乳がん乳房温存手術の基本的な適応条件
乳房温存手術は、乳がん治療において女性の身体的・心理的な負担を軽減しながら根治を目指すための重要な選択肢です。ステージ I,IIの浸潤性乳がんおよび非浸潤性乳管がん(主に腫瘍径3cm以下)に適応となります。
乳房温存手術が提案される基本的な条件は、病期Ⅱ期(しこりの大きさは3cm以下)までの早期乳がん患者です。この手術方法の目的は、乳房内での再発率を高めることなく、美容的にも患者さんが満足できる乳房を残すことにあります。
乳房温存療法の基本的な考え方と2025年最新動向
乳房温存療法は、「乳房温存手術と温存乳房への手術後の放射線照射のセット」として定義されています。ステージが0,Ⅰ,Ⅱ期の乳がんに対する標準的な局所療法です。
この治療法の根本的な考え方は以下の4つの要素から構成されています。まず、乳腺内の目で見える、手で触れる病巣を乳房温存手術で切り取ること。次に、詳細な病理検査で大きな取り残しのないことを確認すること。そして、細胞レベルで取り残した可能性のある病巣は放射線治療で根絶すること。最後に、乳房以外に存在する可能性のある微小転移巣は化学療法・ホルモン療法で根絶することです。
2025年における治療アプローチの変化
近年の乳がん治療においては、2024年、乳癌領域でも保険適応となったセルブロックを用いたバイオマーカー検索など、診断技術の進歩により、より個別化された治療選択が可能になっています。これにより、従来よりも精密な適応判定が可能となり、患者個々の状況に応じた最適な治療選択ができるようになりました。
腫瘍サイズによる適応基準の詳細
腫瘍の大きさは乳房温存手術の適応を決める重要な要素です。しこりの大きさが何センチまでなら適応になるかについては、科学的に基準が設けられているわけではありませんが、実際の臨床での指針が存在します。
海外では臨床試験の対象者の多くがしこりの大きさ4cm以下であったことから、乳房温存手術の適応を4cm以下とするガイドラインもみられます。一方、日本では局所再発をできるだけ少なくすることや、美容的に満足できる形を残せることを考え合わせて、しこりの大きさ3cm以下が温存療法の適応と考えられています。
ただし、がんを完全に取りきることができて、見栄えも良好な手術が可能と判断された場合は、大きさ4cmまでは適応となることがあります。これは乳房の大きさと腫瘍の位置、患者の希望などを総合的に評価した上での判断となります。
術前薬物療法による適応拡大
近年注目されているのが、術前薬物療法による適応拡大です。腫瘍径が大きな場合でも,術前薬物療法により腫瘍が縮小すれば乳房温存療法は可能となることがあります。
しこりが大きいために乳房部分切除術が困難な乳がんを小さくして乳房部分切除術ができるようにする効果があります。術前化学療法により70~90%の乳がんが小さくなるとされており、これによって従来は乳房全摘術しか選択肢がなかった患者にも温存手術の可能性が開かれています。
非浸潤性乳管がんにおける乳房温存手術の適応
ステージO期の非浸潤性乳管がん(DCIS)は、特別な考慮が必要な病型です。がんを取り切ることできれば、ほとんどで完治が見込まれますが、適応については慎重な判断が求められます。
非浸潤性乳管がんでは、乳房温存手術と乳房切除術では生存率に差はなく、乳房温存手術で95~100%、乳房切除術で98~100%の生存率が報告されています。美容的な観点からは乳房温存手術が選択肢となりますが、がんの広がりが広範囲の場合は、乳房温存手術では温存乳房内再発の危険があるため、乳房切除術が提案される場合があります。
非浸潤性乳管がんの特殊な考慮事項
非浸潤がんであってもがんの範囲が広い場合は、がんを取り切るために乳房をすべて切除しなければならないこともあります。これは、非浸潤性乳管がんが乳管内で広範囲に広がる性質があるためです。
最近の研究では、低リスクの非浸潤性乳管がんに対する「積極的モニタリング」という新しいアプローチも検討されており、短期的な結果からは積極的モニタリングによる対応は有望だと感じており、さらなる追跡調査によって、低リスクDCISの女性に対するこの治療法の長期的な結果と実現可能性が判明すると思われますという報告もあります。
局所再発に関する詳細な理解
乳房温存手術で残した乳房にがんが出現することを局所再発と呼びます。局所再発の原因には2つの可能性があり、理解しておくことが重要です。
1つは乳房を部分切除した際に目にみえないがんがあって、それを取り残したために、あとで大きくなって再発としてわかったものです。もう1つはまったく新しい乳がんが同じ乳房内にできたものです。この2つを厳密に区別することは困難ですが、それぞれで治療法が異なることがありますので、担当医にどちらの可能性が高いかを確認することが大切です。
切除断端陽性の重要性
部分切除した組織の断面を顕微鏡で詳しく調べた結果、がん細胞が断面または断面近くにみられる場合を切除断端陽性といい、乳房温存手術後の乳房内再発を予測するための重要な因子となります。
