特徴があります。
トポテカン(商品名:ハイカムチン)は、DNA複製に関わる酵素を阻害する薬剤で、再発卵巣がんに対する治療選択肢の一つです。
イリノテカン(商品名:カンプト、トポテシン)とエトポシド(商品名:ラステット、ベプシド)も、再発卵巣がんの治療で使用されることがあります。
初回治療で行われる主な抗がん剤レジメン
卵巣がんと診断され、手術を行った後の初回化学療法では、タキサン系とプラチナ系の併用療法が標準となっています。
TC療法
TC療法は、パクリタキセルとカルボプラチンを組み合わせた治療法で、現在最も標準的な卵巣がん化学療法とされています。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| パクリタキセル | 175mg/m² | 静脈内点滴 | 1日目 |
| カルボプラチン | AUC5~6 | 静脈内点滴 | 1日目 |
この治療は3週間(21日)を1コースとして、通常6コース繰り返されます。つまり、治療期間は約4か月半から5か月程度となります。
カルボプラチンの投与量は「AUC」という指標で決定されます。AUCとは血中濃度曲線下面積のことで、患者さんの腎機能や体表面積を考慮して個別に投与量が計算されます。AUC5~6というのは、この計算式に基づいて決定された標準的な投与量を意味します。
DC療法
DC療法は、ドセタキセルとカルボプラチンを組み合わせた治療法です。パクリタキセルにアレルギーがある場合や、何らかの理由でパクリタキセルが使用できない場合の代替療法として選択されます。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| ドセタキセル | 75mg/m² | 静脈内点滴 | 1日目 |
| カルボプラチン | AUC5 | 静脈内点滴 | 1日目 |
DC療法もTC療法と同様に、3週間ごとに6コース行われることが標準です。
dose-dense TC療法
dose-dense TC療法は、パクリタキセルの投与頻度を高めた治療法です。日本で行われた大規模臨床試験(JGOG3016試験)で、従来のTC療法と比較して無増悪生存期間を延長する効果が示されたことから、国内では広く採用されています。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| パクリタキセル | 80mg/m² | 静脈内点滴 | 1、8、15日目 |
| カルボプラチン | AUC6 | 静脈内点滴 | 1日目 |
この治療では、パクリタキセルを毎週(1日目、8日目、15日目)投与し、カルボプラチンは3週間ごと(1日目のみ)に投与します。これを3週間1コースとして6コース繰り返します。
パクリタキセルの総投与回数は18回(3回×6コース)となり、外来通院の頻度は高くなりますが、1回あたりの投与量を減らすことで副作用を軽減しつつ、効果を高めることを目指した治療法です。
腹腔内化学療法
腹腔内化学療法は、抗がん剤を腹腔内に直接投与する方法です。米国の臨床試験(GOG172試験)で生存期間の延長効果が示されましたが、副作用が強く、治療完遂率が低いという問題があります。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| パクリタキセル | 135mg/m² | 静脈内点滴 | 1日目 |
| シスプラチン | 100mg/m² | 腹腔内投与 | 2日目 |
| パクリタキセル | 60mg/m² | 腹腔内投与 | 8日目 |
この治療も3週間ごとに6コース行われますが、腹腔内にカテーテルを留置する必要があり、カテーテル関連の合併症や強い副作用のため、現在では限られた施設でのみ実施されています。
ベバシズマブ併用療法
ベバシズマブは、血管新生を阻害する分子標的薬で、TC療法に追加することで治療効果を高めることが期待されています。
GOG218試験とICON7試験という2つの大規模臨床試験で、ベバシズマブをTC療法に併用することで無増悪生存期間が延長することが示されました。ただし、全生存期間の延長については明確な証明がなく、また高額な治療費がかかることから、適応については慎重に判断されます。
GOG218レジメンでは、TC療法の2コース目から6コース目までベバシズマブ(15mg/kg)を3週間ごとに併用し、その後もベバシズマブ単独を22コース目まで継続します。
ICON7レジメンでは、TC療法の5または6コース目からベバシズマブ(7.5mg/kg)を3週間ごとに併用し、TC療法終了後も12コース継続します。
