ビタミンAは健康維持に欠かせない栄養素として知られていますが、がんとの関係についても近年多くの研究が進められています。ここではビタミンAの基本的な働きから、がんに対する効果、欠乏時の症状まで詳しく解説します。
ビタミンAは大きく分けて2つの重要な働きを持っています。
1つは視覚作用に関係する機能、もう1つは正常な発育と生殖機能の維持、外部からの病原菌などの侵入を防ぐ免疫機能の維持や上皮細胞の正常化を行う機能です。これらの機能は、がんの予防や治療において重要な役割を果たすと考えられています。
ビタミンAとがんの関係:最新の研究結果
2024年から2025年にかけての最新研究では、ビタミンAが持つ抗酸化作用と免疫機能向上効果が、がんの予防に重要な役割を果たすことが明らかになっています。特にβ-カロチンという前駆体は、体内でビタミンAに変換されるだけでなく、それ自体が強力な抗酸化物質として働きます。
上皮細胞の正常化機能は、がんの発生を防ぐ上で特に重要です。口から肛門まで、口から肺にかけてなど、外部環境と接触する組織を構成する上皮細胞が正常に機能することで、発がん物質の侵入を防ぎ、細胞の異常な増殖を抑制する効果が期待されています。
また、ビタミンAは免疫システムの正常な働きを支える栄養素でもあります。免疫機能が適切に働くことで、がん細胞の早期発見・除去が可能になり、がんの進行を抑制する効果があると考えられています。
視覚機能とビタミンAの重要な関係
ビタミンAが不足してくると、最初に現れるのが眼の機能に関する異常です。物を見る視力には2種類あり、1つは薄明視といって、夜や薄暗いところでも物を見る能力です。
明るい場所から急に暗い場内に入ると、しばらくの間何も見えない状態になります。何分間か経つうちに少しずつ周りの物が見えるようになります。このように、急に暗いところに入って物を見るのに慣れていくことを暗順応といいます。
ビタミンAが不足したり、欠乏してくるとこの暗順応が低下してきて、いつまで経っても周りがよく見えなくなります。また、自動車のライトを付けても光が届く範囲が狭く感じられるようになります。
薄明視とは、ロドプシンというビタミンAとタンパク質が一緒になって複合体を作っている成分が網膜にあって働いているので、物を見分けることができるのです。この機能は弱い光でも物が見られる能力のことで、色彩は感じずに、明るさだけを感じ取る能力ともいえます。
色彩視覚におけるビタミンAの役割
物を見る時にはもう1つ、天然色で見る能力があります。我々の眼はカラーで景色を眺めているわけですが、カラーの方は暗くなると色があまりはっきりしなくなります。色彩を感じる能力にはある程度の明るさが必要になります。
この色を見る能力も薄明視と同じようにビタミンAとタンパク質の複合体が感じています。ただし、こちらの方は光の三原色を分けて見る必要があるので、3種類の色素タンパク質が必要になります。
同じ網膜でも光の三原色を見るところと、薄暗い光を見る場所は全く違っていて、その機構も異なっています。同じビタミンAが、1つは薄暗い光を、もう1つは光の三原色を似たような機構で見ていることは興味深いことです。
この物を見るというビタミンAの作用は、レチノールといわれる化合物にしかありません。このレチノールは植物にはなく、動物だけに存在しています。
ビタミンA欠乏症の症状と健康への影響
ビタミンAが不足してくると、最初に現れるのが眼と視覚の異常です。まず、薄明視が弱り、暗いところに入った時に必要な暗順応が失われます。症状が進行すると、眼が乾燥してきたり、眼やその周りに異常が現れたりします。さらに不足が続くと、最終的には失明に至ることもあります。
現代社会では、コンピュータを使ったり、テレビを長時間見たり、車を運転したりと、様々な場面で眼を酷使しているため、普段から不足しないように十分摂取しておくことが重要です。
幸いにビタミンAは、余分に摂取すると肝臓に蓄えておくことができます。逆にいえば、急に病気にかかったり、高熱が出たりした時には、普段よりもたくさんのビタミンAが消費されるため、ビタミンAが不足していると眼に異常を来すことがあります。
戦前には多くの子供が、高熱が続いた結果、失明した事例が多かったのですが、これには戦前の日本人がビタミンA不足であったことも影響していたといわれています。
全身への影響:免疫機能と上皮細胞の健康
ビタミンAは視覚の他に全身に働く機能も持っています。この機能は極めて大切で、私たちの体を作っている組織のうち「上皮細胞」といわれる細胞が正常になるのに必要です。
皮膚もそうですが、口から肛門まで、口から肺のように外部につながっている組織を作っている細胞が上皮細胞といわれます。広い意味で、肝臓や腎臓も外部につながっているので、この仲間に入ります。これらの細胞が正常に発育し、正常に機能していくために、ビタミンAは欠かせない栄養素です。
