がんが前立腺にとどまっている場合は、手術、放射線治療、ホルモン療法の3つのうちから治療法を選択することになります。これらのうち、手術と放射線治療は根治的(目に見えるがんを全て取り除くこと)な治療を目指すものであり、ホルモン療法はがんの増殖や進行を阻止する目的だといえます。
前立腺がんでは治療法を選択するとき、患者の状況や意思、条件、生活の質(生存期間や男性機能など)に対する考え方を重視することが大切です。
例えば根治を求めるけれど、体にメスを入れるのに抵抗があったり、手術を受けるだけの体力がない場合は、放射線治療が望ましいといえます。放射線治療には、体の外から放射線を照射する外照射療法と、放射線を発する金属(線源)を前立腺内に埋め込む密封小線源療法(ブラキセラピー)があります。
自分がどのリスク群であるかによって、期待できる効果も違ってきます。リスク分類、受けられる治療法、自分が望む治療法は何か・・・などを検討して、自分に合った方法を選ぶことになります。
さらに、年齢によっては、一般的な寿命から判断して「薬で抑えて寿命を迎えられればよい」「すぐには治療はせずしばらく様子をみる」といった選択をする方もいます。なお、もしも前立腺がんの再発があった場合、最初に選んだ治療法によって、その後に選択できる治療法が決まってくることも理解しておく必要があります。
1:がんであるかどうかを確定し、リスクを判定する
前立腺がんを疑うきっかけの多くは、職場や地域の健康診断や人間ドックでのPSA検査によります。前立腺がんは比較的進行してもほとんど自覚症状が出ません。したがって、症状があって受診した場合は、かなり進行した末期の状態であるケースがめずらしくないのです。
そこで、早期に発見する手段としてPSA検査は重要な意味をもっています。PSA値が4ng/ml以上であれば、がんの可能性が疑われますので、医師から精密検査が勧められることになります。
まず、直腸診を行い、前立腺全体の大きさや硬さ、直腸側の表面の状態、精嚢の状態などを見ます。がんが疑われる場合は、さらに針生検を行います。これは前立腺まで針を刺して、組織を採取して行う検査です。
前立腺がんであるかどうかの正確な診断は、この針生検でしか確定できません。針生検は前立腺がんを確定する唯一の検査ですが、同時に、がんの「顔つき」と呼ばれる、がんの悪性度のようなものを測るために必要な検査でもあります。
生検では直腸や会陰部から前立腺に向けて針を刺し、前立腺の組織の一部を採取して顕微鏡で観察します。このとき顕微鏡に映し出される像のもっとも多いパターンと次に多いパターンの組み合わせを点数化したものがグリソン・スコアという指標で、これががんの悪性度を表す尺度となります。
がんであることが確定したら、がんが前立腺部にとどまっているかどうかの判定と、PSA値、直腸診の結果、グリソン・スコアの3つの指標を用いるリスク判定を行います。
2:リスクや年齢、本人の意向で治療を選択する
がんが前立腺部にとどまっている場合は、根治的な治療の選択が可能です。根治というのは、がんをすべて取り除くか、あるいは死滅させてしまうということです。前立腺がんで根治を期待できる治療法には、手術と放射線治療の2つがあります。
手術は発生しているがんを前立腺ごと、精嚢もふくめて取り除く根治的前立腺摘除術を指します。生殖能力はなくなりますが、前立腺を失っても他の臓器の健康には影響がありません。
手術に伴う体への負担を考え、その対象はおおむね75歳未満であることが原則となっていますが、本人の意向次第で、それ以上の年齢の人に行われることもあります。
摘出のためにどこを切開するかによって、手術の方式は3つに分類されます。下腹部を切り開いて行う方法(恥骨後式摘出術)、会陰部(股間)を切り開いて行う方法(会陰式摘出術)、体には大きな傷口をあけずに腹腔鏡を用いて、前立腺、精嚢をすべて取り除く方法があります。
いずれの方法でも、尿道が前立腺のまん中を貫いているため、いったん尿道を切断し、前立腺と精嚢を取り出してから、尿道と膀胱をつなぎ合わせます。
前立腺周辺には男性機能(勃起能力)にかかわる神経が走っています。意図的にこの神経を残す場合は、できるだけこの神経を傷つけないように細心の注意をはらわなければなりません。
また、細かい血管も集中しています。恥骨の裏の狭い場所で、制約を受けながら行われるため、前立腺がんの手術は高度な技術が要求される手術となっています。尿もれなどの合併症の出現は、手術を行う医師の技術に大きく左右されると考えられています。
根治的なもう一つの治療法は放射線治療です。放射線治療には、体外から前立腺めがけ放射線を照射して、がん細胞を死滅させる外照射療法と、放射線を発する小さな金属(線源)を前立腺のなかに生涯据え置いて、がん細胞を死滅させる密封小線源療法があります。
外照射療法は、低・中リスクのがんであれば、手術と同程度の効果が期待できます。照射は、前立腺と精嚢とに限定して行われます。その技術が向上してきているとはいえ、周辺への影響を完全に避けることはできません。そのため、男性機能の障害がおこる場合もあります。
