1960年代、歯科医のウィリアム・ドナルド・ケリー氏は、食事のガイドライン、ビタミンと酵素の補強、コンピューターによる代謝型分類を基本とした「がん患者向け栄養療法」を開発し、発表しました。
当時、ケリー氏の療法は最も広く知られたがんの民間療法の1つとなりました。
現在はケリー氏や関係者が診療を行っているわけではありませんが、彼の療法はあらゆる形で今も実践されています。
ケリー療法の発展には3つの段階がある。まず、同氏が著書「がんに対する1つの答(One Answer to Cancer)」の中で説明しているもの、次に、フレッド・ロー氏が「代謝生態学(Metabolic Ecology)」の中で述べているケリー療法の発展型と新たな解釈、最後にニコラス・ゴンザレス氏がケリー氏の考え方を基に開発し、現在ニューヨークで実践している代謝類型療法です。
ケリー療法の背景と理論的根拠
64年、ケリー氏は、転移性膵臓がんにかかっていると診断されました。
しかしその診断は生検で確認されたものではなかったと、ケリー氏自身は述べています。
そこで、自ら開発した「生化学検査」(同氏が「蛋白質代謝の評価指標」と呼んでいる検査の1つで、がんが臨床的に明らかになる前に診断する目的のもの)を実施したところ、数カ月前からがんが発生、さらに妻と3人の子供のうち2人にもがんが発生していることがわかった、といいます。
主治医はケリー氏に彼の余命が2カ月であることを告げ、手術を勧めたが、彼は断ったそうです。
自らの経験から、誤った食生活が腫瘍の増殖を助け、適切な食生活を行うことで腫瘍と戦うことのできる体づくりができると考え、ケリー氏はがんから生還するため、失敗を繰り返しながらも、様々な酵素、ビタミン、ミネラルを試し、用法と用量に関する規則を作っていきました。
さらに自らの食養生計画を家族その他にも実行させ、1969年、「がんに対する1つの答」と題した著書を発表し、がん患者の食生活に関するアドバイスとその根底にある考え方を紹介し、多くの人々に読まれることとなったのです。
著書の中で、「がんとは体内で誤った場所、誤った時間に胎盤のようなものが成育している状態に過ぎない」とケリー氏は記述しています。
彼はがんを欠乏性の病気、特に活性膵臓酵素が欠乏する病気であると特徴づけています。
また、がんは蛋白質の代謝が不十分になることから始まり、十分な量の膵臓酵素(ケリー氏の「生態学」療法における最も重要な要素である)を体に補給することで、がんを抑えることができるという信念を持っていました。
彼の療法では開始後、3時間から12日の間に腫瘍の増殖が止まるとしています。また、腫瘍とは体内に蓄積した毒素や有毒物質が形になって現れたもので、それを溶解し排泄させるのが難しい点であると結論づけています。
治療法の開発と内容
ケリー氏は彼の療法が生態学的であると述べています。
「適切な治療を施すには患者自身のすべて、および患者をとりまく環境のすべてを考慮に入れなければならない」という考え方です。
療法は以下の5つの要素で構成されています。
- 第1に、十分な栄養補給を行うこと(ビタミン、酵素、ミネラルなど)。
- 第2に体から毒素を取り除くこと(下剤、断食、コーヒー浣腸、大腸洗浄、腎臓・肝臓・皮膚の浄化、運動 - による)・
- 第3に適切な食事をとること。
- 第4に、適切な形で神経を刺激すること(整体、カイロプラクティック、頭蓋の形を変えるための下顎矯正、理学療法など)。
- 第5に心を前向きに保つこと(「感情と精神の浄化」)。
です。
ケリー氏の栄養法は70年代、好評を博し、多くのインタビューに答え、自分の療法で通常、あらゆるがんが治ると言い切りました。
「極めて効果的で、比較的費用のかからない療法である。忠実に、根気よく続ける意志のある者は成功するが、部分的に取り入れたり、間違ったやり方をしたのでは絶対に成功しない」と述べています。
また、患者が彼の療法を始めたり続けていくにあたり、「テクニシャン」の助けを借りることのできるメールオーダーシステムも開発しました。
患者1人ひとりに対する特別なアドバイスを作成したり、自分の店を作り、サプリメント(補助栄養剤)や水の濾過装置、コーヒー(「ケリーコーヒー」)を販売したりしました。
