ビタミンKとは|K1とK2の違い
ビタミンKは、血液凝固に関わる脂溶性ビタミンとして1929年に発見されました。ドイツ語で「血液凝固」を意味する「Koagulation」にちなんで名付けられています。
天然のビタミンKには大きく2つの種類があります。植物でつくられるビタミンK1(フィロキノン)と、細菌や動物でつくられるビタミンK2(メナキノン)です。一般的な食事では、ビタミンK1を多く摂取していますが、栄養学的に重要なのは、動物性食品に分布するメナキノン-4と、納豆に含まれるメナキノン-7です。
ビタミンK1は、ほうれん草、ブロッコリー、キャベツ、トマト、海藻類などの緑黄色野菜に豊富に含まれています。一方、ビタミンK2は納豆、チーズ、鶏肉、卵黄などの発酵食品や動物性食品に含まれています。
ビタミンKとがんの関連性|研究からわかってきたこと
近年の研究によって、ビタミンKががん予防に関わる可能性が示されています。特にビタミンK2については、複数の研究で抗がん作用が報告されています。
観察研究による知見
疫学研究では、ビタミンK摂取量とがん発症率や死亡率との関連が調査されています。いくつかの観察研究では、食事からのビタミンK摂取がある種のがんのリスクを低下させる可能性が示唆されていますが、結果は必ずしも一貫していません。
ヨーロッパでの大規模研究では、ビタミンK2の摂取量が多いグループで、一部のがん種における死亡率が低いという傾向が見られました。しかし、統計的に明確とまでは言えない結果もあり、さらなる研究が必要とされています。
基礎研究での発見
実験室レベルの研究では、ビタミンKががん細胞に対して複数の作用メカニズムを持つことが明らかになっています。具体的には以下のような働きが確認されています。
ビタミンK2は、がん細胞の増殖を抑制し、細胞周期を停止させる作用があります。また、がん細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)を誘導することも報告されています。さらに、抗炎症作用や抗酸化作用を通じて、がん細胞の転移を抑制する可能性も示されています。
ビタミンK2の抗がん効果|具体的なメカニズム
ビタミンK2は、いくつかの異なる経路を通じて抗がん作用を発揮すると考えられています。
細胞増殖の抑制
ビタミンK2は、NF-κB(核内因子カッパB)という転写因子の活性を抑制します。NF-κBは細胞の増殖やがん化に関わる重要な因子です。K2はIκBキナーゼの活動を阻害することで、NF-κBの核内への移動を防ぎ、細胞周期を停止させます。
がん細胞の分化誘導
ビタミンK2は、がん細胞を正常な細胞に近い状態へ分化させる働きがあります。コネキシンという遺伝子の発現を調整することで、細胞間の適切なコミュニケーションを促進し、がん細胞の性質を変化させます。
アポトーシスと自食作用の誘導
研究では、ビタミンK2がBcl-2やp21といった遺伝子を調整し、がん細胞のアポトーシスを引き起こすことが示されています。また、自食作用(オートファジー)を促進することで、異常な細胞の除去を助ける可能性もあります。
がん種別に見るビタミンKの効果
肝臓がんとビタミンK2
肝臓がんに関しては、比較的多くの研究データがあります。日本での臨床試験では、肝細胞がん患者さんにビタミンK2の一種であるメナテトレノンを投与したところ、再発率の低下や生存率の改善が見られたという報告があります。
また、ある研究では、ソラフェニブというキナーゼ阻害剤とビタミンK2を併用することで、単独使用よりも治療効果が高まる可能性が示されています。
前立腺がんに関する研究
2024年に発表された動物実験では、ビタミンKの前駆体であるメナジオン・ナトリウム・ビスルフェート(MSB)が、前立腺がん細胞に対して特異的な作用を示すことが報告されました。MSBは酸化ストレスを利用して、がん細胞内の特定の脂質を枯渇させることで細胞死を誘導します。
ただし、これはまだ動物実験の段階であり、人間での効果や安全性については今後の研究が必要です。
乳がんとビタミンK
乳がんに関しては、研究結果が複雑です。食事からのビタミンK摂取が多いグループで乳がんのリスクが低下したという観察研究がある一方、ビタミンKの代謝に関わる酵素が高発現している乳がんでは予後が悪いという報告もあります。
