がんと貧血の密接な関係
がん患者さんの多くが経験する貧血は、単なる体調不良ではありません。がんやがんの治療、栄養不足など、さまざまなことが原因で貧血が起こります。2025年現在、がん治療を受けている患者さんは約394万人に上り、その多くが治療過程で貧血を経験しています。
貧血とは、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの量が少なくなった状態をいいます。ヘモグロビンは、酸素を全身に運ぶ働きがあるタンパク質です。がん患者さんにとって、貧血は治療の継続や生活の質に大きく影響する重要な問題です。
がん患者さんに貧血が起こる主な原因
がん自体による影響
がん自体が貧血を引き起こす仕組みは複数あります。がんにかかると、がんができた部位から出血が起こることによって貧血になる可能性があります。また、がん細胞が骨髄へ入り込んでしまうと、骨髄の中で血液をつくることが難しくなり貧血になることがあります。
さらに、がんにかかると人によっては食欲が低下してしまうため、赤血球の材料となるたんぱく質、鉄分、ビタミン類などが十分に摂取できなくなり、貧血になりやすくなってしまうこともあります。
がん治療による影響
がん治療も貧血の重要な原因となります。抗がん剤などの化学療法や放射線療法などがんの治療をすると、骨髄内の血液細胞をつくるはたらきが低下してしまう(骨髄抑制)ほか、赤血球が通常より壊れやすくなる(溶血)ため貧血になりやすくなります。
特に胃がんの手術後には注意が必要です。赤血球やヘモグロビンを作るための重要な栄養素として、ビタミンB12や鉄があります。胃がんの手術後は、これらの栄養素を吸収する機能が低下して、貧血になることがあります。胃全摘術など、胃を切除した範囲が大きいほど貧血になりやすいです。
がん患者さんに多い貧血の種類
鉄欠乏性貧血
鉄欠乏性貧血は体内の鉄が不足することで赤血球の中に含まれるヘモグロビンが作れなくなることによって生じる、貧血の中で最も頻度が高い疾患です。がん患者さんでは、出血や栄養摂取不足により鉄欠乏性貧血が起こりやすくなります。
鉄欠乏性貧血の特徴として、赤血球が小さくなる小球性貧血を呈することが多く、血液検査では特徴的なパターンを示します。
慢性疾患性貧血
慢性疾患に伴う貧血の臨床所見は通常,基礎疾患(感染症,炎症,悪性腫瘍)によるものである。がんという慢性疾患により、体内の炎症反応が持続することで起こる貧血です。
貧血は最初は正球性であるが,後に小球性となることがある。血清鉄およびトランスフェリンは一般的には低下し,一方フェリチンは正常から高値である。これが鉄欠乏性貧血との重要な鑑別点となります。
血液データの見方と解釈
基本的な血液検査項目
貧血の診断は、血液検査のヘモグロビン値(血色素量)が基準となります。15歳以上の男性では13g/dL未満、15歳以上の女性や6歳~14歳の小児では12g/dL未満、高齢者や6カ月~6歳の小児では11g/dL未満が貧血の基準となります。
対象 | 貧血の基準値 |
---|---|
15歳以上男性 | 13g/dL未満 |
15歳以上女性・6~14歳小児 | 12g/dL未満 |
高齢者・6カ月~6歳小児 | 11g/dL未満 |
MCV(平均赤血球容積)の重要性
貧血の鑑別に当たって、まず、第一に着目すべき項目は、小球性、正球性および大球性貧血の分類を行うことである。すなわち、MCVに着目し、小球性であればおおむねHb合成障害に起因する貧血性疾患を、正球性であれば出血、溶血および造血能低下に起因する貧血性疾患を、大球性であれば赤芽球の成熟障害(ビタミンB12・葉酸低下、薬剤、造血幹細胞遺伝子変異)に伴う貧血性疾患を念頭に置き鑑別を進める。
MCV(赤血球の大きさ: 正常80-100fl) 多くは60-70flまで低下し、小球性低色素性貧血と言われます。これは鉄欠乏性貧血の典型的な所見です。
フェリチン値の解釈
フェリチンは体内の鉄貯蔵量を反映する重要な指標です。血清フェリチン値(貯蔵鉄)の低下。10未満では鉄欠乏状態と判定します。フェリチンが低下する病態は鉄欠乏性貧血以外にないので確定診断となります。