これをカバーできるのが密封小線源療法です。前立腺の中から放射線を照射するため、前立腺以外の臓器に対する放射線の影響はほとんどみられません。その代わり、外照射療法ほど強いエネルギー量の放射線を使うことはできません。
低リスクの場合は、手術や外照射療法と同程度の効果が得られますが、リスクが高くなるにしたがって、効果は劣っていきます。
がんが前立腺部にとどまっている場合に高リスクと判定されるのは、グリソン・スコアが8以上であるか、PSA値が20ng/ml以上である場合です。このとき、グリソン・スコアが高い、つまり悪性度が高いために高リスクとなっている場合は、手術で取りきれない可能性が大きいとされるため、第一選択は放射線の外照射療法に2年間ほどのホルモン療法を加えたものとなります。
ただし、本人の年齢や意向によっては手術が選択できる場合もあります。手術か放射線治療かを選ぶ際、再発後の治療法とのかかわりについて知っておく必要があります。
最初に手術を行った患者さんが再発した場合は、放射線治療とホルモン療法を受けることができますが、放射線治療を受けた患者さんが再発した場合は、合併症がおこる危険性が高くなるため、手術を行うことはできず、ホルモン療法のみを行うことになります。
患者さんによっては、治療法の選択に幅があっても、根治を求めず、がんの進行・増殖を抑えるホルモン療法を選んだり、すぐには何も治療を行わずに、様子を見たりする人もいます。
前立腺がんで治療法を検討する場合は、がんが治る確率に加え、手術後の生活設計、治療後におこりやすい男性機能障害や排尿障害の可能性など、トータルに考え、家族や医師とよく相談する必要があります。
3:選択した治療法を開始する
手術を選んだ場合およそ10日間の入院が標準です。全身麻酔で行うため、手術に伴う痛みはなく、手術そのものは通常2~4時間で終わります。
外照射療法では、平日に毎日通院して照射を行います。治療期間は1カ月半が標準です。1回の治療は数分間で終わります。密封小線源療法は全身麻酔で行われ、手技は2時間ほどですみますが、4~5日間ほどの入院が必要です。
前立腺がんの治療におけるホルモン療法は根治をめざす治療でなく、がんの進行を抑えるための治療とされています。高齢者の場合は、手術や放射線治療が可能であっても、注射や飲み薬を飲むだけという、もっとも体への負担が少ないホルモン療法を、最初から選択する場合もあります。
ホルモン療法は、手術あるいは放射線治療を行っても、PSA値が十分に下がらない場合と、一度下がったPSA値が再び上がった場合にも行われます。また、中リスクのがんで、放射線の外照射療法を選択した場合は、その効果を上げるために照射を行っている期間と同時期の3~4カ月間、ホルモン療法を併用します。高リスクでは、照射期間と同時期に始め、およそ2年間にわたってホルモン療法を行うこともあります。
ホルモン療法のねらいは、前立腺がんが成長するのに必要な男性ホルモンを物理的に、または化学的に患者さんの体から取り除くことです。物理的に取り除く方法は、両方の精巣(睾丸)を除去する手術、つまり去勢手術です。古くから行われている治療法で、前立腺がんは確実に小さくなります。ただし、現在の日本では少なくなりました。
手術を行わずに、注射や飲み薬で(化学的に)男性ホルモンを抑え、精巣の除去と同様の効果を得ることができます。LH-RHアナログ薬の注射(1カ月に1回と3カ月に1回の2種類があります)が代表的なものです。飲み薬の抗アンドロゲン薬を併用する方法(MAB療法)が一般的です。
●LH-RHアナログ薬の投与法
1カ月に1回または3カ月に1回の皮下注射
酢酸ゴセレリン(商品名ゾラデックス)
酢酸リュープ口レリン(商品名リュープリン)
●抗アンド口ゲン薬の投与法
ビカルタミド(商品名カソデックス)80mgを1日1回
フルタミド(商品名オダイン)125mgを1日3回
酢酸ク口ルマジノン(商品名プ口スタール)50mgを1日2回
●MAB療法
LH-RHアナログ薬+抗アンドロゲン薬
これらの薬剤の大きな難点は、いずれ効果がなくなるということです。平均して5年ほどは効果を現しますが、それより短期間で効かなくなることもありますし、もつと長期間効くこともあります。無効になった場合は、少量の副腎皮質ステロイド薬(ステロイド薬)やさらにはドセタキセル水和物(商品名タキソテール)などの抗がん薬が使われることもあります。
4:定期検診を行いながら経過をみる
手術後、放射線治療後、およびホルモン療法を行っている間は、およそ3~4カ月の間隔で検診を受け、PSA値をチェックして慎重に経過観察を続けます。多くのがんでは、経過観察の目安は5年ですが、前立腺がんの場合は、10年以上の観察が必要です。治療後、10年、PSA値の上昇がなければ「ほぼ完治」できたと判断されます。
ただし、手術後に、一度下がったPSA値が0.2ng/ml以上を示した場合、また、放射線治療後、治療中にもっとも下がった際の値より2.0ng/ml以上上昇した場合は再発とみなされ、治療を再開します。手術後であれば、放射線治療あるいはホルモン療法が選択でき、放射線治療後であれば、ホルモン療法が選択されます。
以上、前立腺がんの治療に関する解説でした。