がんを経験された方にとって、再発予防は最も重要な関心事の一つです。多くの研究により、健康な人にとって適度な運動はがん予防に良い影響を与えることが明らかになっています。では、一度がんに罹患された方にとって、運動は再発予防や進行抑制に効果があるのでしょうか。
本記事では、2025年現在までの最新研究データを含む国内外の科学的根拠をもとに、がん再発予防における運動の効果について詳しく解説いたします。
がん再発予防に対する運動の科学的根拠
2024年8月に改訂された国立がん研究センターの「がん予防法の提示」では、運動について明確な指針が示されています。18歳から64歳では強度が3メッツ以上の身体活動を23メッツ・時/週行うことが目標とされ、65歳以上では強度を問わず10メッツ・時/週、具体的には身体活動を毎日40分行うことが推奨されています。
これらの指針は健康な方向けですが、がんサバイバーにとっても運動は非常に重要な役割を果たします。近年の研究では、がん診断後に適切な運動を継続することで、再発リスクの減少や生存期間の延長が期待できることが分かってきました。
アメリカがん協会による最新のがん再発予防運動ガイドライン
アメリカがん協会は、がん予防のための栄養・運動のガイドラインにおいて、以下の4つの重要な柱を掲げています。
- 生涯を通じて健全な体重を維持すること
- 身体的に活動的な生活を送ること
- 植物性食品を豊富に含む健康な食事を摂ること
- お酒をたしなむ場合は摂取量を制限すること
特に運動に関しては、「一週間に5日以上、30分以上の中程度の運動」が推奨されています。これは日常の歩行だけでなく、意図的なジョギング、自転車、スポーツなどの活動を積極的に含めることが重要とされています。
がん再発予防に効果的な運動の種類
アメリカがん協会では、がん再発予防に効果的な運動として以下のような活動を具体的に挙げています。
中程度の運動・レジャー活動
- ウォーキング
- ダンス
- ゆっくりしたサイクリング
- アイススケート、ローラースケート
- 乗馬
- カヌー
- ヨガ
- バレーボール
- ゴルフ
- ソフトボール、野球
- バドミントン
- テニス(ダブルス)
- スキー
積極的な運動・スポーツ活動
- ジョギング、ランニング
- 高速のサイクリング
- ウェイトトレーニング
- エアロビクス
- 武術
- 縄跳び
- 水泳
- サッカー
- フィールドホッケー、アイスホッケー
- ラクロス
- テニス(シングルス)
- ラケットボール
- バスケットボール
- クロスカントリースキー
日常生活に運動を取り入れる実践的な方法
デスクワーク中心の生活を送る方でも、以下のような工夫により運動量を増やすことができます。
- エレベーターの代わりに階段を使用する
- 可能な限り徒歩や自転車で移動する
- ランチタイムを利用した運動
- 仕事の合間のストレッチやエクササイズ
- 同僚とのコミュニケーションは歩いて行う
- 配偶者や友人とのダンス
- 活動的な休暇の計画
- 歩数計を使用した日々の歩数管理
- スポーツチームへの参加
- テレビ視聴時のエアロバイクやトレッドミル使用
- 運動スケジュールの計画的な作成
- 子どもとの積極的な遊び
がん患者における運動の多面的なメリット
がんと診断された患者さんが治療後に積極的に運動を行うことで、様々な健康効果が期待できることが複数の臨床介入試験で確認されています。
QOL(生活の質)の改善効果
運動により期待できる主な効果には以下があります。
- QOL(生活の質)の向上
- 精神的ストレスの軽減
- 免疫機能の活性化
- 筋力と体力の維持・向上
- 治療による副作用の軽減
特に乳がんや前立腺がんなどでは、ホルモン治療の副作用として筋力低下や骨密度低下が生じやすいため、筋力トレーニングを含む運動プログラムの重要性が高まっています。
最新研究から見る運動の効果
2024年の研究では、わずか5分間の高強度インターバル運動でも、継続することでがんリスクを32%減少させる可能性があることが報告されています。これは忙しい現代人にとって希望的な知見となっています。
