卵巣がん手術後に起こる卵巣欠落症状とは
閉経前の女性が卵巣がんの手術で両側の卵巣を切除した場合、または卵巣を残していても放射線療法や化学療法の影響で卵巣機能が失われた場合、「卵巣欠落症状」が起こることがあります。
卵巣欠落症状の原因は、卵巣で作られる女性ホルモンの一種であるエストロゲンが分泌されなくなることです。ホルモンバランスが急激に変化するため、顔のほてりやのぼせ、汗をかく、体がだるい、頭痛、イライラするなど、いわゆる更年期障害と同様の症状が現れます。
症状の現れ方には個人差がありますが、自然閉経前に両側卵巣を摘出した場合は突然閉経状態となるため、自然閉経の方よりも更年期症状が強く表れる傾向にあります。特に若い年齢で手術を受けた患者さんほど症状が強く出る傾向があります。
卵巣欠落症状の主な症状と種類
卵巣欠落症状として現れる症状は多岐にわたり、のぼせやほてり、発汗、肩こりや腰痛、頭痛、腟からの分泌物の減少や性交痛といった身体的なもの、抑うつ、不安、イライラ、不眠、意欲低下などの精神的なものなどさまざまな症状があります。
身体的症状
- ホットフラッシュ(のぼせ、ほてり)
- 発汗、多汗
- 頭痛、めまい
- 動悸
- 肩こり、腰痛
- 関節痛
- 腟乾燥、性交痛
- 皮膚の乾燥
精神的症状
- 気分の落ち込み
- イライラ
- 不安感
- 不眠
- 意欲低下
- 集中力の低下
- 記憶力の低下
症状が重い場合の治療選択肢
卵巣欠落症状の多くは、時間とともに体がホルモンバランスの変化に慣れることで改善していきます。症状の現れ方には精神的な要因も関与するため、趣味を楽しむ、リラックスできる時間を持つなど、メンタルケアも重要です。
ホルモン補充療法(HRT)
症状が重い場合は、薬で女性ホルモンを補う「ホルモン補充療法(HRT)」で症状を軽減することができます。ホルモン補充療法(HRT)とはエストロゲンを補うことで、更年期障害を改善する治療法です。ほてり、のぼせ、発汗などといった代表的な症状に大変高い効果を示します。
ただし、子宮体がんや乳がんの既往がある患者さんに対しては、ホルモン補充療法が行えない場合があります。
代替治療法
ホルモン補充療法が適用できない場合は、症状に応じて以下の治療法が検討されます:
治療法 | 対象症状 | 特徴 |
---|---|---|
漢方薬 | ほてり、不眠、イライラ | 副作用が少なく、長期間使用可能 |
精神安定剤 | 不安、うつ症状 | 症状に応じて短期間使用 |
骨粗しょう症治療薬 | 骨密度低下 | 骨折リスクを軽減 |
骨粗しょう症のリスクと対策
卵巣欠落症状の中でも特に注意が必要なのが骨粗しょう症です。骨の新陳代謝には、新しい骨を作る「骨芽細胞」と古い骨を壊す「破骨細胞」が関わっています。これらの細胞がバランスよく働くことで、健康な骨が維持されています。
女性ホルモンのエストロゲンには破骨細胞の働きを抑制する作用があります。そのため、卵巣を切除してエストロゲンが分泌されなくなると、骨を壊す働きが新しい骨を作る働きを上回り、骨粗しょう症が起こりやすくなります。
骨粗しょう症予防のための生活習慣
食事療法
骨粗しょう症を予防するためには、栄養バランスの取れた食事が重要です。特に以下の栄養素を意識して摂取しましょう:
栄養素 | 主な食品 | 効果 |
---|---|---|
カルシウム | 牛乳・乳製品、小魚、大豆・大豆製品、青菜、海藻 | 骨の主要な材料となる |
マグネシウム | 海藻、ごま、ナッツ類、大豆 | カルシウムの吸収を助ける |
ビタミンD | 魚介類、干ししいたけ | カルシウムの吸収を促進 |
ビタミンK | 緑黄色野菜、納豆 | 骨の形成を促進 |
たんぱく質 | 肉類、魚介類、卵、豆類 | 骨の基盤となるコラーゲンの材料 |
カルシウムとマグネシウムは2:1のバランスで摂取するのが理想的です。また、動物性食品に含まれるカルシウムの方が植物性食品よりも吸収率が高いことが知られています。
運動療法
骨を強くするためには、骨に適度な刺激を与える運動が必要です。体調に合わせて以下のような運動を取り入れましょう:
- ウォーキング(1日30分程度)
- ストレッチ
- 軽い筋力トレーニング
- 太極拳
- 水中ウォーキング
定期検査の重要性
定期的な骨密度検査を受けることが重要です。必要に応じて、骨量の低下を抑制する薬物療法が検討されます。
その他の健康リスクと予防策
卵巣切除後に注意すべき疾患は骨粗しょう症だけではありません。脂質異常症や骨粗しょう症のリスクが高まります。
脂質異常症のリスク
エストロゲンには悪玉コレステロール(LDLコレステロール)の代謝を促進する作用があります。エストロゲンが分泌されなくなると、血中の悪玉コレステロールが増加し、動脈硬化や心疾患のリスクが高まります。
感染症リスクの増加
エストロゲンには腟の粘膜を厚くして細菌感染を防ぐ働きもあります。そのため、エストロゲンが不足すると性感染症のリスクが高まる可能性があります。
予防のための生活習慣改善
これらのリスクを軽減するため、日頃から以下の点に注意しましょう:
- バランスの取れた食事
- 定期的な運動
- 禁煙・節酒
- 十分な睡眠
- ストレス管理
- 定期健診の受診
心理的サポートの重要性
卵巣欠落症状は身体的な症状だけでなく、精神的な影響も大きいとされています。手術によって変化したホルモンバランスに体が慣れれば症状は改善しますが、一人でつらさを抱え込まないことが重要です。
家族や親しい人には病気や体調のことを話し、理解と協力を求めることをお勧めします。また、必要に応じて専門のカウンセリングを受けることも検討しましょう。
最新の治療動向と2025年の展望
5年ぶりの改訂となる2025年版では、最新のエビデンスをもとに、薬物療法のCQが大幅にアップデートされた卵巣がん治療ガイドラインが更新されています。これにより、患者さん一人ひとりの状態に応じたより個別化された治療が可能になっています。
また、QOL(生活の質)の向上に配慮した包括的な治療アプローチが重視されており、単に症状を抑えるだけでなく、患者さんの生活の質を総合的に改善する治療が行われています。
治療後の生活指導
食事や運動などの生活習慣を見直し、血行を良くすることを心がけましょう。通常、時間の経過とともに症状は軽くなりますが、つらいときは我慢せずに担当医に伝えましょう。
症状の改善には個人差がありますが、適切な治療とセルフケアを組み合わせることで、多くの患者さんが症状の軽減を実感できます。
まとめ
卵巣がん手術後の卵巣欠落症状は、エストロゲンの急激な減少によって引き起こされる様々な身体的・精神的症状です。症状の強さや持続期間には個人差がありますが、適切な治療により症状の軽減は可能です。
重要なことは、一人で悩まずに医療チームや家族のサポートを受けながら、長期的な健康管理を行うことです。