83年にはケリー療法を発展させ、時代に合った改良法が、情報提供を得たフレッド・ロー氏により発表された。ケリー氏はロー氏の著書を、最も時代に合った考え方と実践法であるとして、推奨しています。
それ以降、彼は次のように述べています。
地球上には人間が生きる目的がいくつかあるはずだ。私にはその目的が、理解力を発展させ、内的に成長することであるように思える。
私は内的な成長とは自己のすべて、特に、精神を、他人や環境との関わりの中で発展させることだと定義する。(中略)この新しく前向きな基盤はヘルスケアーの分野における新しいパラダイムを支えるもので、そこには知性・経験・想像力の優れた新しい波が次々と流入する。
これからの世代でヘルスケアーに関わる何百万人という人々はこの新しいパラダイムを樹立し、それに応じることができるだろう。これは完全に現実的で科学的な枠組みを持つ、超ホリスティックなモデルである。
私たちは左脳が優先する構造から、心の要素を十分に含む、左右の脳のバランスのとれた構造へと移行しつつある。このような変化の全体的なプロセスを完全に理解できる者は誰もいないと思う。しかし、見ていて非常に素晴らしい
ロー氏によると、ケリー氏は彼が扱った患者すべてに同じ効果が現れるわけではないことに注目し、「がんに対する1つの答」という元の考え方を修正しました。
「彼はすべての患者に対して完壁な食事療法はないと考えるようになった。患者は1人ひとり代謝の形態が異なることを考慮に入れ、ケリー氏は代謝型ごとに患者を分類する方法を考案し、患者に合わせた療法を指導するようになった」としています。
初期のケリー・プログラムから大幅に改良が加えられた点は、診断器具を取り入れたことです。
彼のプログラムを構成する数多くの検査の1つに、極めて早期の段階、つまり臨床症状が発現する1カ月から数年前に、がんを診断することを目的とした「ケリー酵素検査」があります。
この検査は酵素を錠剤にした「ウルトラザイム」10錠を4週間にわたって服用することによって行います。
がんの有無は、錠剤の服用期間中、本人が良くなったと感じるか、悪くなったと感じるか、変化なしと感じるかによって示されます。
良くなった、または悪くなったと感じた場合はがんがある、変化なしと感じた場合はがんはないもの(しかしこの場合、確実な結果を得るためには酵素錠剤の量を2倍にして再検査することをケリー氏は奨めている)と考える、というやり方です。
この検査は腫瘍の部位や種類を知るためのものではなく、ロー氏によると、ケリー氏は、環境の中の汚染物質が体内に入り体の中の毒素となる、また、国内の農地が肥沃さを失いつつあることが食物の栄養価を下げているとも考えていました。
これらすべてが原因となって膵臓・免疫系に損傷が生じ、最終的にはがんに至るという理屈です。
どんな食事の内容なのか
ロー氏の著書によると、ケリー氏が奨める食事療法は概して次のようなものです。
- 肉類(レバーを除く)を制限する。
- 昼食が終われば蛋白質をとらない。
- 精製食品、低温殺菌牛乳、ピーナッツ、茶(ハーブティーは除く)、コーヒー(涜腸は除く)、ソフトドリンク、煙草、酒類、精白米、フッ素添加水は禁止する。
- 逆に、新鮮な生のサラダ、野菜ジュース、無精白穀類のシリアル、生レバー(「酵素、アミノ酸、その他レバーに含まれている科学的にはまだ特定されていない要素」を維持するには生で食べなければならない。調理すると壊れてしまう)、ナッツ、種子類、発酵させた乳製品、玉子(特定の種類のがん以外は生か半熟にゆでたものが望ましい)、豆類をとる。
このような内容ですが、手短に言えば、ケリー氏の食事療法は、生野菜の摂取を増やし、蛋白質を減らし、精製食品、添加物を避けるというものだといえます。
ロー氏の著書が出版された時点でケリー氏が系統立てて行っていた分類は「柔らかい」腫瘍と、「硬い」腫瘍の区別のみです。
「柔らかい」腫瘍とは、白血病、リンパ腫黒色腫、多発性骨髄腫を指し、それ以外の腫瘍はすべて「硬い」腫瘍に分類されます。
サプリメントについて
ケリー氏が奨めるサプリメントは全部で25種類あり(酵素、ビタミン、腺、ミネラル、過酸化水素、アロエベラ、胆汁酸塩、フリーズドライのレバーなど)、患者はそれらの摂取を2年間続けるよう指導されます。
