肝臓がん(肝細胞がん)に対する肝臓移植は、患者さんの生命を救う重要な治療選択肢の一つです。肝臓は、私たちの体にある臓器のうち、唯一、再生する能力をもっています。このため、適切な条件下で肝臓移植を行うことで、患者さんの生活の質と予後の向上が期待できます。
肝臓がんの肝臓移植について、最新の医療情報を踏まえながら詳しく解説します。移植適応の基準、手続きの流れ、費用に関する情報まで、患者さんとご家族に役立つ内容をお届けします。
肝臓がんにおける肝臓移植の適応時期
肝臓がんに対する肝臓移植には、厳格な適応基準が設けられています。これらの基準は、移植の効果を最大化し、限られた臓器資源を有効活用するために重要な役割を果たしています。
ミラノ基準と5-5-500基準
ミラノ基準とは肝細胞がんの治療において肝移植が適切かを判断する基準の一つです。1996年にイタリアのミラノ国立がん研究所の研究チームが48例の脳死肝移植の結果をもとに発表しました。
現在、日本で肝細胞がんの移植適応として認められている基準は以下の通りです:
基準名 | 適応条件 | 適用開始時期 |
---|---|---|
ミラノ基準 | ・脈管侵襲、遠隔転移がない ・がんが1個なら5cm以下 ・がんが複数なら3個以下で3cm以内 |
2004年より保険適用 |
5-5-500基準 | ・遠隔転移、脈管侵襲がない ・がんが5cm以内 ・がんの数が5個以内 ・AFP500ng/mL以下 |
2020年4月より生体肝移植で保険適用 |
2020年4月1日より、生体肝移植につきましても、同様の基準で保険適用とされることになりました。この基準の拡大により、より多くの患者さんが保険適用で移植を受けられるようになりました。
京都基準について
京都大学では、1999年から2006年までに、腫瘍の大きさや個数に制限を設けず136例の肝細胞癌患者に対し肝移植を行いました。その結果として開発された京都基準は、従来の基準より拡大された適応基準として注目されています。
京都基準では、肝細胞癌の腫瘍マーカーであるPIVKA-II が400mAU/mL以下という条件が含まれており、ミラノ基準や5-5-500基準を超える症例でも良好な成績が報告されています。
移植時期の判断要因
肝臓がんの移植時期を決定する際には、以下の要因を総合的に考慮します:
- がんの進行度(大きさ、個数、血管侵襲の有無)
- 肝硬変の程度と肝機能の状態
- 患者さんの全身状態
- 他の治療選択肢の可能性
肝臓がんでは、移植をする前にがんに対する治療が行われて、その治療が行われてから3カ月以上が過ぎ、移植をする1カ月以内の画像診断によって、前述の条件を満たしていればよいことになっています。
肝硬変が進行し、集中治療室での管理が必要な状態になると、移植を行っても1年生存率は60パーセント以下となり、移植の効果が期待できません。このような状態では、すでに移植の時期を逸していると考えられます。
生体肝移植の手続きと流れ
生体肝移植は、健康な家族や親族から肝臓の一部を提供していただく移植方法です。日本では脳死肝移植の件数が限られているため、生体肝移植が主流となっています。
生体肝移植の基本的な流れ
生体肝移植は以下のような手順で進められます:
- 診断・適応評価:担当医による移植適応の判断
- 移植施設への紹介:正式な紹介状の作成
- インフォームド・コンセント:患者さんと提供者への詳細な説明
- 倫理委員会での審査:移植実施施設での適応審査
- 手術実施:適応が認められた場合の移植手術
移植実施施設では、被移植者と提供者に対して移植についての詳細な説明を行い、書面で同意を得ます。患者さんは移植の意味やリスクを理解し、臓器提供者の意思も十分に確認されます。
ドナーの適応条件
ドナーになれるのは3親等以内の家族(両親、成人した子ども、兄弟、おじ、おば、甥、姪)と配偶者です。ドナーの適応には以下の条件があります:
- 20歳以上65歳未満であること
- 既往症や感染症がなく健康であること
- エイズウイルス、肝炎ウイルスに感染していないこと
- 脂肪肝などの肝疾患がないこと
- 本人の自発的な意思による提供
血液型については、ABO式で一致あるいは適合していることが望ましいとされますが、最近は技術の進歩により、不適合型でも移植できるようになりました。
脳死肝移植の現状と手続き
脳死肝移植は、脳死となった方から提供された肝臓を移植する方法です。日本では脳死臓器提供の件数が限られているため、待機期間が長くなる傾向があります。
脳死肝移植の登録プロセス
脳死肝移植を受けるためには、以下の手順を経る必要があります:
- 移植実施施設での診断と適応評価
- 移植コーディネーターによるインフォームド・コンセント
- 施設倫理委員会での審査
- 脳死肝移植適応評価検討委員会での再審査
- 日本臓器移植ネットワークへの登録
- 適合ドナー出現まで待機
日本臓器移植ネットワークに脳死肝移植希望患者として登録する必要があります。登録には、StatusⅠ(劇症肝炎など)とStatusⅡ(末期肝硬変など)があり、それぞれ異なる優先順位付けが行われます。
脳死肝移植の現状
2010年7月に臓器移植法が改正され、本人の意思が不明な場合でも遺族が承諾すれば臓器提供が可能となったことで年間50例程度の臓器提供があり脳死肝移植数も増えました。しかし、欧米と比較すると依然として件数は少なく、登録してから実際に肝移植を受けるまで、平均で2年ほどかかります。
肝臓がんは進行性の疾患であるため、2年間の待機は現実的に困難な場合が多く、結果的に生体肝移植を選択せざるを得ない状況が続いています。