広い範囲での断端陽性が確認された場合は、追加切除や乳房切除術が推奨されます。断端陽性であっても範囲が小さい場合は、追加切除することもありますが、標準的放射線治療にさらに放射線照射を追加する方法も有効であると考えられています。
放射線治療の必要性
乳房温存手術後放射線治療を行わないと10年で約25%に乳房内再発がありますが、放射線治療を行った場合約8%まで再発率を低下させることができます。このため、乳房温存手術後の放射線治療は原則として必須とされています。
乳房温存手術が適応にならない具体的な条件
以下のいずれかに該当する場合は、乳房温存手術が適応にならず、乳房切除術(全摘出術)が行われます。
まず、2つ以上のがんのしこりが、同じ側の乳房の離れた場所にある場合(多発がん)です。次に、乳がんが広範囲にわたって広がっている場合で、マンモグラフィで乳房内の広範囲に微細石灰化が認められる場合などが含まれます。
放射線治療に関連する制約として、温存乳房への放射線治療を行う体位がとれない場合、妊娠中である場合、過去に手術した側の乳房や胸郭へ放射線治療を行ったことがある場合、強皮症や全身性紅斑性狼瘡(SLE)などの膠原病を合併している場合があります。
美容的な観点から、しこりの大きさと乳房の大きさのバランスから、美容的な仕上がりがよくないことが予想される場合も適応外となります。最終的に、患者さんが乳房温存手術を希望しない場合も当然ながら適応外となります。
最新の診断技術と治療選択への影響
2025年現在、乳がんの診断技術は大幅に進歩しており、これが治療選択にも大きな影響を与えています。がんの状態によっては、術前薬物療法(手術の前に行う薬物療法)を行うこともあります。
術前薬物療法の主な目的は、手術前にがんを小さくすることです。がんが大きくて乳房部分切除術を行えない場合に、薬物療法によってがんを小さくできれば乳房部分切除術ができる可能性があります。
個別化医療の進展
現在の乳がん治療では、がんの生物学的特性(サブタイプ)に基づいた個別化治療が標準となっています。ホルモン受容体陽性、HER2陽性、トリプルネガティブなど、がんの性質に応じて最適な治療戦略が選択されます。
これにより、従来は一律に適用されていた治療基準がより柔軟になり、個々の患者の状況に応じた最適な治療選択が可能になっています。
患者の生活の質(QOL)への配慮
乳房温存手術の最大の利点は、患者の生活の質の向上です。乳房の喪失による身体的・心理的な影響を最小限に抑えながら、根治的な治療を行うことができます。
ただし、温存手術を選択する場合は、術後の放射線治療が必要であることを理解し、通院の負担や副作用についても十分に検討する必要があります。また、定期的な経過観察により、早期に再発を発見できる体制を整えることも重要です。
今後の展望と研究動向
乳房温存手術の適応は、技術の進歩とともに今後さらに拡大していくことが予想されます。術前薬物療法の効果向上、放射線治療技術の進歩、新しい診断技術の開発などにより、より多くの患者が乳房温存手術の恩恵を受けることができるようになるでしょう。
特に、分子生物学的な理解の深化により、どの患者により適切な治療法を選択できるかの予測精度が向上しており、これは乳房温存手術の適応拡大に大きく貢献しています。
人工知能と画像診断の活用
近年では、人工知能を活用した画像診断技術の進歩により、がんの広がりをより正確に評価することが可能になっています。これにより、従来は判断が困難であった症例でも、より精密な適応判定ができるようになることが期待されています。
まとめ
乳がん乳房温存手術の適応は、腫瘍のサイズ、位置、性質、患者の全身状態、さらには患者の希望など、多くの要素を総合的に評価して決定されます。2025年現在、術前薬物療法の進歩により適応拡大が図られており、より多くの患者が乳房温存という選択肢を検討できるようになっています。
参考文献・出典情報
- 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 - 日本乳癌学会
- 乳がん 治療 - 国立がん研究センター がん情報サービス
- 乳癌診療ガイドライン2022年版 - 日本乳癌学会
- 乳房温存療法 - 京都大学医学部附属病院 放射線治療科
- 手術前の薬物療法について - 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版
- 浸潤がんと非浸潤がん - おしえて 乳がんのコト【中外製薬】
- 非浸潤性乳管癌(DCIS)と診断されても手術を省略してアクティブモニタリングで大丈夫!? - 西原ブレストクリニック
- 非浸潤性乳がん(0期の乳癌)とその治療 - 東京ブレストクリニック
- 乳がんについて - 東京都済生会中央病院
- 乳がんの治療 - 東京医科大学病院