前立腺がんでは、2018年4月に「陽子線治療」が保険適応となりました。
前立腺がんに対する放射線療法では、IMRT(強度変調放射線療法)、サイバーナイフ、小線源療法(ブラキセラピー)、HDR(高線量組織内照射)など様々なものがありますが、これまで保険適応外であった「陽子線治療」が保険適応のグループに入った、ということになります。
保険適応といっても実際に患者としていくら支払うのか?どのくらいの治療期間になるのか?どんな治療を行うのか?などについては分かりにくい部分ですので、この記事でまとめることにしました。
どんな前立腺がんが陽子線保険適応の対象になるか?
陽子線治療の適応(保険対象)となるのは、「限局性及び局所進行性前立腺です(転移を有するものを除く)」です。
上記が大前提ですが、もう少し具体的に掘り下げると、適応条件は以下のとおりになります。
・他の部位のがんの診断がないこと。他の部位のがんの経験があっても初期治療後5年再発をしていないこと。
・リンパ節転移がないこと。
・陽子線治療前にホルモン療法(化学療法)を除く先行治療を行っていないこと。
・一定時間(60分程度)、おしっこをガマンすることができる体調であること。
※中リスク以上においては、ホルモン療法の併用が可能。
※「転移がないこと」はどの施設にも共通する条件ですが、その他の条件については実施施設によって判断が異なる場合があるので、必ず直接確認するようにしましょう。
前立腺がんの陽子線治療にかかる費用(料金)
まず、保険適応前の基本的な医療費は「陽子線治療費160万円」+「診察・検査・薬代など」になります。
陽子線治療で160万円というのは前立腺がんの場合のみです。(骨軟部腫瘍や頭頸部がんは237万5千円)
この160万円に対して保険適応となるので、保険適応後の陽子線治療費は(3割負担の場合)およそ48万円になります。これに加えて診察・検査・薬代を3割負担するという形になります。
さらに治療費の自己負担となる金額に対しては「高額療養制度」の利用が可能になります。民間保険に加入している場合は「放射線治療給付金」などの給付特約がついていることもあります。
陽子線治療実施の流れ
1.インフォームドコンセント
治療適応とされたら、医師から患者さんやその家族へ、治療のスケジュールや照射方法、治療に伴う副作用や後遺症、見込める治療効果などが説明されます。
そのうえで最終的な意思の確認を行います。治療すると決めた場合は同意書にサインをします。
2.固定具作成
治療で使用する固定具(ボーラス・コリメータ)を作ります。固定具は正確な陽子線の照射のために、体を治療台に固定するためのものです。
体を上から覆うプラスチックのカバーと、体の下に敷く台(必要な人のみ)を患者さんひとりひとりに合わせて作ります。
仰向け、うつぶせなどの体勢や固定する場所はがんの場所によって異なります。
3.CTシミュレーション
治療の計画を立てるために必要なCTを撮ります。固定具をつけた状態で撮影をします。
4.治療計画の作成とリハーサル
医師、医学物理師士などによって治療計画を作成します。治療開始前に固定具をつけた状態で治療の体勢になり、不具合や痛いところがないかなどを確認をします。
固定具や計画作成の過程に数日を要します。その後、治療を開始します。
4.治療開始
治療計画に沿って治療をします。外来通院で行います。装置のベッドに寝て固定具をつけた状態で受けます。
1回の照射時間は1~2分で、病院に滞在する時間はおよそ1時間です。治療は原則として1日1回、週3回から5回行います。
前立腺がんに対する陽子線の照射は、従来のやり方だと、低リスク群で37回、中高リスク群では39回照射です。しかし、照射回数の削減に取り組んでいる施設も多く、あるセンターでは低リスク群は20回、中リスクでは21回に減らして実施する取り組みも行われています。
5.治療後
治療準備開始から治療終了まで、約4~6週間かかります。祝日や治療器機のメンテナンス等の都合で多少長くなる事があります。
治療が終わった後は、紹介元の医療機関と連携し、経過をみます。
そもそも、陽子線治療とはどんな方法なのか?特徴は?
抽象的には「体への負担が少なく、同時に副作用や後遺症のダメージも受けにくく、高い抗腫瘍効果を挙げやすい放射線治療」といえます。
具体的には、「陽子」は水素の原子核(水素原子から電子を一つ取り去ったもの)で、この陽子を束にして加速したものが陽子線です。
がんに対する陽子線治療の特徴は、「止まる」という点にあります。
人体の一定の深さの位置で止まるようにコントロールできることで、高い線量のエネルギーをピンポイントの位置で「止め」、標的となるがん腫瘍を効率的に攻撃することができます(これをブラックピークといいます)。
ピンポイント性が高いことで、他の部位への照射(被ばく)を最小限にすることが可能になります。
例えば、放射線治療では高精度のIMRTという手段ががん治療ではよく使われます。これは立体的に様々な方角から放射線を標的に当てる手段ですが、「止まる」という作用は陽子線よりも弱いので、前立腺がんでIMRTをやると、近い場所にある膀胱や直腸、小腸など周囲の臓器にもある程度は当たります。
つまり陽子線の最大の特徴は「止まる」ことで「その場所にあるがん細胞へのダメージ」が最大になり、その後方へはほとんど影響しないことです。
放射線による被ばくの影響
放射線治療による影響には「確定的影響」と「確率的影響」があります。
確定的影響とは
膀胱、直腸などの臓器に放射線が当たった場合、その臓器障害(膀胱からの出血、直腸からの出血など)は、ある一定の基準となる放射線量までは発症せず、基準を超えるとその影響が顕在化する、というものです。
確率的影響とは
基準値は関係なく、照射された線量に比較して障害が発生するも影響をいいます。
これは「放射線が当たることによる発がん(2次がん)」が具体的な例です。
放射線被ばくによる2次がんの発症は、一般的には約30年以上先であることが多いとされていますので、短期的な影響は少ないですが、50歳台と若い年齢で前立腺がんに罹り、陽子線を受けるケースもあるので、長期の影響も考慮する必要があります。
陽子線治療における放射線の被曝を軽減させるための取り組み
治療の精度を高め、副作用の軽減を図るための治療補助器具として「直腸周囲ハイドロゲルスペーサ・SpaceOAR」があります。
これは陽子線だけでなく、外部照射(IMRTなど)を実施する場合にも用いられます。
主に直腸への影響(直腸に放射線が当たってしまい出血すること)を軽減するための器具です。
前立腺と直腸の間にスペースを作る役割があります。「体に自然吸収されるゲル」を注射によって挿入し、前立腺から直腸を離すことで放射線照射リスクを低減させることができます。
このような器具を使ったり、治療計画を緻密に進めることで照射回数自体を減らすという取り組みが各施設で行われています。
陽子線治療に痛みは生じませんが、その後に生じる有害事象をいかに防ぐか、が今後の主な焦点になっています。