近年、抗がん剤以上に期待されているのが「分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)」です。
遺伝子レベルで研究する分子生物学の進歩により、がん細胞の増殖や転移に関しては、がんだけに見られる、あるいはがんで多く発現している異常なタンパクや酵素が重要な役割を果たしていることが、分かってきました。
そうした、がん細胞に特異的な分子や、過剰に発現して、がんの成長に関与している分子を標的にして攻撃し、がん細胞の増殖を防ぐことを目的につくられたのが分子標的薬です。標的とする分子が決まっているため、事前にその分子があるかどうかを調べることで、薬の効果を予測できます。
分子標的薬は、がん細胞だけを狙って作用することから、普通の抗がん剤よりも副作用が少ないと考えられていましたが、最近は分子標的薬特有の副作用が起こることが分かってきました。
分子標的薬は、標的とする特異的な分子や性状などにより、次の5つのタイプに分類されます。
抗体製剤
抗体とは、体内に侵入した病原体などの異物(抗原)を撃退するために免疫系でつくられる物質のことです。抗体製剤は、遺伝子工学を利用して人工的につくられた抗体で、がん細胞にだけある特定の受容体や情報伝達物質にとりついて、そのはたらきを阻害するなどして効果を発揮します。
人工抗体は、以前はマウスの抗体を利用していました。いまは93~95%がヒトの抗体で残りがマウスの抗体のもの、100%ヒトの抗体のものも登場しています。
シグナル伝達系阻害薬
1.チロシンキナーゼ阻害薬
多くのがんでは,同じような細胞を際限なく増えさせる異常なシグナルが出つづけています。シグナル伝達を担っている物質(EGFRなど)に変異が起きているためです。
チロシンキナーゼ阻害薬は、がん細胞内にあるチロシンキナーゼに作用し、増殖するときに発せられるシグナルの伝達を抑えることで、がんの増殖を抑えるはたらきがあります。ゲフィチニブ、イマチニブなどがその代表です。皮疹などの皮膚障害が出ることがあります。
2.mTOR阻害薬
がん細胞の増殖や新生血管の生成をコントロールするというmTORというタンパクを持続的にブロックします。腎がんに使われるエベロリムス、テムシロリムスがあります。
血管新生(けっかんしんせい)阻害薬
がん細胞は酸素や栄養を補給するため、血管内皮増殖因子(VEGF)を自ら分泌して、血管を新しくつくり出しています。このVEGFのはたらきを抑えて、新しく血管ができないようにするのが血管新生阻害薬です。
がんをいわば兵糧攻めにして、餓死させるのです。その代表がベバシズマブです。単独では効果が少なく、抗がん剤の成分を細胞内に浸透しやすくする作用もあるため、抗がん剤との併用で用いられます。
プロテアソーム阻害薬
がんの細胞内で不要になったり、間違えてつくられたりしたタンパクを分解するのが、プロテアソームという酵素です。この酵素のはたらきを抑えて、がん細胞を自滅させる作用があります。
代表的な薬が、多発性骨髄腫で使われるボルテゾミブです。この薬には発がん性のあるタンパクを分解する物質の産生を促す作用もあるとされています。
ビタミンA誘導体
分子標的薬の中では最も古いもので、ビタミンA誘導体ががん細胞に見られる特殊な遺伝子のはたらきを抑えます。
急性前骨髄球性白血病の画期的な治療薬ですが、投与をやめると元に戻ってしまうことから、これとは別に「寛解後療法(地固め療法)」が必要になります。
以上、分子標的薬についての解説でした。