一方、慢性疾患性貧血では血清フェリチンは通常,急性期反応物質として高値を示すため,血清フェリチン値が炎症がある患者で100ng/mL(224.7pmol/L)(慢性腎臓病の患者で200ng/mL[449.4pmol/L])を下回る場合には,慢性疾患に伴う貧血に鉄欠乏症が合併している可能性が示唆される。
鉄代謝マーカーの読み方
血清鉄、不飽和鉄結合能(UIBC)、総鉄結合能(TIBC)、トランスフェリン飽和度[血清鉄/TIBC×100%](TSAT)、血清フェリチン これらの検査結果により、小球性、正球性および大球性貧血の分類を行い、RDWで赤血球の大小不同を評価し、鉄代謝データから体内鉄貯蔵量および骨髄での造血状態を把握する。
UIBC(鉄を運ぶ血液中のタンパク)の増加 少しでも鉄を捕まえて赤血球に運ぶため増加します。300以上が多いです。
検査項目 | 鉄欠乏性貧血 | 慢性疾患性貧血 |
---|---|---|
血清鉄 | 低下 | 低下 |
TIBC | 増加 | 低下 |
フェリチン | 低下 | 正常~高値 |
MCV | 低下(小球性) | 正常~軽度低下 |
がん患者さんの貧血治療
原因に応じた治療法
がんの治療と並行しながら、貧血の原因や程度に応じて鉄剤やビタミン剤を用いた治療を行います。出血が原因となっている場合は、止血剤を使ったり、内視鏡治療や手術によって止血を試みたりします。
鉄欠乏性貧血の治療では、経口鉄剤と静脈内投与がある。鉄欠乏性貧血は治癒する貧血であり、急性失血で貧血症状が強い場合を除いて輸血は不必要である。
鉄剤治療の実際
鉄剤はフェロミア(ジェネリックもあります)という飲み薬を1日1~2錠(50mg-100mg)内服して頂きます。治療効果について、鉄剤を開始すると症状が2,3週間で改善し、その後ヘモグロビンが上昇します。最終的に貯蔵鉄のフェリチンが正常化してきます。
重要なのは治療期間です。ヘモグロビンは6-8週間で正常化しますが、ここで薬を中止してしまうと貯蔵鉄であるフェリチンがない状態ですので、すぐにまた鉄が不足し、貧血となってしまいますので最低6か月程度の内服をおすすめしています。
輸血療法の適応
出血などで急速に貧血が進む場合や、慢性的な貧血により日常生活に支障がある場合は、症状の改善のために輸血を行うことがあります。輸血を行うかどうかは、貧血の原因や自覚症状、ヘモグロビン値などをふまえて、医師が慎重に判断します。
日常生活での注意点と管理
症状の自己観察
貧血がゆっくり進むと、ヘモグロビン値がかなり低くなっても症状が出ないことがあります。反対に、貧血が早く進むと、ヘモグロビン値が大きく低下していなくても貧血の症状が出ることがあります。
自分がどんな状態(血液データ)のときに、どのような症状が現れやすいかを知っておくと、体調の変化に気づきやすくなります。薬物療法中は、薬を投与してから何日目に、どのような症状が現れたかを記録しておくと、同じ治療を繰り返し受けるときに参考になります。
食事療法のポイント
ヘモグロビンの材料となるタンパク質や鉄分を豊富に含む食品を摂取し、バランスの取れた食事を心がけましょう。鉄の吸収を高めるビタミンCや、赤血球を作るのに必要なビタミンB12を含む食品、葉酸を含む食品を一緒にとるとよいでしょう。
鉄分(豆類・レバー・ひじき・小松菜など)を取るようにしましょう。鉄は赤血球のヘモグロビン合成に必要です。また、ビタミンC(野菜・果物など)を同時に取ると鉄の吸収率を高めるため効果的です。
最新の貧血治療動向(2025年版)
2025年現在、がん患者さんの貧血治療は大きく進歩しています。新しい鉄剤の開発により、3価鉄を有効成分とする経口鉄剤であるクエン酸第二鉄水和物が保険適用となった。3価鉄が十二指腸シトクロムbにより2価鉄に還元された後に吸収される。1錠250mgであるがクエン酸および水和物が多く含有されるためであり、1錠中の鉄含有量は約60mgとされている。国内臨床試験では嘔気・嘔吐の発症頻度が低いという結果が得られている。
また、多量の鉄を一回で投与可能なカルボキシマルトース第二鉄(鉄含量500mg/アンプル)が使用可能となったことで、重篤な鉄欠乏性貧血患者さんへの治療選択肢も広がっています。
まとめ
がん患者さんに起こる貧血は、その原因と種類を正しく理解することが適切な治療につながります。鉄欠乏性貧血と慢性疾患性貧血では、血液データの特徴や治療法が異なるため、医師と十分に相談しながら個々の状況に応じた治療を受けることが重要です。