食道がんステージ0における内視鏡治療の適応と方法
がんが食道の壁の最も内側の粘膜にとどまり、転移のない食道がんステージ0の段階であれば、食道を温存できる「内視鏡治療」が標準治療として推奨されています。この治療法は、手術に比べて体への負担が少なく、短期間での回復が期待できます。
内視鏡治療には主に「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」と「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」の2つの方法があります。EMRは、がん病巣を生理食塩水などで浮き上がらせてスネアというループ状ワイヤをかけ、スネアを締めて高周波電流を流し焼き切る方法です。この治療法の適応は、がん病巣の直径が2センチメートル以内の小さいがんに限定されます。
一方、2センチメートルを超える0期のがんにも対応できるのがESDで、現在の内視鏡治療はESDが主流になっています。ESDは、がん病巣の周囲に高周波ナイフでマーキングを行い、その後、がん病巣の下に止血薬を配合した薬液を注入します。高周波ナイフでマーキングの外側を切開した後に、がん腫瘍を剥離する方法です。
ESDの技術的特徴と適用範囲
ESDで剥離できる病巣の大きさには制限がありません。食道の直径は2〜3センチメートルですが、その全周を切除することも技術的には可能です。ただし、全周を切除すると狭窄が起きるリスクがあります。このような場合には、ステロイドを注入したり、バルーンによる拡張を行ったりといった対応が必要になります。
内視鏡治療が行える早期の胃がんはほぼ全部ESDに移行している一方で、食道がんではまだおよそ2割程度はEMRで治療されているのが現状です。これは、食道がんの特殊性や技術的な要因によるものです。
ESDの導入により、内視鏡治療の適応患者は増加しました。ESDは全周の切除も可能ですが、治療のガイドラインとしては、「食道の粘膜層にとどまっている」ことが条件となっており、この治療は食道がんステージ1でも行われることがあります。
食道がんステージ1における治療選択
食道がんステージ1かⅡかの判断が難しい場合、まずはESDを行います。それを病理で調べ、粘膜内にがんがとどまっていれば治療は終了です。もう少し深い粘膜下層までがんが達していると、ESDのあとに再度「手術」で対応するか、もしくは予防的な「化学放射線療法」を行います。
ESDを行って病理で評価して次のステップに移るという方法が、現在の治療の主流となっています。これは診断的治療とも呼ばれ、治療前の検査で正確な深達度を判断することが困難な場合に特に有効な方法です。
食道がんステージ1では、手術または化学放射線療法が標準治療として推奨されており、患者さんの体の状態によっていずれかを選択します。化学放射線療法は手術と同じくらいの治療効果が得られるという報告もあります。
内視鏡治療の詳細な適応基準
食道がんの内視鏡治療の適応は、リンパ節転移のない0期の早期食道がんのうち、食道の全周に及んでいないがんか、全周に及んでいる場合は長さが5センチメートル以下のがんです。具体的には、粘膜上皮(EP)や粘膜固有層(LPM)にとどまったがん(T1a-EP、T1a-LPM)は、転移の危険が極めて低いことが分かっています。
一方、がんが粘膜筋板に達したがん(T1a-MM)では約10パーセントで、がんが粘膜下層へ浸潤した場合(T1b-SM)では20パーセントから50パーセントも転移します。そのため、内視鏡的切除の適応は慎重に決定されます。
粘膜筋板に達したT1a-MMがんと粘膜下層にわずかに(200マイクロメートル以下)だけ浸潤したT1b-SM1がんは、治療前に正確に区別ができないため、内視鏡治療を行ってから切除した病変を顕微鏡で詳しく調べて次の治療に進むこともあります。
治療成績と合併症について
内視鏡治療(EMR/ESD)では、切除に伴う出血が0.1パーセント、食道穿孔(食道の壁に穴があくこと)が1.6パーセント、切除後の瘢痕性の狭窄(狭くなること)が2.7パーセントなど合併症が報告されています。これらの合併症の多くは内視鏡を使って対処することができます。
早期のがんの治療成績は良好です。粘膜にとどまるがんでは内視鏡的粘膜切除術で切除できない場合でも、手術で切除できれば5年生存率はほぼ100パーセントです。がんが粘膜下層まで広がってもリンパ節転移を起こしていなければ、手術で80パーセントが治ります。
食道がん全体の5年生存率は49.0パーセントですが、ステージ1では79.1パーセントと、早期発見が極めて重要であることが示されています。
狭窄予防対策とその重要性
がんが食道の3/4周以上に及んでいるときは、内視鏡的切除後にステロイドを注射したり、ステロイドを内服したりして、狭窄を予防します。周在性が3/4周を超える食道がんに対し内視鏡治療を行った場合、何らかの狭窄予防対策が求められます。
