がん闘病中の症状として動悸が生じることがあります。明らかに強く感じる場合は主治医の診察をすぐに受けるべきです。
動悸は抗がん剤治療中に発生することが多いですが、その他にも動悸の原因として考えられることがあります。この記事では動悸の主な原因と、一般的にとられる対策について、解説したいと思います。
※動悸とは
動悸は、心臓の拍動・鼓動やその乱れを自覚することで主観的な症状です。
動悸が起きる原因として考えられるもの
がん(腫瘍)による動悸
・がんによる二次性貧血(がんからの出血、造血抑制、血液凝固系の活性化によるDIC [播種性血管内凝固症候群]による出血リスクの増加、栄養不良による鉄欠乏性貧血)。
※赤血球はヘモグロビンを詰め込んだ袋のようなもので、酸素と結合したヘモグロビンを組織細胞に運ぶ赤血球が減少すると末梢組織の酸素不足が生じ、それを解消するために心拍数が上昇する。
化学療法(抗がん剤などの投薬)による動悸
・貧血(薬剤の骨髄抑制作用、腎機能障害に伴う貧血、巨赤芽球貧血など)
・薬剤の心毒性による心不全に伴う頻脈
・不整脈によるもの
放射線治療による動悸
・放射線による心毒性(心筋障害による心不全、刺激伝導障害による不整脈)
その他の原因による動悸
・制吐薬や抗精神病薬の副作用
・精神的、心理的な刺激
※精神疾患(パニック発作、不安障害、うつ病など)による心電図異常を伴わない心因性の動悸もある。
がん(腫瘍)によって起きる動悸
動悸の原因となるもの
・がんによる二次性貧血の随伴症状の可能性がある。
・がんそのものからの出血(消化管、尿路・女性生殖器)、造血抑制(白血病や悪性リンパ腫、固形がんの骨髄への浸潤)、出血リスクの増加(がん細胞による血液凝固系活性化に伴うDIC)、鉄欠乏性貧血(食欲低下による栄養不良)などが考えられる。
対処法
・状況に応じて、輸血、鉄剤使用、栄養素補給などが行われる。
・輸血の投与は、日常生活に支障をきたす症状(労作時の動悸・息切れ、浮腫など)があれば、ヘモグロビン7g/dLをめやすに実施されることがある。
・鉄剤の投与は出血による鉄欠乏性貧血(消化管出血など)がみられる場合に。
・栄養不足がみられる場合は、赤血球産生に必要なエネルギー、タンパク、鉄、ビタミンCの十分な摂取が推奨される。
化学療法(抗がん剤などの投薬)によって起きる動悸
動悸の原因となるもの
・不整脈(頻脈・徐脈、致死的不整脈につながるQT延長)によるもの。
・薬剤の心毒性による心不全に伴うもの(心機能障害による心拍出量低下に伴い血圧が低下するため、心拍数が増加し、動悸が起きる)。特にアントラサイクリン系の抗がん剤で起きる。
・貧血によるもの。
骨髄抑制に伴う貧血:抗がん薬の細胞分裂阻害作用により、正常な骨髄の幹細胞の分裂、分化が阻害され、血球産生能力が低下する。
腎機能障害に伴う貧血:腎機能低下により腎臓からのエリスロポエチンの分泌が減り、赤血球産生能力が低下する。
・巨赤芽球貧血:DNA合成障害により核の成熟障害をきたし、異常な巨赤芽球が産生される。
動悸発生のリスク要因
・心毒性
65歳以上、心疾患の既往(虚血性心疾患、心不全、不整脈)、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満、喫煙歴、放射線療法歴(縦隔照射)、心毒性のある化学療法の治療歴。アントラサイクリン系抗がん薬は、蓄積により心筋障害のリスクが上がる。
・骨髄抑制
殺細胞性抗がん薬の長期使用
高用量、多剤併用、短期間での繰り返し投与
造血機能の低下(高齢、血液疾患、免疫不全など)
・腎機能障害
白金製剤。すでに起きている腎機能低下、高齢、糖尿病、高血圧、心不全
・巨赤芽球性貧血
核酸代謝阻害薬(フルオロウラシル系薬剤、メトトレキサート)
対処法
・心毒性に対して
心不全の症状が薬剤中止で改善しない場合には、利尿薬、ジギタリス、ACE阻害薬などによる心不全治療を行われれることが多い。
・貧血
ヘモグロビン量が8.0g/dL未満では輸血が検討される。ただし、輸血開始にあたっては、貧血の進行度や日常生活への影響、循環器系の臨床症状も考慮。
症状出現時は十分な休息を確保する。
心筋障害や心不全のリスクがある薬と出現時期
【アントラサイクリン系薬剤】
・薬剤名:ドキソルピシン、エピルビシン。
・急性毒性(約1%):投与中~数日以内に一過性の左室機能低下などが発現する。投与量には相関しない。
・亜急性毒性:投与後数か月以内に心筋炎などが出現。
・慢性毒性:投与数か月~数年以上経過してから心不全や左室機能障害が出現。死亡率も高い。用量依存的に出現する。
【分子標的治療薬】
・薬剤名」トラスツズマブ、ラバチニブ、イマチニブ、ベバシズマブ、スニチニブ、ソラフェニブ。
・トラスツズマブは数週間~数か月以内で心機能障害を発症する可能性。
・ベバシズマブ、スニチニブ、ソラフェニブによる心不全の発現時期は不明。
放射線治療によって起きる動悸
動悸の原因となるもの
・心毒性による刺激伝導障害(房室ブロック、洞性徐脈、心室性頻拍など)
・心毒性性による心筋障害(心筋障害により心不全が生じると、心拍出量の低下に伴い血圧が低下することで心拍数が増加し、動悸が起きる)
・総線量が多い(>30~35Gy)、1回線量が多い(>2Gy)、ホジキン病、乳がん、食道がんなど心臓近隣のがんへの照射、若年者、心毒性のある化学療法の併用などがリスク要因になる。
対処法
・放射線療法による不可逆的な心筋障害は、継続的な心機能評価による予防・早期発見が重要になる。
その他の原因によって起きる動悸
動悸の原因となるもの
・制吐薬や抗精神病薬による悪性症候群の前駆症状として動悸が発生する。
・悪性症候群の原因は完全には解明されていないが、抗精神病薬やドパミン受容体拮抗薬のドパミン受容体遮断作用によって視床下部付近の自律神経系のバランスが崩れ、自律神経症状(頻脈、発汗など)が起こると考えられている。
・制吐薬:ドパミン受容体拮抗薬であるメトクロプラミドで動悸が生じることがある。
・抗精神病薬:ロペリドール、クロルプロマジン、リスペリドンなどの抗精神病薬は、制吐、鎮静、せん妄治療目的で使用されるが動悸が生じることがある。
対処法
・楽な姿勢をとるなど症状に伴う苦痛が軽減できるようにする。
・悪性症候群が疑われるときは原因と思われる薬剤を中止する。