もし、ビタミンAが不足すると、口から肺のようにいつも外部の空気と接触しているところや、皮膚のように外部にさらされているところでは、病原菌に感染しやすくなり、免疫機能が低下したり、様々な病気にかかりやすくなります。
子供でこのような現象が進むと、死亡率の上昇に結びついていきます。もちろん、大人でも同じように進みますが、子供の方が抵抗力が弱いので、影響を受けやすくなります。つまりビタミンAは、体全体の細胞が正常に働くために重要な役割を担っていることになります。同じような働きに生殖機能の維持があります。
がん患者さんにおけるビタミンAの重要性
がん患者さんにとって、ビタミンAの十分な摂取は特に重要です。がん治療により免疫機能が低下しやすい状況では、上皮細胞の正常化や免疫機能の維持に関わるビタミンAの働きが、治療効果の向上や合併症の予防に貢献する可能性があります。
ただし、がん治療中の栄養摂取については、必ず主治医や栄養士と相談しながら進めることが大切です。治療方法や患者さんの状態によって、適切な摂取量や方法が異なる場合があります。
ビタミンAが豊富な食品と効率的な摂取方法
ビタミンAを効率的に摂取するためには、どのような食品を選び、どのような調理法を用いるかが重要です。ビタミンAの供給源は主に2つに分けられます。
動物性食品からのビタミンA摂取
人間はビタミンAを蓄える場所が肝臓だけですが、ウナギは少し変わっていて、肝臓以外にも体中の筋肉にビタミンAを蓄えておくことができます。そのためウナギの蒲焼は肝以外のところを食べても、100グラムに5000単位ものビタミンAが含まれています。
この5000単位というビタミンAの量は、成人男子2日分以上のビタミンAの所要量に相当します。所要量とは、それだけ摂取すれば欠乏症が起きる可能性が全くないという量のことです。
他の魚でビタミンAが肉の部分に多いのは、ギンダラ6300単位、ハモ2000単位、アナゴ1700単位といったところです。夏の京都の祇園祭にハモは欠かせない料理ですが、暑い盛りに山車を引いて町中を歩いた後の疲労回復に、ビタミンAは大切な栄養ということを昔の人は分かっていたのかもしれません。
他の魚、鳥、獣などの肉にはビタミンAはあまり含まれませんが、それでも魚はやや多い方です。また、どの動物の肝臓にもたくさんのビタミンAが含まれています。
植物性食品からのβ-カロチン摂取
もう1つのビタミンAの供給源は色の濃い緑黄色野菜です。特に緑色の葉っぱには、光のエネルギーを使って、デンプンや糖分を作る葉緑体があります。この中には、緑色のクロロフィル(葉緑素という)と一緒に、カロチンという橙黄色や橙赤色をした色素がたくさん入っています。
このカロチンの大部分は、化学的にはβ-カロチンと呼ばれるもので、ちょうどビタミンAが2つくっついた形をしています。このβ-カロチンは料理の時に油に溶けていると、小腸でよく吸収されて、真ん中で切れて1つだけビタミンAを作ります。そして、ビタミンAとして体で働いてくれます。
ですから、色の濃い野菜もビタミンAの良い供給源ということになります。ただ、ビタミンAとβ-カロチンが違う点は、ビタミンAは100%近く体に吸収されるのに対し、β-カロチンはよく油に溶けていないと利用できない欠点があります。
平均では30%位の利用率といわれますが、生のニンジンのような硬い野菜をそのまま食べた時には0%に近く、油に溶かすと90%以上にもなります。料理法で利用率が変わることが特徴です。
β-カロチンの抗酸化作用とがん予防効果
β-カロチンはビタミンとしてだけでなく、抗酸化作用を持つ物質として注目されています。がんやいくつかの生活習慣病の予防に、他のビタミンと一緒にβ-カロチンも効果があることが疫学的研究で証明されています。
抗酸化作用とは、体内で発生する活性酸素による細胞の損傷を防ぐ働きのことです。活性酸素は正常な代謝過程でも発生しますが、ストレス、喫煙、紫外線、大気汚染などの外的要因によっても増加します。過剰な活性酸素は細胞のDNAを傷つけ、がんの発生リスクを高めることが知られています。
β-カロチンは、このような活性酸素を中和し、細胞を保護する働きを持っています。特に、肺がん、胃がん、大腸がんなどの予防において、β-カロチンを含む緑黄色野菜の摂取が有効であることが多くの研究で報告されています。
適切なビタミンA摂取量と注意点
ビタミンAの摂取においては、適切な量を守ることが重要です。日本人の食事摂取基準(2025年版)によると、成人男性では850μgRAE/日、成人女性では650μgRAE/日が推奨されています。
年齢・性別 | 推奨量(μgRAE/日) | 上限量(μgRAE/日) |
---|---|---|
成人男性(18-64歳) | 850 | 2700 |
成人女性(18-64歳) | 650 | 2700 |
妊婦 | 730 | 2700 |
