がん専門のアドバイザー、本村です。
当記事では乳がんの病理検査でよく記載されている項目「Ki-67」について解説します。
乳がんの病理検査で必ず記載される「Ki-67」という項目について、がん専門アドバイザーの本村ユウジが最新の知見をもとに詳しく解説します。2025年現在の医療現場での扱われ方や、患者さんが知っておくべき重要なポイントをお伝えします。
Ki-67とは何か?基本的な仕組みを理解する
Ki-67の読み方は「ケーアイ ろくじゅうなな」です。乳がんの病理検査結果を見ると、この項目が「〇〇%」というパーセンテージで表示されています。多くの患者さんにとって初めて目にする記号で、何を意味しているのか分からないのは当然です。
Ki-67は、がん細胞が増殖する際に現れるタンパク質の一つです。細胞が活発に分裂している時に生成されやすい性質を持っているため、この数値が高いほど「がん細胞が活発に活動して分裂しやすい状態」と考えられています。
これは血液検査で測定する腫瘍マーカーと似た考え方です。乳がんでよく使われる腫瘍マーカーには「CA15-3」(基準値25U/ml)や「CEA」(基準値5.0ng/ml)があり、これらの数値が基準値を超えて上昇すると、がん細胞の増殖が疑われます。
ただし、Ki-67は血液検査では測定できません。手術で摘出した組織を特殊な染色方法で検査する「免疫組織化学染色」という病理検査によってのみ判明する項目です。そのため、血液検査のように定期的に測定することは現実的ではありません。
Ki-67の基準値|2025年最新の医学的見解
Ki-67の数値解釈について、2025年現在でも明確な基準値は確立されていません。これまでの研究から、一般的には20~25%を境界として、それ以下を「低い」、それ以上を「高い」と判断することが多いとされています。
Ki-67の数値範囲 | 増殖活性 | 一般的な解釈 |
---|---|---|
15%未満 | 低い | 増殖速度が比較的ゆっくり |
15~30% | 中程度 | 中程度の増殖活性 |
30%以上 | 高い | 増殖速度が比較的早い |
しかし、この基準には重要な問題があります。検査機関や病理医によって測定結果にばらつきが生じることです。同じ組織を異なる施設で検査しても、染色方法や陽性細胞のカウント方法に違いがあるため、結果が一致しないケースがあります。
2024年の国際的な研究報告では、Ki-67測定の標準化に向けた取り組みが進められているものの、完全な統一には至っていないことが示されています。このため、数値の解釈は慎重に行う必要があります。
サブタイプ別のKi-67数値の意味
乳がんのサブタイプによって、Ki-67数値の解釈も変わってきます。
ルミナールA型では、一般的にKi-67が低値(15%未満)を示すことが多く、これは比較的おとなしい性質のがんであることを示唆します。一方、ルミナールB型ではKi-67が高値(20%以上)を示すことが多く、より積極的な治療が検討される場合があります。
HER2陽性乳がんやトリプルネガティブ乳がんでは、Ki-67が高値を示すことが一般的ですが、これらのサブタイプでは他の因子も総合的に判断されるため、Ki-67単独で治療方針が決まることはありません。
Ki-67と乳がん診療ガイドラインの関係
日本乳癌学会が発行する乳がん診療ガイドライン2022年版では、Ki-67に関する記載が更新されています。現在の推奨レベルは「弱い推奨」とされており、予後予測の補助的指標として使用することは有用ですが、治療選択の決定的要因とはしないことが推奨されています。
この推奨の背景には、Ki-67の測定における標準化の課題と、治療効果予測における限界があります。多くの臨床研究で、Ki-67と予後との相関は認められていますが、個々の患者さんの治療選択において決定的な判断材料とするには、まだ課題があるというのが現在の医学界の見解です。
国際的なガイドラインでの位置づけ
アメリカのNCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインや、ヨーロッパのESMO(European Society for Medical Oncology)ガイドラインでも、Ki-67は補助的な予後因子として位置づけられています。特に、ルミナール様乳がんにおいて、化学療法の適応を検討する際の参考指標の一つとして活用されています。
Ki-67数値の実際の活用方法
実際の医療現場では、Ki-67は他の病理学的因子と組み合わせて総合的に評価されます。腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無、ホルモン受容体の状況、HER2の発現状況などと合わせて、患者さん一人ひとりの治療方針を決定します。