狭窄予防の方法としては、予防的バルーン拡張術、ステロイド局注、ステロイド内服のいずれかを行うことが強く推奨されています。ステロイドは炎症細胞や線維芽細胞の活動性を低下させ、線維化を抑制する作用があります。
近年では、内視鏡治療直後の潰瘍部にステロイドの局注を行ったり、ステロイドの内服を行ったりすることで、ある程度狭窄予防ができるようになってきました。それでも全周性で切除範囲が広い病変では狭窄のリスクが高いため、最新のガイドラインでは、長径50ミリメートル以下の病変では狭窄予防を併用した上での内視鏡治療、長径50ミリメートル以上の病変では、最初から外科手術や化学放射線療法を行うことが弱く推奨されています。
食道がんステージ0・1の治療選択基準
ステージ | 深達度 | リンパ節転移 | 推奨治療法 | 5年生存率 |
---|---|---|---|---|
ステージ0 | 粘膜内(T1a) | なし | 内視鏡的切除(ESD/EMR) | ほぼ100% |
ステージ1 | 粘膜下層まで(T1b) | なし | 手術または化学放射線療法 | 79.1% |
最新の治療技術と今後の展望
2025年現在、食道がんの診断技術も進歩しています。NBI(狭帯域光観察)という特殊な画像処理機能に加え、AI(人工知能)を活用した内視鏡診断も使われるようになり、小さな病変も早い段階で見つけやすくなってきました。
また、バイオマーカー検査の活用により治療はますます個別化され、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)の登場は進行がんの治療に新たな希望をもたらしています。
PD-L1(CPS)やHER2などのバイオマーカー検査は、患者さん一人ひとりに最適な治療計画を立てるための、極めて重要な指標となっています。
治療後の経過観察とフォローアップ
食道がん内視鏡治療後や根治的化学放射線治療後は、1年に1回は上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)、半年に1回はCT検査を行い、再発がないかどうか調べます。食道がんの再発の多くが、リンパ節や肺、肝臓などの周辺の臓器や骨への転移です。
術後3年間は3〜6ヶ月毎に、術後3〜5年は半年ごとに、CT検査、腹部エコー、腫瘍マーカー、内視鏡検査等を受けることが望ましいとされています。治療後も定期検査を受けるとともに、少しでも異変があったら、早めに担当医に相談することが重要です。
予防と早期発見の重要性
食道がんの2つの原因は飲酒と喫煙であるため、まずは禁酒、禁煙が重要です。禁酒をすることで、その後の食道がんの発生を減らすことが可能です。しかし、完全にゼロにはなりませんので、再発や別の部位のがんを早期発見するために、年に1〜2回の定期検査を受けることをお勧めします。
日本人の食道がんの約9割は扁平上皮がんで、主な危険因子は飲酒と喫煙です。特に「お酒で顔が赤くなる」遺伝的体質(ALDH2不活性型)の方は、食道がんのリスクが高まることが知られています。
食道がんは早期には症状がほとんどありません。食道がんは、症状を自覚してから発見される場合は、進行したがんとして発見されることが多いのが現状です。そのため、検診や人間ドックなどで、定期的な内視鏡検査を受けることが重要です。
治療費と公的支援制度
食道がんの治療には、高額療養費制度などの公的支援制度を活用することができます。また、食がんリングスのような患者会からのサポートを受けることも、治療と生活の両面で重要です。これらの支援制度を適切に活用することで、経済的負担を軽減しながら、適切な治療を受けることが可能になります。
まとめ
食道がんステージ0・ステージ1は、適切な治療により良好な予後が期待できます。内視鏡治療技術の進歩により、体への負担を最小限に抑えながら根治を目指すことが可能になっています。ESDを中心とした内視鏡治療は、食道機能を温存しながら確実にがんを切除できる治療法です。
ただし、治療法の選択には、がんの深達度、広がり、患者さんの全身状態などを総合的に評価することが必要です。また、狭窄予防対策や術後のフォローアップも含めた包括的なアプローチが重要です。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター:食道がんの治療について
- 食道がん一般の方用サイト:食道がんのステージと治療の選択
- 国立がん研究センター がん情報サービス:食道がん 治療
- 日本消化器内視鏡学会:内視鏡で治せる食道がんはどのようなものですか?
- 国立がん研究センター 東病院:食道がん
- 新潟大学:広汎食道表在癌に対するESD手技の工夫と狭窄予防対策
- 東京女子医科大学:食道がんの内視鏡治療の適応
- 食道がん一般の方用サイト:内視鏡治療
- 食道がんの生存率:ステージ・治療法別の最新データ
- 虎の門病院:食道がん治療センター 内視鏡的手術