再発卵巣がんで行われる抗がん剤治療
卵巣がんは再発しやすいがんの一つです。再発した場合の化学療法は、前回の治療からの期間(プラチナフリー期間)によって選択される治療が異なります。
プラチナ感受性再発
前回のプラチナ製剤による治療終了から6か月以上経過して再発した場合を「プラチナ感受性再発」と呼びます。この場合、再びプラチナ製剤を含む併用療法が効果的です。
TC療法の再投与が選択肢の一つですが、以下のような別の組み合わせも使用されます。
カルボプラチン+ゲムシタビン療法は、再発卵巣がんに対する標準的な治療の一つです。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| カルボプラチン | AUC4 | 静脈内点滴 | 1日目 |
| ゲムシタビン | 1000mg/m² | 静脈内点滴 | 1、8日目 |
この治療は3週間ごとに6コース行われます。
カルボプラチン+リポソーマルドキソルビシン(PLD)療法も、再発卵巣がんに対する有効な治療選択肢です。
| 薬剤名 | 投与量 | 投与方法 | 投与日 |
|---|---|---|---|
| リポソーマルドキソルビシン | 30mg/m² | 静脈内点滴 | 1日目 |
| カルボプラチン | AUC5 | 静脈内点滴 | 1日目 |
この治療は4週間ごとに6コース実施されます。
ベバシズマブ併用療法(再発時)
再発卵巣がんに対しても、ベバシズマブを併用することで治療効果を高める試みが行われています。
OCEANS試験やAURELIA試験などの臨床試験で、再発卵巣がんに対するベバシズマブ併用の有効性が示されています。
カルボプラチン+ゲムシタビン+ベバシズマブ療法では、通常の併用療法にベバシズマブ(15mg/kg)を3週間ごとに追加します。化学療法は7コースまで行い、その後ベバシズマブ単独を継続することがあります。
また、パクリタキセル、トポテカン、またはリポソーマルドキソルビシンなどの単剤にベバシズマブを併用する治療法も選択肢となります。
プラチナ抵抗性再発
前回のプラチナ製剤による治療終了から6か月以内に再発した場合を「プラチナ抵抗性再発」と呼びます。この場合、プラチナ製剤以外の単剤療法が選択されることが多くなります。
リポソーマルドキソルビシン(PLD)単剤療法は、4週間ごとに40~50mg/m²を投与します。
ゲムシタビン単剤療法は、4週間を1コースとして、1、8、15日目に1000mg/m²を投与します。
トポテカン単剤療法は、3週間ごとに1~5日目まで連日1.5mg/m²を投与します。
パクリタキセル単剤療法には、3週間ごとに175mg/m²を投与する方法と、毎週80mg/m²を投与する方法があります。毎週投与の方が副作用を軽減しながら効果を得られる可能性があります。
イリノテカン単剤療法は、4週間を1コースとして、1、8、15日目に100mg/m²を投与します。
ドセタキセル単剤療法は、3週間ごとに70mg/m²を投与します。
エトポシド経口療法は、4週間を1コースとして、1~21日目まで連日50mg/m²を内服します。
卵巣がん抗がん剤治療の費用
抗がん剤治療にかかる費用は、使用する薬剤の種類、投与量、治療期間によって大きく異なります。また、日本では公的医療保険が適用されるため、実際の自己負担額は総医療費の1~3割となります。
標準的なTC療法6コースの費用
TC療法(パクリタキセル+カルボプラチン)を6コース行った場合、薬剤費だけで約150万円~200万円程度かかります。これに診察料、検査料、点滴の手技料などが加わると、総医療費は250万円~300万円程度になることがあります。
3割負担の場合、患者さんの自己負担額は75万円~90万円程度となりますが、高額療養費制度を利用することで、実際の負担額はさらに軽減されます。
高額療養費制度の活用
高額療養費制度は、1か月(同じ月の1日から末日まで)の医療費が一定額を超えた場合、超えた分が払い戻される制度です。
自己負担限度額は年齢と所得によって決まります。例えば、70歳未満で標準的な所得(年収約370万円~約770万円)の方の場合、自己負担限度額は月額約8万円~9万円程度です。
さらに、同じ世帯で直近12か月以内に3回以上高額療療費の支給を受けている場合は、4回目からは「多数回該当」として自己負担限度額がさらに引き下げられ、月額約4万4000円程度になります。
抗がん剤治療は数か月にわたることが多いため、多数回該当を利用することで、月々の負担を大幅に軽減できます。
ベバシズマブ併用時の費用