興味深いことに、ビタミンK1とK2では異なる作用を示す可能性があります。K1ががん幹細胞の性質を促進する可能性がある一方で、K2は細胞増殖を抑制し、エネルギー代謝を低下させる作用が観察されています。
食事からのビタミンK摂取方法
ビタミンK1を多く含む食品
ビタミンK1は主に緑黄色野菜に含まれています。ほうれん草、ケール、ブロッコリー、キャベツ、レタス、小松菜などの葉物野菜が優れた供給源です。これらの野菜は、がん予防の観点からも推奨される食材です。
ビタミンK2を多く含む食品
ビタミンK2の最も豊富な供給源は納豆です。納豆1パック(約50g)には、約380μgものビタミンK2(メナキノン-7)が含まれています。これは他の食品と比較して圧倒的な含有量です。
納豆以外では、チーズ(特に発酵が進んだもの)、鶏肉、卵黄、鶏レバーなどにビタミンK2が含まれています。ただし、動物性食品に含まれるビタミンK2は主にメナキノン-4であり、納豆に含まれるメナキノン-7とは体内での働く時間や効率が異なります。
摂取量の目安
日本の栄養基準では、ビタミンKの目安量は成人で1日150μgとされています。これは主にビタミンK1を基準とした値であり、ビタミンK2に特化した基準はまだ設定されていません。
骨粗しょう症の研究では180μg程度のビタミンK2が使用されることが多く、がん予防の観点からは、この程度の摂取が一つの目安となる可能性があります。
ワルファリン服用中の注意点
ビタミンKとワルファリンの相互作用
血液を固まりにくくする薬であるワルファリン(商品名:ワーファリン)を服用している方は、ビタミンKの摂取に注意が必要です。ワルファリンはビタミンKの働きを抑えることで血液凝固を防ぐため、ビタミンK摂取量が急激に変化すると、薬の効果に影響を与えます。
ビタミンKの摂取量が突然増えると、ワルファリンの抗凝固作用が弱まり、血栓のリスクが高まる可能性があります。逆に、ビタミンK摂取量が急に減ると、出血のリスクが増加します。
一貫した摂取が重要
ワルファリンを服用している患者さんは、ビタミンKを完全に避ける必要はありません。重要なのは、毎日の摂取量を一定に保つことです。例えば、週に3回納豆を食べる習慣があるなら、その習慣を継続することが推奨されます。
2019年の臨床試験では、ワルファリン服用患者さんがビタミンKの摂取量を一定に保ちながら増やすことで、むしろ抗凝固療法が安定することが示されました。ただし、これは医師の管理下で行うべきことです。
がん患者さんとワルファリン
興味深いことに、ワルファリンの長期使用とがん発症率の関連を調べた研究があります。ノルウェーでの大規模研究では、ワルファリン使用者は非使用者と比較して、がん発症率がやや低い傾向が見られました。これは、ワルファリンがビタミンKの働きを抑制することで、間接的にがん細胞の増殖に影響を与える可能性を示唆しています。
ただし、この研究結果は観察研究であり、因果関係を証明するものではありません。ワルファリンの使用目的は血栓予防であり、がん予防のために使用すべきではありません。
ビタミンKサプリメントについて
サプリメントの効果と限界
国立がん研究センターの多目的コホート研究では、ビタミンサプリメントの摂取とがん発症率との関連が調査されました。この研究では、ビタミンサプリメント(主にビタミンCやE)の摂取とがん予防効果との明確な関連は見られませんでした。
ビタミンKに特化したサプリメントについても、現時点では大規模な臨床試験が限られています。いくつかの小規模な試験では、ビタミンK補給ががんの進行を遅らせる可能性が示されていますが、より大規模な研究が必要とされています。
食事からの摂取が基本
サプリメントよりも、まずは食事から自然な形でビタミンKを摂取することが推奨されます。緑黄色野菜や納豆などの食品には、ビタミンK以外にも多くの栄養素や食物繊維が含まれており、これらが総合的にがん予防に寄与する可能性があります。
ビタミンKの安全性と注意点
過剰摂取のリスク
ビタミンK1とK2には、現在のところ明確な毒性は報告されていません。アメリカの国立科学アカデミーや欧州食品安全機関は、ビタミンKの上限摂取量を設定していません。これは、通常の食事やサプリメントからの摂取で健康被害が生じる可能性が低いことを示しています。