標準的なプロトコルでは、患者はまず「硬い」腫瘍か「柔らかい」腫瘍のどちらかに分類されます。
どちらのグループに分類された患者も同じ栄養補強品リストを示されるが、「柔らかい」腫瘍の患者はこれにいくつかの特別な食品を加えるようアドバイスを受けます。
個人向けに特別に作成された指示書を受け取る人もいますが、この場合は標準的プロトコルにある25種類の他にサプリメントの追加を指示されることが多いようです。
より詳しい情報が必要な場合はテキサスにある「ケリーの栄養カウンセリング・サービス」に問い合わせることができるシステムとなっていました。
これらサプリメントは体の「老廃物や堆積物」の排泄を刺激する目的のものです。
解毒によって老廃物を取り除くことが、この療法の成功のために欠かせないとされています。
肝臓と胆嚢を浄化し、腫瘍の増殖中に生成された毒素を体から除去するため、少なくとも1日1回は強いコーヒー涜腸を行うように奨めていました。
コーヒー涜腸に加えて、定期的な下剤の使用、断食、大腸洗浄(約46センチから76センチの水圧をかけた高圧涜腸)も勧めていました。
また、腎臓、鼻孔、肺、皮膚の浄化もアドバイスしていました。
メンタル的な要素とプログラム
なお、ケリー氏は、精神的要素が療法の中心をなすと考えていました。「体を浄化し、清潔にしなければならないのと同様、感情や精神面も清浄にしなければならない」と述べ、「間違った教えや教義、実を結ばない行動、恐れ、誤解」を取り除くよう説いています。
また、「神の世界を正しく理解することによってのみ見つけることのできる真実に対して、どん欲になりなさい」と説いています。
自らのプログラムを支え、教えを広めるため、ケリー氏はダラスに医師、歯科医師、脊柱指圧療法師、自然療法医、代謝専門家(研究所が資格を与えた栄養相談員)、弁護士で構成する「国際健康研究所」を開設しました。
この研究所の傘下に、「ケリーの栄養カウンセリング・サービス」が作られ、患者は勉強会に参加してケリー療法について学んだ後、3200の質問事項からなる代謝評価アンケートに答えます(すべて記入するのに8時間かかるといわれていた)。
このアンケート結果をコンピューターで完全分析することにより、ケリー氏の栄養処方の基盤がつくられるのです。
アンケートを提出した患者はコンピューターがはじき出した長く、詳細にわたる説明書を受け取ることになります。
患者の代謝状態の説明、患者個人に合わせて作られた療法の実行法に関して、1つひとつ順を追った説明が記入されており、食事、栄養補強品(1日に100粒から200粒の範囲)、解毒法、心理的アプローチ、ライフスタイルの改善についての指示などが示されていたそうです。
また、限局性の早期がん患者の大半に対して、ケリー氏は食間に膵臓酵素を頻繁に経口服用するよう奨めています。
膵臓酵素はがん細胞や、その他欠陥細胞を破壊する働きを持つといわれているからです。
転移性がんの場合は長期にわたり療養を続けなければならないとしており(短くて1、2年)。非常に進行したがんで、多くの臓器に広がっている場合については、必ず腫瘍がなくなるというわけではなく、酵素の力により腫瘍の多くが小さくなり、それ以上に広がるのを防ぐことがしばしばあるとだけ述べています。
ケリー療法を実際に受けた人について
1980年代にはケリー療法を試したがん患者さんに関する報告があり、その中で特徴的なものをいくつか紹介したいと思います。
転移性大腸がんの患者さんの報告
ある40代前半の女性が「7センチの侵潤性大腸腺がんが中間分化し、腸壁の厚み全体に広がっているが、局所のリンパ節転移は認められない」と診断されました。
手術で腫瘍を除去した約1年半後、交通事故に遭い、病院を訪れたときにはひどい腹痛とかなりの体重減を訴え、検査を行ったところ、手術で取り除いていなかった下行結腸に大きな腫瘍が発現していました。
患者は手術を拒否し、その後間もなくケリー療法を開始したとしています。
患者は時折「重篤」に見えたが、1週間のうちに腸閉塞がなくなり、その後徐々に快方に向かったと報告されています。
「療養を始めて3カ月後に、彼女は大きく、丸い組織の塊を排泄したと報告し、患者とケリー氏はこれが腫瘍の残骸であったと考えた」と記されています。
