がん治療に関する情報を集めると、昨今では必ず「免疫療法」の文字が目に飛び込んでくると思います。
そもそも免疫とは、病原体や毒物などの体外からの侵入者を見分けて攻撃するシステムのことをいいます。
細胞ががん化すると、細胞の表面に異常を示す目印(抗原)が出現します。すると、免疫細胞のひとつである樹状細胞がそれを異物と認識し、キラーT細胞に駆逐するように命じて、攻撃することがわかっています。
このシステムを利用し、免疫細胞に人為的にパワーを与えて、がんを抑えたり攻撃しようとするのが「免疫療法」といわれる治療法です。
現在、免疫治療には製薬会社が量産するがんワクチンから、患者自身の細胞を利用するテーラーメイドの「免疫細胞治療」まで多様なタイプがあります。
がんワクチン
近年、製薬会社は医薬品タイプのがんワクチンを製造しています。これは、がん細胞の表面に現れる抗原を人工的に合成したものであり、たんぱく質やそのかけらであるペプチドです。これらが体内に注射されると、免疫細胞ががんの抗原を敵と認識し、がん細胞を集中的に攻撃するようになります。
とはいえ、ある患者のがんの抗原が、必ずしも別の患者の抗原と一致するとはかぎりません。そこで、がんワクチンでは一般に多くの患者のもつ抗原を何種類か用意し、そのうちどれかは効果をあげるだろうという手法を用いています。
治療用ワクチンは、大量生産できる点はすぐれていますが、患者の抗原と一致せず、治療効果があがらない可能性もあります。
例を挙げると2010年、アメリカの食品医薬品局(FDA)は前立腺がん用のワクチン、シプリューセルT(商品名プロペンジ)を認可しました。このワクチンでは患者自身の免疫細胞に、ほとんどの前立腺がんがもつ抗原を認識させて使うので、免疫細胞療法に近いといえます。
免疫細胞治療
代表的な免疫細胞治療として、「樹状細胞療法」があります。これは、手術で摘出した患者自身のがん細胞を直接、抗原として使う方法です。この方法では、患者の血液を採取し、その中の樹状細胞にがん細胞を認識させた後、樹状細胞を体内に戻します。
これによって攻撃部隊であるキラーT細胞にがん細胞をより正確に教えることができます。また、キラーT細胞などを体外で増殖させた後、ふたたび体内に戻す方法もあります。
抗体製剤
分子標的薬の抗体製剤は、がん細胞内における増殖信号の伝達を止めることを目的としています。これに対して、免疫療法における抗体製剤は、免疫の活性化を期待して製造されました。
2011年、アメリカのFDAは、悪性黒色腫(メラノーマ)に効果がある抗体製剤イピリムマブ(商品名エルボイ)を認可しました。これは細胞表面にある免疫信号の伝達をさまたげる分子に結合し、その機能を抑えます。イピリムマブのはたらきによって、免疫のいわば"ブレーキ"が解除され、免疫は本来の力を発揮できます。
【これらの免疫療法は本当に効果があるのか?】
これらの免疫療法は3大療法(手術、化学療法、放射線治療)に比べて副作用が格段に少ないことが特徴です。先進医療であることと副作用が少ないことで多くの患者さんから注目を集める治療法になりました。
メカニズムは理に適っているといえますが、その治療効果についてはまだまだ限定的で、意見が分かれています。小規模な臨床試験などである程度の治療効果は認められる、という程度の確認しかできていないのが現実です。
量産されるがんワクチンはともかく、患者ごとに個別の対応が必要になる免疫細胞療法では、治療の前後について客観的に比較することには限界があり、またその症例を十分な数だけ確保することも困難です。そのため、信頼性の高いデータを集めることがなかなかできません。
免疫療法を本当の意味でがん治療の第4の柱として普及させるためには、データを収集してエビデンス(科学的証拠)を立証する作業が不可欠です。
患者の免疫作用を高め、がんを小さくすることをうたった免疫療法がさかんに広告されたり、マスコミでしばしば取り上げられていますが、まだそれらの免疫力の増強効果は限られており、治療成績に関しでも科学的に証明されていません。
ですので、実際には多くの"民間療法"や"代替療法"に分類されているといえます。そのため、大学病院や総合病院などのがん治療の現場で「がんの免疫療法」が医師から提案されることはほとんどないのです。
代替療法と通常の医療との垣根が不明瞭な場合もありますが、がんにおいては通常の医療=保険内治療であり、それは三大療法といわれる手術・放射線・化学療法だけです。その他は代替療法として認識されます。
効果が出ているという報告もあるので代替療法を断定的には否定できません。しかし、現時点で代替療法は科学的な根拠にもとづいた方法ではないことを理解する必要はあります。
また代替療法を行っている間、治療効果が期待できる標準的治療を受けない患者もいます。そうしているうちに悪化してしまうこともあります。さらに、薬にもすがりたいという患者の心理につけ込んで「悪くはならないから。効果がでる可能性があるから」と、多額の費用を継続して要求する悪徳な医療関係者が一部にいることも頭に入れておく必要があります。
以上、免疫療法についての解説でした。