膵臓がんの抗がん剤治療の重要性
膵臓がんは進行が早く、発見時にはすでに進行した状態である場合が多い難治性のがんです。手術が可能な患者さんは全体の20~30%程度にとどまり、多くの患者さんは抗がん剤治療が主な治療選択肢となります。
膵臓がんは進行の早い悪性腫瘍の代表であり、早急に進行度の評価を行い、手術もしくは化学療法の方針を決定するよう進められますが、ここでは「抗がん剤を行わないとどうなるのか」「中止するとどうなるのか」を医学的な観点で整理していきます。
抗がん剤治療を行わない場合の経過
膵臓がんの自然経過
膵臓がんにおいて抗がん剤治療を行わない場合の経過は、病期や患者さんの全身状態によって異なりますが、一般的には以下のような経過をたどります。
治療の種類 | 生存期間の中央値 | 備考 |
---|---|---|
手術可能な場合 | 約2年半 | 根治的切除が可能な症例 |
化学療法 | 約1年 | 進行がんの標準治療 |
無治療 | 約3ヶ月 | 高齢者を含む臨床試験では72日との報告 |
無治療時の症状の進行
膵臓がんの治療を行わない場合、以下のような症状が段階的に現れることが多く報告されています。
初期から中期にかけて
腹痛や背部痛は膵臓がんの代表的な症状です。がんが神経に浸潤することによって、持続的で強い痛みが生じます。痛みは時間の経過とともに増強する傾向があり、特に夜間に悪化することが多いです。
黄疸の出現も重要な症状の一つです。膵頭部のがんでは胆管の狭窄や閉塞が起こり、皮膚や眼球の白い部分が黄色くなります。同時に濃い尿や白っぽい便、全身のかゆみなども伴います。
進行期の症状
体重減少は膵臓がんの特徴的な症状です。消化酵素の分泌減少や食欲不振により、著明な体重減少が進行します。食事の摂取量が減少し、栄養状態の悪化が加速します。
糖尿病の新規発症や既存糖尿病の急激な悪化も見られます。膵臓のインスリン分泌機能が低下することで血糖コントロールが困難になります。
末期における症状
全身の衰弱が顕著となり、日常生活動作が困難になります。食欲不振が進行し、固形物の摂取が難しくなります。
腹水の出現により腹部の膨満感や不快感が生じ、重症化すると呼吸困難を来すこともあります。
意識レベルの低下や長時間の睡眠、せん妄などの症状も末期には現れることがあります。
抗がん剤治療を止める判断基準
医学的な中止基準
抗がん剤治療の中止を検討する主な医学的基準には以下があります。
1. 治療効果の消失
初回に効果があった抗がん剤でも、治療を続けていくうちに効果がなくなることがあります。これは「薬物耐性」と呼ばれ、がん細胞が抗がん剤の攻撃に抵抗するようになることで起こります。画像検査でがんの進行が確認された場合、現在の治療の変更や中止が検討されます。
2. 全身状態の悪化
患者さんの全身状態を評価する指標として「パフォーマンス・ステータス」があります。この指標が3以上(日中の50%以上を床上で過ごす状態)になると、積極的な抗がん剤治療は困難になります。
3. 重篤な副作用の出現
生命に関わる重篤な副作用が出現した場合、治療の継続は困難となります。特に間質性肺炎や重度の骨髄抑制などは治療中止の要因となります。
患者さんの意思による中止
医学的な理由以外にも、患者さん自身の意思により治療を中止する場合があります。
生活の質(QOL)の優先
副作用による日常生活への影響と、期待される治療効果を天秤にかけて、QOLの維持を優先する選択をする患者さんもいます。これは患者さんの価値観や人生観によるものであり、尊重されるべき判断です。
経済的負担
治療にかかる経済的負担や家族への影響を考慮して、治療の継続を断念する場合もあります。
抗がん剤治療の副作用と対処法
主な副作用
膵臓がんの抗がん剤治療では、使用する薬剤により様々な副作用が現れます。
骨髄抑制
白血球、赤血球、血小板の減少が起こり、感染症のリスク増加、貧血、出血傾向などが見られます。定期的な血液検査によるモニタリングが重要です。
消化器症状
吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、口内炎などが現れます。制吐剤や口腔ケア用品を使用して対処します。