ただし、人工的に合成されたビタミンK3(メナジオン)については、肝障害や赤血球の破壊を引き起こす可能性があるため、人間への使用は推奨されていません。
医師への相談が必要なケース
以下のような方は、ビタミンKの摂取について医師に相談することをおすすめします。
- ワルファリンなどの抗凝固薬を服用している方
- 肝機能障害がある方
- 胆道閉鎖など脂溶性ビタミンの吸収に問題がある方
- 化学療法や放射線治療を受けている方
がん予防における位置づけ
総合的なアプローチが重要
ビタミンKはがん予防に寄与する可能性がある栄養素の一つですが、これだけでがんを予防できるわけではありません。国立がん研究センターが提示する「日本人のためのがん予防法」では、禁煙、節度ある飲酒、バランスの良い食事、適度な運動、適正体重の維持、感染予防といった複数の要因が重要とされています。
ビタミンKを含む栄養素の摂取は、こうした総合的ながん予防策の一部として考えるべきです。
今後の研究課題
ビタミンKとがんの関係については、まだ解明されていない点が多く残されています。特に以下のような課題があります。
- ビタミンK1とK2の作用の違いをより詳細に理解すること
- がん種によって効果が異なる理由を明らかにすること
- 最適な摂取量や摂取期間を確立すること
- 既存のがん治療との併用効果を検証すること
ビタミンKを含む食品の一覧
食品名 | ビタミンK含有量(100gあたり) | 種類 |
---|---|---|
納豆 | 約600μg | K2(MK-7) |
ほうれん草(生) | 約270μg | K1 |
ケール | 約440μg | K1 |
ブロッコリー | 約160μg | K1 |
小松菜 | 約210μg | K1 |
鶏レバー | 約13μg | K2(MK-4) |
鶏もも肉 | 約10μg | K2(MK-4) |
卵黄 | 約31μg | K2(MK-4) |
実践的なアドバイス
日々の食生活でビタミンKを効果的に摂取するための実践的なアドバイスをお伝えします。
バランスの取れた食事を心がける
毎日の食事に緑黄色野菜を取り入れることで、ビタミンK1を自然に摂取できます。サラダ、炒め物、汁物など、さまざまな調理法で野菜を楽しみましょう。
納豆を習慣化する
納豆は日本人にとって身近で優れたビタミンK2供給源です。週に数回、朝食や夕食に納豆を加えることで、効率よくビタミンK2を摂取できます。ただし、ワルファリンを服用している方は、医師に相談してから習慣化してください。
脂質と一緒に摂取する
ビタミンKは脂溶性ビタミンであるため、油脂と一緒に摂取すると吸収率が高まります。野菜を炒めたり、ドレッシングをかけたりすることで、効率的な吸収が期待できます。
参考文献・出典情報
- National Cancer Institute - New insights on vitamin K biology with relevance to cancer
- ScienceDirect - Vitamin K: New insights related to senescence and cancer metastasis
- National Institutes of Health - Role of Vitamin K in Selected Malignant Neoplasms in Women
- Medical News Today - Prostate cancer: Vitamin K supplement shows promise in mice
- MDPI - Vitamin K Contribution to DNA Damage
- The Scientist - Vitamin K Precursors Show Promise in Prostate Cancer Treatment
- National Institutes of Health - Research progress on the anticancer effects of vitamin K2
- Cleveland Clinic - Why Vitamin K Can Be Dangerous If You Take Warfarin
- 国立がん研究センター - がん予防法の提示
- 国立がん研究センター - ビタミンサプリメント摂取とがん・循環器疾患