ベバシズマブは高額な分子標的薬で、体重60kgの患者さんに15mg/kgを投与した場合、1回の薬剤費は約20万円~25万円程度です。
TC療法にベバシズマブを併用し、その後も維持療法として継続する場合、治療期間が1年以上に及ぶことがあり、総医療費は数百万円に達します。ただし、高額療養費制度を利用することで、実際の自己負担額は大幅に軽減されます。
再発時の治療費用
再発卵巣がんの治療費用も、使用する薬剤によって異なります。単剤療法の場合、併用療法と比較して薬剤費は低くなる傾向がありますが、治療期間が長期に及ぶことがあるため、総額としては同程度か、場合によってはそれ以上になることもあります。
治療を受ける際の準備と心構え
抗がん剤治療を受ける際には、いくつか準備しておくべきことがあります。
治療スケジュールの確認
抗がん剤治療は定期的な通院が必要です。特にdose-dense TC療法のように毎週投与が必要な治療法を選択する場合は、仕事や家庭のスケジュール調整が重要になります。
治療開始前に、主治医や看護師と治療スケジュールを確認し、必要に応じて職場や家族と調整しておくことが大切です。
副作用への対処
抗がん剤治療では、程度の差はあれ副作用が起こります。主な副作用には、吐き気・嘔吐、脱毛、骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)、末梢神経障害、アレルギー反応などがあります。
現在は副作用を軽減する支持療法が進歩しており、制吐剤の予防投与、白血球を増やす薬剤(G-CSF製剤)の使用、アレルギー予防のための前投薬などが行われます。
副作用の程度や種類は個人差が大きいため、何か気になる症状があれば、すぐに医療スタッフに相談することが重要です。
医療費の相談
治療開始前に、医療ソーシャルワーカーや病院の医療費相談窓口で、高額療養費制度の申請方法や、利用できる支援制度について相談しておくことをお勧めします。
事前に限度額適用認定証を取得しておくと、病院窓口での支払いが自己負担限度額までで済むため、一時的な費用負担を軽減できます。
まとめ
卵巣がんの抗がん剤治療には、初回治療と再発時の治療でさまざまなレジメンがあり、患者さんの状態やがんの性質に応じて最適な治療法が選択されます。
現在の標準治療はTC療法を基本としており、日本ではdose-dense TC療法も広く採用されています。再発した場合も、プラチナフリー期間に応じて適切な治療法が選択され、ベバシズマブなどの分子標的薬を併用することで治療効果を高める試みも行われています。
治療には高額な費用がかかりますが、公的医療保険と高額療養費制度を利用することで、自己負担額を大幅に軽減できます。治療開始前に、スケジュール、副作用対策、医療費について十分に確認し、準備を整えることが大切です。
参考文献・出典
1. 日本婦人科腫瘍学会「卵巣がん治療ガイドライン2020年版」
https://jsgo.or.jp/guideline/ransou.html
2. 国立がん研究センター がん情報サービス「卵巣がん」
https://ganjoho.jp/public/cancer/ovary/index.html
3. 日本癌治療学会「がん診療ガイドライン」
https://www.jsco.or.jp/guide/index.html
4. 日本臨床腫瘍学会「がん薬物療法ガイドライン」
https://www.jsmo.or.jp/about/guideline.html
5. 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html
6. 日本婦人科腫瘍学会「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌取扱い規約」
https://jsgo.or.jp/public/ransou_kitei.html
7. がん研究振興財団「がんの統計2024」
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
8. 日本癌学会「Cancer Science」卵巣がん化学療法に関する論文
https://www.jca.gr.jp/
9. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医療用医薬品情報検索」
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuSearch/
10. 日本癌治療学会「がん診療レジデントマニュアル」
https://www.jsco.or.jp/jpn/index.html