末梢神経障害
手足のしびれや痛みが生じることがあります。症状が強い場合は、薬剤の減量や休薬を検討します。
脱毛
治療開始から2~3週間後に脱毛が始まることが多く、治療終了後に回復します。
副作用への対処と治療継続の工夫
副作用が強い場合でも、以下のような対処法により治療を継続できる場合があります。
薬剤の減量
抗がん剤の投与量を標準量の80%程度に減量することで、副作用を軽減しながら治療効果を維持できる場合があります。ただし、減量により治療効果が低下する可能性もあるため、十分な説明と患者さんの同意が必要です。
休薬期間の調整
治療間隔を延長したり、一時的に休薬したりすることで、副作用からの回復を図ります。休薬中にがんが進行するリスクについても説明が必要です。
治療を止めた後の緩和ケア
症状緩和の重要性
抗がん剤治療を中止した後も、患者さんの症状を和らげ、QOLを向上させるための緩和ケアが重要な役割を果たします。
疼痛管理
膵臓がんによる腹痛や背部痛に対しては、WHO方式がん疼痛治療法に基づいた段階的な疼痛管理を行います。非オピオイド鎮痛薬から始まり、必要に応じてオピオイド系鎮痛薬を使用します。
栄養管理
消化吸収機能の低下に対して、膵消化酵素補充療法や栄養補助食品の使用を検討します。少量頻回食や高カロリー食品の摂取を心がけます。
黄疸への対処
胆管の狭窄による黄疸に対しては、内視鏡的胆管ステント留置術などの処置により症状の改善を図ります。
在宅医療との連携
治療を中止した患者さんが自宅で過ごすためには、在宅医療チームとの連携が重要です。訪問診療、訪問看護、訪問薬剤師などの専門職が協力して、患者さんと家族をサポートします。
2025年の最新治療動向
新しい治療選択肢の登場
2025年には膵臓がん治療において新たな進展が見られています。量子科学技術研究開発機構(QST)は、膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカーを特定したと発表しました。治療前の血中可溶性インターロイキン6受容体(sIL-6R)濃度が高い患者ほど、治療後の遠隔転移が少なく、生存期間が延長することが明らかになりました。
新薬開発の進歩
MEK阻害剤や新しい作用機序に基づく治療薬の開発が進んでいます。既存の抗がん剤とは異なる作用機序により、従来の治療で効果が見込めない場合でも新たな治療選択肢となる可能性があります。
個別化医療の推進
BRCA遺伝子変異やMSI-Highなど、患者さんの遺伝子変異に基づいた個別化治療が実用化されています。オラパリブやペムブロリズマブなど、特定の遺伝子変異を有する患者さんに効果的な治療薬が使用できるようになりました。
治療選択における重要なポイント
十分な情報収集
治療方針を決定する際には、現在の病状、治療選択肢、それぞれの効果と副作用、予後などについて十分な情報を収集することが重要です。主治医との綿密なコミュニケーションを取り、疑問点は遠慮なく質問しましょう。
チーム医療の活用
膵臓がんの治療には、腫瘍内科医、外科医、放射線治療医、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなど多職種の専門家が関わります。それぞれの専門性を活かした包括的なケアを受けることが重要です。
まとめ
膵臓がんにおいて抗がん剤治療を行わない場合の経過は厳しいものですが、適切な緩和ケアにより症状を和らげ、患者さんらしい生活を送ることは可能です。治療の継続や中止についての判断は、医学的な要因だけでなく、患者さんの価値観や生活の質への影響も総合的に考慮して決定されます。
重要なことは、どのような選択をしても、患者さんと家族が納得できる決定であることです。医療チームとの十分なコミュニケーションを通じて、最適な治療方針を見つけていくことが大切です。
参考文献・出典情報
2. 国立がん研究センター がん情報サービス:膵臓がん 治療
3. 量子科学技術研究開発機構:膵臓がんに対する重粒子線治療の予後を予測する血中バイオマーカー
5. あきらめないがん治療ネットワーク:抗がん剤を止める時について