
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
2019年6月に保険適応となった「がん遺伝子パネル検査」について、2026年1月時点での最新情報を含めて解説します。
保険適応から7年が経過し、検査の種類も増え、治療に繋がる確率も徐々に向上しています。しかし、保険適応の条件や、検査後に実際の治療に到達できる可能性については、患者さんが事前にしっかりと理解しておくことが重要です。
がんゲノム医療とは何か
従来のがん治療は、がんが発生した臓器ごとに治療方法が決められてきました。
肺がんには肺がんの治療、大腸がんには大腸がんの治療といったように、がんの部位によって使える薬が定められていたのです。
しかし、近年の研究により、がんは遺伝子の変異が積み重なって発生する疾患であることが明らかになりました。
がんゲノム医療とは、がんの部位にかかわらず、100種類以上の遺伝子変異を一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」を行い、見つかった遺伝子変異に応じた薬(主に分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤)を使用する治療のことです。
例えば、肺がんで使われているEGFR遺伝子変異向けの薬が、膵臓がんの患者さんにも同じ遺伝子変異があれば使える可能性があるということです。
保険適応となる検査の種類と費用
2026年1月現在、保険適応となっている検査は以下の通りです。
固形がん向けの検査(5種類)
| 検査名 | 調べる遺伝子数 | 検体 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| OncoGuide NCCオンコパネル | 124個 | 組織+血液 | 国立がん研究センターとシスメックスが開発した国産検査 |
| FoundationOne CDx | 324個 | 組織 | 米国で開発された検査。多くの遺伝子を調査可能 |
| GenMineTOP | DNA 737個 RNA 455個 |
組織+血液 | 東京大学、国立がん研究センター、コニカミノルタが共同開発。解析遺伝子数が最多 |
| FoundationOne Liquid CDx | 324個 | 血液 | 血液のみで検査可能。組織採取が困難な場合に使用 |
| Guardant360 CDx | 74個 | 血液 | 血液パネル検査の中でも感度が良いことが特徴 |
造血器腫瘍向けの検査(1種類)
2025年3月から、血液がん(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など)を対象とした「ヘムサイト診断薬」が保険適用となりました。
初発時から保険適用となり、急性骨髄性白血病における予後予測、悪性リンパ腫や多発性骨髄腫の診断などに活用されます。
検査費用
すべての検査で56万円(保険点数5万6000点)です。
患者さんの自己負担額は、保険の負担割合によって以下のようになります。
| 負担割合 | 自己負担額 |
|---|---|
| 1割負担 | 約5万6000円 |
| 2割負担 | 約11万2000円 |
| 3割負担 | 約16万8000円 |
なお、高額療養費制度の対象となるため、実際の負担額は所得に応じた上限額までとなります。
保険適応の条件
保険でがん遺伝子パネル検査を受けるには、以下の条件を満たす必要があります。
固形がんの場合
厚生労働省の規定では、次のように定められています。
「標準治療がない固形がん患者、または局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった(終了が見込まれる)固形がん患者であって、全身状態および臓器機能等から、検査施行後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した者」
この条件を整理すると、以下の3つのポイントになります。
1. 標準治療がない、あるいは標準治療が終了間近な患者さんであること
標準治療とは、がんの部位ごとに定められたガイドラインに基づく治療のことです。肺がんには肺がんの、膵臓がんには膵臓がんの標準治療があります。
保険適応では、まず標準治療を優先し、それが終了してからゲノム医療を検討するという順序が定められています。
2. 固形がんであること
固形がんとは、肺がん、大腸がん、膵臓がんなど臓器にできるがんのことです。
3. 検査後に化学療法に耐えられる体力があること
標準治療が終了または終了見込みという状況は、多くの場合、がんが進行している状態です。
検査で遺伝子変異が見つかり、使える薬があったとしても、その薬物治療に耐えられる体力がなければ意味がありません。そのため、主治医が全身状態を確認し、治療可能と判断した場合に限り検査を受けられます。
造血器腫瘍の場合
2025年3月から、造血器腫瘍(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など)も保険適応の対象となりました。
固形がんと異なり、初発時から保険適用となる点が特徴です。
「好きなタイミングで受ける」ことはできない理由
患者さんの立場から考えると、がんと診断された時点で、できるだけ早く遺伝子パネル検査を受けて、自分に最も効果的な治療を知りたいと思うはずです。
しかし、現在の保険適応の条件では「標準治療を優先し、それが終了してからゲノム医療を考える」という順序が定められています。
これには、いくつかの理由があります。
まず、従来の標準治療は長年の臨床研究で効果が確立されており、多くの患者さんにとって最も確実な治療法です。
また、遺伝子変異が見つかったとしても、それに対応する薬が必ずしも存在するわけではありません。検査を受けても治療に繋がらない可能性が高いのが現状です。
さらに、がんゲノム医療は比較的新しい分野であり、医療現場での体制整備にも時間が必要という事情もあります。
将来的には、初回治療時からゲノム検査を行う体制が整う可能性があります。実際、2023年の先進医療Bでは、初回治療時に検査を実施した場合、標準治療終了後の検査と比較して約3倍高い治療到達率が報告されています。