肝臓移植に要する費用
肝臓移植の費用は、移植の種類や保険適用の有無によって大きく異なります。2025年現在の最新情報をもとに、詳細な費用について解説します。
生体肝移植の費用
肝移植(脳死・生体)の入院・手術は保険診療です。保険適用となる場合の費用は以下の通りです:
項目 | 保険適用時(3割負担) | 自費診療時 |
---|---|---|
レシピエント(患者さん) | 約200~500万円 | 約1000~1500万円 |
ドナー(提供者) | 患者さんの保険に含まれる | 約200~250万円 |
総費用 | 約200~500万円 | 約1200~1750万円 |
一般的に、3割負担の場合、支払額は500万円程度になります。ただし、個人差が大きく、手術後の経過によっては2000万円以上かかることもあります。
保険適用の条件
肝細胞がんの生体肝移植で保険適用となる条件は以下の通りです:
- 肝硬変(非代償期)を合併していること
- ミラノ基準または5-5-500基準内であること
- 遠隔転移と血管侵襲を認めないこと
肝硬変では、腹水が貯まる、黄疸がある、脳症がある、といった、肝不全と呼ばれる肝臓の働きが低下した状態で保険診療となりますが、このような肝不全兆候がない場合には保険診療となりません。
脳死肝移植の費用
脳死肝移植の費用は以下のような構成になっています:
- 移植手術費用:保険適用外
- 術後の入院費・管理費:保険適用
- 免疫抑制剤などの薬剤費:保険適用
- 臓器摘出・搬送費用:別途必要
移植初年度の総費用は約800万円程度と推定されています。
登録・更新費用
最初に必要となる移植希望登録の費用(新規登録料)は、30,000円です。また、毎年3月末に更新するための費用(更新料)は、5,000円です。
海外での移植費用
海外(アメリカ、オーストラリアなど)で脳死肝移植を受ける場合には、数千万円単位の費用がかかります。ただし、必ず移植を受けられる保証はなく、移植後の健康回復についても保証はありません。
費用負担軽減のための制度
肝臓移植にかかる高額な費用を軽減するため、以下のような制度が利用できます:
高額療養費制度
医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1カ月で年齢や所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた額を支給する高額療養費制度があります。この制度により、実際の自己負担額を大幅に軽減できます。
その他の助成制度
- 特定疾患医療費助成制度(国指定・自治体指定)
- 身体障害者手帳による医療費助成
- 自立支援医療費助成
- 医療費控除(確定申告時)
これらの制度について詳しくは、病院の医療相談室や行政の関連窓口で相談することをお勧めします。
移植後の生存率と予後
肝臓移植後の生存率は着実に向上しており、多くの患者さんが良好な予後を得ています。
最新の生存率データ
日本肝移植学会の調査によれば、脳死肝移植を受けた595名の方々の生存率は1年89%、3年86%、5年83%、10年75%、15年64%です。一方、生体肝移植後の生存率は、1年85%、3年82%、5年79%、10年74%、15年69%です。
これらの成績は世界的にも良好な水準にあり、近年各移植施設における成績はさらに向上しています。
移植後の生活の質
しかし、最も大切なことはその人達が質の高い活動的な生活をしているということです。多くの移植患者さんが、移植前には困難だった日常生活や社会復帰を果たしています。
移植後の管理と合併症
肝臓移植後は、適切な管理により合併症を予防し、移植肝の機能を長期間維持することが重要です。
主な合併症とその対策
- 拒絶反応:免疫抑制薬による予防と治療
- 感染症:定期的な検査と予防的治療
- 血管合併症:レシピエントの(最も多い報告では)約20%に起こるといわれています
- 胆管合併症:胆汁の流れに関する問題
定期的なフォローアップ
移植後は生涯にわたる定期的な検査とフォローアップが必要です。これにより、合併症の早期発見と適切な治療が可能になります。
最新の治療動向
肝臓移植の分野では、技術の進歩により移植適応の拡大や成績の向上が続いています。
適応基準の拡大
2020年の5-5-500基準の導入により、従来のミラノ基準では移植適応外とされていた患者さんも保険適用で移植を受けられるようになりました。これにより、より多くの患者さんに移植という治療選択肢が提供されています。
ダウンステージング戦略
ミラノ基準内まで腫瘍を縮小できるということは、治療にうまく反応しない腫瘍に比べて、がんの悪性度が低いと考えられるとされており、前治療によるダウンステージング後の移植も良好な成績が報告されています。
技術的進歩
- 血液型不適合移植の技術向上
- 手術手技の改良による合併症率の低下
- 周術期管理の向上
- 免疫抑制薬の進歩
患者さんへの重要な情報
肝臓移植を検討される患者さんとご家族へ。以下の点がポイントです。
- 移植は根治的治療の選択肢の一つですが、すべての患者さんに適応があるわけではありません
- 移植には手術リスクや術後合併症のリスクが伴います
- 移植後は生涯にわたる免疫抑制薬の服用と定期的な検査が必要です
- ドナーとなる家族にも手術リスクが伴います
- 費用については保険適用の条件を満たすかどうかで大きく異なります
移植を検討される際は、移植実施施設の専門医と十分に相談しましょう。