例えば、ルミナールB様乳がんの診断において、Ki-67は重要な判断要素の一つです。ER陽性・HER2陰性の乳がんで、Ki-67が高値を示す場合、ルミナールB様として分類され、内分泌療法に加えて化学療法の併用が検討される場合があります。
治療選択への影響
Ki-67の数値は、主に以下のような治療選択の参考として使用されます:
術前化学療法の効果予測では、Ki-67が高い場合、化学療法に対する反応が良好である可能性が示唆されています。ただし、これは絶対的な指標ではなく、他の因子との組み合わせで判断されます。
内分泌療法の選択においても、Ki-67は参考指標として活用されます。特に、閉経後の患者さんで、Ki-67が中程度から高値を示す場合、アロマターゼ阻害薬の使用が優先されることがあります。
Ki-67測定における最新の技術動向
2025年現在、Ki-67測定の標準化と精度向上に向けた技術開発が進んでいます。デジタル病理学の発達により、AI(人工知能)を活用した自動カウントシステムの導入が始まっています。
これらの新しい技術により、病理医による主観的な判断のばらつきを減らし、より客観的で再現性の高い測定が可能になると期待されています。一部の大規模病院では、すでにこうしたシステムが導入され、従来の手動カウントと併用して精度の向上を図っています。
将来的な展望
国際的な研究グループでは、Ki-67測定の国際標準化プロトコルの確立に向けた取り組みが続いています。2024年に発表された最新の報告では、染色方法の統一や、陽性判定基準の明確化により、施設間での測定結果の一致率が改善されることが示されています。
患者さんが知っておくべきKi-67の注意点
Ki-67の数値を見る際に、患者さんが理解しておくべき重要なポイントがあります。
まず、Ki-67は単独で治療方針を決定する因子ではないことです。この数値が高いからといって、必ずしも予後が悪いとは限りません。現代の乳がん治療では、様々な治療選択肢があり、適切な治療により良好な経過を期待できるケースが多くあります。
また、測定における技術的な限界があることも理解しておく必要があります。同じ腫瘍でも、検査する部位や測定方法により数値が変動する可能性があります。そのため、数値の細かい変化に一喜一憂するよりも、大まかな傾向を把握することが重要です。
セカンドオピニオンでの活用
Ki-67を含む病理検査結果について、セカンドオピニオンを求める場合には、元の病理標本を他の施設で再検査してもらうことが可能です。ただし、前述の通り測定方法による差があるため、結果が多少異なることがあっても、それは検査の特性によるものであることを理解しておくことが大切です。
最新の研究と今後の動向
2024年から2025年にかけて発表された最新の研究では、Ki-67と他のバイオマーカーを組み合わせた予後予測モデルの開発が進んでいます。特に、遺伝子発現プロファイルと組み合わせることで、より精密な予後予測が可能になることが報告されています。
また、liquid biopsy(血液による生検)の技術進歩により、将来的には血液検査でKi-67類似の増殖活性を測定できる可能性も研究されています。これが実現すれば、より簡便で頻回な測定が可能になり、治療効果のモニタリングにも活用できると期待されています。
個別化医療への応用
ゲノム医療の発展により、Ki-67を含む複数のバイオマーカーを統合した個別化治療の選択が現実となりつつあります。患者さん一人ひとりの腫瘍の特性を詳細に解析し、最適な治療を選択する精密医療の一環として、Ki-67の重要性も高まっています。
参考文献・出典情報
- 日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン
- NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology - Breast Cancer
- ESMO Clinical Practice Guidelines - Breast Cancer
- PubMed - Ki-67 in Breast Cancer Research
- Nature - Breast Cancer Research Articles
- World Health Organization - Cancer Fact Sheet
- American Cancer Society - Breast Cancer Information
- BreastCancer.org - Research and Education
- Journal of Clinical Oncology
- The Lancet Oncology