診断された時点から17年経過後、彼女は今も「健康に優れ」て生存しており、「がんは治癒していると思われる」と報告では述べられています。
この説明に添付されたカルテは、初めに行った手術の退院時病歴要約と、最初の腫瘍に対するX線・外科手術・病理検査の報告書でした。
この症例の批評にあたった西洋医学派の医師は、この患者の限局性の腫瘍は恐らく最初の手術で治癒したのであろうと判断しました。
再発については資料が提示されておらず、腫瘍発現の原因を特定することはできないとしています。丸い組織の塊の排泄については、珍しい現象だが、これを実際に目にしたのは患者本人だけであると思われるため、何とも解釈することができない、と述べています。
いっぽう、民間療法を支持する派の医師は、再発は病理学的に確認されたものではないが、ケリー療法が患者の生存に貢献したと考えられる、と評しています。
メラノーマの患者さんの報告
次は悪性黒色腫(メラノーマ)を手術で背中から除去した30代後半の男性患者に関するものです。
この患者さんの「肝臓の腫瘍」について、病院の記録には「間隙占有病変が肝右葉の下部に生じたもの」と記されましたが転移性ではないと判断されました。
約3カ月後、左腕の下にしこりを発見し、手術をして悪性であることがわかりました。
その後16個のリンパ節を除去したが、そのうち5つに黒色腫が見つかったとしています。
4カ月後、以前の部位のすぐ近くに再び腫瘍ができ、手術で除去したが、それも黒色腫でした。
外科手術以外は指示されず、6カ月後には前頭部にしこりが発見され、その後すぐにケリー療法を開始した、とされています。
すると体重が増え、前頭部のしこりも退縮し、6カ月後には消え、2年半後に行った最後の追跡検査では、がんの症状は全く見あたらず、「健康状態は良好」であったと報告しています。
この症例を裏付ける資料としては、左脇腹の最初の再発に関する生検報告書、彼を治療した腫瘍医が前頭部のしこりが見つかって約6カ月後に彼の主治医宛に書いたと思われる手紙、さらに6カ月後に同じ腫瘍医が保険会社宛に書いたと思われる患者の病歴を記した手紙が添付されていました。
民間療法派の批評者は、この症例の説明に関し、ケリー療法の成績は「非常に示唆に富む」が、その後の追跡調査を行っていないため、説得力が弱い、と評しています。
いっぽう西洋医学派の批評者は、悪性黒色腫が退縮し、消滅するというのは珍しいことではないと述べました。
さらに、前頭部に発現して消滅したしこりに関して主治医に宛てた手紙について、「腫瘍医が診察した時点ではこのしこりが転移性の黒色腫には見えなかったようだ」と述べています。
前立腺がんの患者さんの報告
次の症例は健康診断で非常に分化した浸潤性前立腺がんと診断された60代半ばの男性についてです。
骨のCTスキャンで右第8肋骨に異常があることがわかり、X線撮影を行うと左肺の下部に浸澗が認められ、これらに関しては「新たな転移箇所と思われる」としています。
患者はそれ以上の検査と治療を拒み、間もなくケリー療法を開始しました。
9年後、連絡をとったところ、患者は、最近の健康診断で前立腺が完全に正常になっていることがわかったと述べたとされています。
この患者について、「最も効果の現れた症例である」とし、「長期生存はケリー療法の効果によるものであると考えるのが妥当だ」と結論づけています。
裏付け資料としては、最初の入院先の退院時記録と生検報告書が添えられました。
この症例に関しては民間療法派、西洋医学派、どちらの批評者も、普通に予想される進行過程の範囲内のものであると評しています。
両者とも、転移性であることの証拠がない点を指摘しています。西洋医学派の批評者はこれに加えて、「限局性腺がん患者の9年の生存は珍しいことではない。また、このような症例は良性の前立腺細胞過形成が関係する閉塞症状であることがかなり多い」と述べています。
総合的にみると
一般に民間療法に賛成する医師はケリー療法の効果の一部を支持する立場をとっていますが、西洋医学派の医師はその効果を認めなかった、ということがいえます。
理由はいくつかありますが、主なものとして、病気の経過に関して適切な文書による証明が不足している点、大部分において療法の効果を腫瘍退縮の証明ではなく生存期間の長さで主張している点が挙げられます。