正常な細胞がしだいにがん細胞に変わる過程では、いくつもの「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」に変異が生じます。
このうちのがん遺伝子は、細胞の分裂と増殖をコントロールし、いっぽうがん抑制遺伝子は、がん遺伝子のはたらきをコントロールしています。つまりこの両者は、正常な細胞分裂を調節するアクセルとブレーキの役割をもっています。
しかし、これらの遺伝子に変異が生じると、その正常なはたらきが失われます。正常なはたらきを失ったがん遺伝子は、細胞に際限なく分裂・増殖するように指令を出し、また、がん抑制遺伝子は、この無秩序な細胞の増殖を止めることができなくなります。こうしてがん遺伝子とがん抑制遺伝子が変異した結果として生まれた異常な細胞が、がん細胞です。
一般に、正常な細胞が、がん細胞に変わる(がん化する)のは、次のような後天的要因が作用したときです。
1.宿主(人間)の遺伝子の中に直接もぐり込む性質をもつウイルスに感染し、このウイルスによって正常な遺伝子の構造が傷つけられる。
2.活性酸素やさまざまな毒物によって、遺伝子の本体(DNA)が破壊される。
3.強い紫外線や放射線を浴びたためにDNAが傷つけられる。
4.細胞分裂の過程で遺伝子がコピーされる際に、誤ったコピーが行われて欠陥のある遺伝子がつくられ、それによって遺伝子に重大な突然変異が起こる、など。
多くの人にとってこれらは、いわば後天的な事故のようなものです。したがって、これらの危険要因を遠ざけて生活できるなら、細胞ががん化する確率を引き下げることができます。
しかしなかには、生まれつきがん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異、つまり正常な状態からずれたものがあり、そのため、がん化を抑える安全装置が外れかかっている人がいます。
このような人は、小さなきっかけでも、細胞ががん化に向かって変化しはじめます。また、このような問題をもつ遺伝子を受け継ぐ家系の人は、特定のがんを発症しやすくなります。これは「家族性のがん」とも呼ばれます。
どの遺伝子にどのような変異があれば、どんながんを発症しやすいか・・・その関係を解明する研究が近年、急速に進んでいます。この研究が目指すのは、遺伝子を調べることによって、その人が将来発症する可能性の高いがんを見つけることです。
また、がんの種類によっては、転移や再発がどれほど起こりやすいかも、ある程度予測できます。さらに、特定のがんの治療にどのような抗がん剤が有効か、どれを使用すると副作用が出るかなども判定できます。
このように、その人の遺伝子をくわしく調べることによって、がんをはじめとするさまざまな病気に関する情報を得る診断法を「遺伝子診断」と言います。
診断の結果、遺伝子に問題があることがわかれば、がん発症の危険性を遠ざけ、定期的にがん検診を受けて、早期にがんを発見・治療できるよう、予防的な生活を送ることができます。