乳がん再発予防における運動効果の最新エビデンス
乳がんは、がん再発予防における運動効果について最も多くの研究が行われているがん種の一つです。
大規模追跡調査からの重要な知見
2005年に発表された画期的な大規模調査では、アメリカの乳がん患者2,987人を約8年間追跡した結果、週に3から5時間のウォーキング相当の運動を行ったグループでは、乳がんの再発率が約40%、乳がんによる死亡率が約50%低下することが明らかになりました。
この研究で特に注目すべき点は、運動量と効果の関係です。週に3から4.9時間のウォーキング相当の運動が最も効果的で、それ以上運動量を増やしても追加的な効果は認められませんでした。これは「適度な運動」の重要性を示す重要な知見です。
2024年の最新研究動向
2024年現在の最新研究では、乳がん経験者において週1時間程度のウォーキングを継続した女性は、ほとんど運動をしていない女性と比較して、乳がん再発リスクが約25%低下することが確認されています。また、運動を始める時期についても新たな知見があり、「効果を得るために、運動を始めるのに遅すぎるということはない」ことが示されています。
大腸がん再発予防と運動の関係性
大腸がんについても、運動による再発予防効果を示す重要な研究結果が複数報告されています。
第一の大規模調査結果
ステージⅣの転移がんを除く573人の大腸がん患者を対象とした9.6年間の追跡調査では、運動量に応じて明確な死亡率の改善が認められました。週6時間以上のウォーキング相当の運動を行うグループでは、大腸がんによる死亡率が61%低下し、あらゆる原因による死亡率も57%低下しました。
第二の臨床試験データ
ステージⅢの大腸がん患者832人を対象とした別の研究では、抗がん剤治療終了後の運動習慣と再発率の関係が詳細に調査されました。その結果、週6から8.9時間のウォーキング相当の運動を行うグループでは、大腸がんの再発率が49%低下することが確認されました。
2024年の大腸がん予防研究の進展
2024年の最新研究では、運動により大腸がんリスクが14%低下することが大規模研究で確認され、定期的な身体活動が大腸がん予防において確実な効果を持つことが再確認されています。
運動効果が期待できるがん種と制限要因
これまでの研究結果から、運動による再発予防効果が比較的明確に示されているのは、主に乳がん、大腸がん、前立腺がんなどです。これらのがんに共通する特徴は、「生命維持に直接的な関与をしていない臓器・器官」であることです。
運動効果に制限があるがん種
一方で、以下のがん種では運動実施に制限がある場合があります。
- 肺がん:肺の手術により運動自体が困難になる場合
- 膵臓がん:発見時に進行していることが多く、再発率が高い
- 肝臓がん:手術後の体調悪化が起こりやすい
ただし、これらのがん種であっても、体調や治療状況に応じて適切な運動プログラムを組むことで、QOLの改善や体力維持に効果が期待できます。
2025年版:がんサバイバーのための運動プログラム実践ガイド
がんサバイバーが安全かつ効果的に運動を行うためには、以下の点に注意が必要です。
運動開始前の重要な確認事項
運動を開始する前に、必ず主治医と相談し、以下の点を確認してください。
- 現在の体調で運動が可能か
- どのような種類の運動が適切か
- 運動強度はどの程度が適切か
- 運動頻度と持続時間の目安
- 避けるべき運動や注意点
運動実施時の安全管理
以下の症状がある場合は運動を控え、医師に相談してください。
- 38度以上の発熱
- めまいや動悸
- 体の痛み
- 強い疲労感
- 呼吸困難
段階的な運動量増加の重要性
がん患者の活動量は、治療中であれば治療前と比べて10%程度、治療後であれば30%程度低下するとされています。そのため、運動量は無理のない範囲で段階的に増やすことが重要です。
最新のがんサバイバー支援体制
2024年現在、日本でもがんサバイバー向けの運動支援体制が充実してきています。
専門的な運動指導の発展
大阪国際がんセンターでは2019年にがん患者に特化した「運動支援センター」を開設し、2021年からは「大阪国際がんセンター認定がん専門運動指導士」の育成も開始されています。