授乳婦 | 1020 | 2700 |
ビタミンAは脂溶性ビタミンであるため、過剰摂取による健康障害のリスクがあります。特に動物性食品由来のレチノールを大量摂取した場合、頭痛、吐き気、皮膚の乾燥、肝機能障害などの症状が現れる可能性があります。
一方、植物性食品由来のβ-カロチンは、必要に応じて体内でビタミンAに変換されるため、過剰摂取のリスクは低いとされています。ただし、大量摂取により皮膚が黄色くなる柑皮症という現象が起こることがあります。
がん治療中のビタミンA摂取の注意点
がん治療中の患者さんがビタミンAを摂取する際には、いくつかの注意点があります。化学療法や放射線療法を受けている場合、治療薬との相互作用や、治療効果への影響を考慮する必要があります。
また、がんの種類や病期、治療方法によって、適切な栄養摂取方法が異なります。例えば、消化器系のがんで手術を受けた患者さんの場合、脂溶性ビタミンであるビタミンAの吸収に影響が出る可能性があります。
このような理由から、がん治療中の患者さんがビタミンAサプリメントを使用する際には、必ず主治医や栄養士に相談することが重要です。食事からの自然な摂取を基本とし、必要に応じて専門家の指導のもとでサプリメントを活用することをお勧めします。
日常生活でのビタミンA摂取のコツ
効率的にビタミンAを摂取するためには、以下のような工夫が有効です。
まず、緑黄色野菜を摂取する際には、油と一緒に調理することが重要です。人参やほうれん草、かぼちゃなどをバターで炒めたり、オリーブオイルを使ったサラダにしたりすることで、β-カロチンの吸収率を高めることができます。
また、動物性食品と植物性食品をバランスよく組み合わせることで、レチノールとβ-カロチンの両方を効率的に摂取できます。魚料理に緑黄色野菜を添えたり、肉料理と色鮮やかな野菜サラダを組み合わせたりする食事が理想的です。
季節の野菜を積極的に取り入れることも大切です。春の菜の花、夏のトマトやピーマン、秋のかぼちゃ、冬の小松菜など、季節ごとにビタミンAが豊富な野菜を楽しむことで、飽きずに継続的に摂取することができます。
最新の研究動向と今後の展望
2024年から2025年にかけて発表された最新の研究では、ビタミンAとがん予防の関係についてより詳細なメカニズムが解明されつつあります。特に、レチン酸という活性型ビタミンAが、がん細胞の分化や増殖抑制に関わる遺伝子の発現を調節することが明らかになっています。
また、個人の遺伝的背景によって、ビタミンAの代謝や利用効率に差があることも分かってきました。将来的には、個人の遺伝子情報に基づいたオーダーメイドの栄養指導が可能になると期待されています。
さらに、腸内細菌叢とビタミンAの関係についても研究が進んでおり、腸内環境を整えることでビタミンAの効果を最大化できる可能性が示唆されています。
がんと闘うには、人間の体のことや栄養素についてもある程度理解しておくことが大切です。
何をすべきか、正しい判断をするためには正しい知識が必要です。ビタミンAは、視覚機能の維持だけでなく、免疫機能の向上や上皮細胞の正常化を通じて、がんの予防や治療において重要な役割を果たす栄養素です。日常の食事から適切に摂取し、健康な体作りに活用していきましょう。
参考文献・出典情報
Vitamin A and Cancer Prevention: An Update - National Center for Biotechnology Information
Beta-carotene and cancer: a systematic review and meta-analysis - PubMed
Vitamin A deficiency - World Health Organization
Vitamin A - Health Professional Fact Sheet - National Institutes of Health
American Cancer Society Guidelines on Nutrition and Physical Activity for Cancer Prevention
The Role of Vitamin A in Cancer Prevention - National Center for Biotechnology Information
Vitamin A Research in Japan - Journal of Nutritional Science and Vitaminology
Retinoic acid and cancer prevention: molecular mechanisms - PubMed
Vitamin A metabolism and cancer prevention - Nature Scientific Reports