しかし現時点では、「標準治療優先、その後にゲノム医療」という方針が維持されています。
実際に治療に繋がる可能性はどのくらいか
検査を受けることが目的ではなく、患者さんが知りたいのは「自分に合う薬があるかどうか」「状況を改善できるかどうか」です。
保険診療で15万円から17万円程度の自己負担(3割負担の場合)は決して安くありません。そのコストに見合うメリットがあるのかが重要なポイントです。
2026年1月発表の最新データ
国立がん研究センターが2026年1月に発表した研究結果によると、2019年から2024年までに保険診療としてがん遺伝子パネル検査を受けた54,185人のデータを解析した結果、以下のことが分かりました。
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 治療標的となる遺伝子異常が見つかった患者さん | 72.7% |
| 実際に標的治療を受けた患者さん | 8.0% |
| 2019-2020年の治療到達率 | 5.5% |
| 2023-2024年の治療到達率 | 10.0% |
この結果から、検査を受けた患者さんの約7割で何らかの遺伝子異常が見つかるものの、実際に治療に繋がるのは約8%にとどまっていることが分かります。
ただし、治療到達率は年々向上しており、2019-2020年の5.5%から2023-2024年には10.0%まで上昇しています。新しい薬の承認や治験の増加により、今後さらに改善する可能性があります。
がんの種類による大きな差
治療到達率は、がんの種類によって大きく異なります。
| がんの種類 | 治療到達率 |
|---|---|
| 甲状腺がん | 34.8% |
| 非小細胞肺がん | 20.3% |
| 小細胞肺がん | 20.1% |
| 前立腺がん | 約21%(施設データ) |
| 乳がん | 約21%(施設データ) |
| 結腸・直腸がん | 約9%(施設データ) |
| 肝臓がん | 1.8% |
| 膵臓がん | 1.3% |
肺がんや甲状腺がんでは比較的高い治療到達率を示す一方、膵臓がんや肝臓がんでは非常に低くなっています。
検査結果が治療に繋がりにくい理由
理由1:主要な遺伝子変異には既に対応薬がある
肺がんを例にとると、EGFR遺伝子変異が陽性であれば、イレッサ、タグリッソ、タルセバなどの分子標的薬が既に承認され使われています。
ALK遺伝子変異が陽性ならザーコリ、アレセンサという薬も使えます。
つまり、主要な遺伝子変異に対する薬の開発は既に進んでおり、パネル検査で見つかる変異の多くは「既に分かっている情報」であり、新たな治療には結びつきません。
一方、マイナーな遺伝子変異が見つかったとしても、それに対応する承認薬がまだ存在しない可能性が高く、「変異はあったが薬がない」という状況になります。
理由2:薬の承認は「がんの部位ごと」なので保険が使えない
例えば、膵臓がんの患者さんがパネル検査を受けて、EGFR遺伝子変異が見つかったとします。
EGFR遺伝子変異向けの薬(タグリッソなど)は肺がんでは承認されていますが、膵臓がんでは未承認です。
このため、膵臓がんの患者さんがタグリッソを使う場合、全額自費負担となります。
タグリッソは保険適応がなければ、1日1錠で約2万4000円、1ヶ月で約72万円かかります。
標準治療が終了している状況では、がんはかなり進行しており、効果が出るかどうか、そもそも投薬を続けられるかどうかも不確実です。
その状況で月に70万円以上の費用を負担するかどうかは、非常に難しい判断となります。
治験という選択肢
運良く適切な治験(臨床試験)が実施されていれば、それに参加できる可能性があります。
ただし、治験の多くはランダム化試験であり、期待される新薬が使われるグループと、従来の治療や偽薬が使われるグループに分けられます。
どちらに割り当てられるかは分からず、投与を受けている間も何の薬が使われているか知らされません。
これは科学的に正確な効果を測定するために必要な手順ですが、患者さんの立場からすると、確実に新薬が使えるわけではないという点を理解しておく必要があります。
今後の展望と患者さんが知っておくべきこと
がんゲノム医療は、2019年の保険適応開始から7年が経過し、徐々に実績を積み重ねています。
治療到達率は年々向上しており、新しい分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤の承認も進んでいます。
また、国内未承認でも有効性が示されている薬剤の標的となる遺伝子異常が検出された場合、患者さんの予後が改善することも明らかになってきました。
治験や患者申出療養制度などを通じた未承認薬・適応外薬の使用機会も広がりつつあります。
しかし、現時点では以下の点を理解しておくことが重要です。
・検査費用は保険適応でも15万円から17万円程度(3割負担の場合)の自己負担が必要
・遺伝子異常が見つかるのは約7割だが、実際に治療に繋がるのは約8%(2023-2024年データでは10%)
・がんの種類によって治療到達率に大きな差がある
・保険適応の条件は「標準治療終了後または終了見込み」であり、好きなタイミングでは受けられない
・検査後に化学療法に耐えられる体力があることが前提
これらの情報を踏まえて、主治医とよく相談し、自分の状況でゲノム検査を受ける意味があるかどうかを判断することが大切です。
がんゲノム医療は今後さらに発展していく分野ですが、現時点では万能ではなく、限界もあることを理解したうえで、冷静に判断していただければと思います。
参考文献・出典情報
国立がん研究センター「がん遺伝子パネル検査の実臨床における有用性を解明」(2026年1月8日)
国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター「がん遺伝子パネル検査とは」
国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター「検査を受けたいときは」
日本医療政策機構「がん遺伝子パネル検査への患者アクセス保障と個別化医療の推進に向けて」(2025年4月)
大塚製薬「国内初の造血器腫瘍遺伝子パネル検査『ヘムサイト』新発売」(2025年3月3日)
GemMed「造血器腫瘍または類縁疾患対象の場合も、がんゲノムプロファイリング評価提供料等が算定可」(2025年3月5日)