また、一般社団法人キャンサーフィットネスなど、がんサバイバー支援を専門とする団体も活動を拡大しており、リハビリテーション医学やスポーツ医学の専門家による教育講座や運動教室が各地で開催されています。
オンライン運動プログラムの普及
2024年現在では、アプリや動画、オンラインレッスンなど、多様な形態でがんサバイバー向けの運動プログラムが提供されています。これにより、個人のライフスタイルや体調に合わせて、無理なく運動を継続できる環境が整ってきています。
運動と他の治療法との相乗効果
最新の研究では、運動単独の効果だけでなく、栄養サポートや心理的ケアとの組み合わせによる相乗効果も注目されています。
栄養サポートとの組み合わせ
がんの治療中および治療後において、適切な栄養サポートと運動療法を組み合わせることで、筋肉量の維持・回復や免疫機能の向上により高い効果が期待できることが分かってきています。
心理的支援との統合
運動プログラムにピアサポート(同じ境遇の仲間同士の支え合い)の要素を取り入れることで、身体的効果に加えて精神的な安定やQOLの向上にも大きな効果があることが確認されています。
注意すべき個別の健康状態
運動による再発予防効果は多くの研究で確認されていますが、以下のような健康状態がある場合は特に慎重な判断が必要です。
- 心臓機能に問題がある場合
- 呼吸機能に障害がある場合
- 胃や消化器の問題により栄養状態が極度に悪化している場合
- 骨転移など骨の問題がある場合
- 血液検査値に異常がある場合
これらの状況では、医療チームと連携しながら、個人の状態に最適化された運動メニューを慎重に決定することが重要です。
まとめ:がん再発予防における運動の位置づけ
2025年現在までの科学的エビデンスにより、適切な運動はがん再発予防において以下の効果が期待できることが明らかになっています。
QOL(生活の質)の改善
特に乳がん患者において、運動によるQOLの改善と精神的ストレスの軽減効果が確認されています。
治療副作用の軽減
乳がんや前立腺がん患者において、ホルモン治療による筋力低下や骨密度低下の予防効果が期待できます。
再発予防と生存期間の延長
乳がんと大腸がん患者において、診断後の積極的な運動により再発予防と生存期間延長の可能性が示されています。
今後の展望
がん医療の進歩により、多くの患者が長期生存できる時代となりました。この「がんと共生しながら長く生きる」時代において、運動は単なる健康維持手段を超えて、がんサバイバーの人生の質を大きく左右する重要な要素となっています。
ただし、がん種や個人の状況により適切な運動内容は異なるため、必ず医療チームと相談しながら、安全で効果的な運動プログラムを実践することが大切です。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター がん対策研究所「がん予防法の提示 2024年8月19日改訂版」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「科学的根拠に基づくがん予防」
- 保健指導リソースガイド「わずか5分の運動でも『がんリスク』を32%減少 無理なく続けられる『新しい運動法』を開発」
- みなと横浜ウィメンズクリニック「適度な運動とは~女性のがんの予防・乳がんの再発予防の視点から~」2024年5月
- 日本乳癌学会「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版 Q57.生活習慣と乳がん再発リスクとの関連について」
- 海外がん医療情報リファレンス「乳がん女性の定期的な運動が生存期間を延長する可能性」
- 小野薬品工業「vol.1 がんサバイバーよ、運動しよう!」
- 瀬田クリニック東京「がんになっても運動は重要?がん予防と運動の関係や効果、具体的な方法を解説」2025年1月
- 保健指導リソースガイド「ウォーキングなど運動習慣のある人はがんのリスクが低い 大腸がんは14%低下 乳がんは10%低下」
- ティーペック株式会社「がん予防のための5つの健康習慣~ティーペック健康ニュース」