胃がんは日本人に多いがんの一つであり、治療には手術が重要な役割を果たしています。2025年現在、早期胃がんでは内視鏡治療や腹腔鏡手術などの低侵襲治療が主流となっていますが、進行胃がんではリンパ節転移の可能性があるため、開腹手術が必要になることが多くあります。胃がんの標準的な手術方法とその後遺障害・合併症について、最新の情報を交えて詳しく解説します。
胃がん手術の基本的な考え方と治療選択
胃がんの治療法は、がんの進行度(ステージ)やがんの性質、患者さんの体の状態などに基づいて決定されます。2025年現在、胃がんの主要な治療法は、内視鏡治療、手術(外科治療)、薬物療法、緩和ケアに分けられます。
がんの深達度が粘膜および粘膜下層にとどまるT1のものは「早期胃がん」、粘膜下層を越えて広がるものは「進行胃がん」と分類されます。早期胃がんでは内視鏡的切除術(ESD)や腹腔鏡手術が選択されることが多いですが、進行胃がんやリンパ節転移が疑われる場合には、根治性を重視した開腹手術が必要となります。
現在主流となっている胃がん手術のアプローチ方法
2025年現在、胃がん手術には以下の3つのアプローチ方法があります:
内視鏡治療(ESD:内視鏡的粘膜下層剥離術)
がんが粘膜層にとどまっており、リンパ節転移の可能性が極めて低い早期がんに対して行われます。高周波ナイフで粘膜下層から病変をはぎ取るように切除する方法で、胃を温存できるため食生活への影響が最小限に抑えられます。
腹腔鏡下手術
おなかに小さな穴を数か所開けて、専用の器具を挿入して行う手術です。開腹手術と比較して傷が小さく、術後の回復が早いという利点があります。早期胃がんから一部の進行胃がんまで適応されていますが、実施には十分な知識と経験を持つ医師が必要です。
開腹手術
おなかを20cmほど切開して行う従来の手術方法です。進行胃がんやリンパ節転移が疑われる場合、周辺臓器への浸潤がある場合に選択されます。直視下で確実な手術操作が可能であり、根治性の高い治療が期待できます。
胃がんの標準的な3つの手術方法
胃がんの手術では、がんの部位と進行度に応じて胃の切除範囲が決定されます。2025年現在、標準的に行われている手術方法は以下の3つです。
手術方法 | 切除範囲 | 適応 | 残存胃機能 |
---|---|---|---|
幽門側胃切除術 | 胃の下部2/3程度 | 胃下部のがん | 胃上部が残存 |
噴門側胃切除術 | 胃の上部1/3程度 | 胃上部のがん | 胃下部が残存 |
胃全摘術 | 胃全体 | 胃全体に及ぶがん、胃上部の進行がん | 胃機能なし |
幽門側胃切除術:最も頻度の高い手術方法
幽門側胃切除術は、胃がん手術の中で最も多く行われている術式です。胃がんは胃の出口である「幽門」周辺にできやすいという特徴があり、これはヘリコバクター・ピロリ菌感染が多い日本人の特徴といえます。
この手術では、がん病変を含めて胃の下部約2/3を切除します。従来の縮小手術(胃の1/3程度の切除)ではなく、リンパ節転移の可能性を考慮して胃の2/3程度を切除するのが標準的です。同時に胃周囲のリンパ節も系統的に切除(D2リンパ節郭清)し、残った胃と十二指腸または空腸をつないで消化管を再建します。
幽門側胃切除術では、胃の上部(噴門部)が保たれるため、逆流防止機能がある程度維持されます。しかし、胃の貯留機能や幽門の調節機能は失われるため、術後には食事摂取量の制限やダンピング症候群などの後遺症が起こりやすくなります。
噴門側胃切除術:比較的稀な術式
噴門側胃切除術は、がんが胃の入り口である「噴門」周辺にできた場合に行われる手術です。がん病変を含めて胃の上部約1/3を切除し、残った胃と食道をつないで再建します。
日本人では胃の上部にがんができることは比較的少ないため、この手術自体の実施頻度は高くありません。しかし、近年は食生活の欧米化に伴い、噴門部がんの発生率は徐々に増加傾向にあります。
この手術では胃の下部(幽門部)は温存されるため、胃の貯留機能や排出調節機能はある程度保たれます。しかし、噴門部の逆流防止機能が失われるため、逆流性食道炎が起こりやすくなるという問題があります。
胃全摘術:最も侵襲の大きい術式
胃全摘術は、胃の上部に大きながんができた場合や、がんが胃全体に広がっている場合に行われる手術です。胃を完全に切除し、周囲のリンパ節も広範囲に切除します。場合によっては脾臓も同時に切除されることがあります。
胃全摘後は、食道と小腸(空腸)を直接つなぎ、十二指腸の幽門側は閉鎖します。小腸を上に引き上げるため、十二指腸は小腸と下方でつなぎ合わせる複雑な再建が必要になります。
胃全摘術は胃の機能が完全に失われるため、術後の後遺症が最も重篤になりやすい手術です。食事摂取量の大幅な制限、栄養吸収障害、ダンピング症候群、逆流性食道炎など、様々な問題が生じる可能性があります。
リンパ節郭清:がんの根治性を高める重要な手技
胃がんの手術では、胃の切除と同時にリンパ節郭清が行われます。これは、がん細胞がリンパ節に転移している可能性があるためです。2025年現在、以下の郭清範囲が標準的に行われています:
- D1リンパ節郭清:胃の近くのリンパ節のみを切除(早期がん)
- D1+リンパ節郭清:D1に加えて一部の遠位リンパ節も切除
- D2リンパ節郭清:胃周囲および遠位のリンパ節を広範囲に切除(進行がん)
リンパ節郭清により、正確な病期診断が可能になり、術後の補助化学療法の必要性を判断することができます。ただし、郭清範囲が広くなるほど手術時間が延長し、合併症のリスクも増加するため、がんの進行度に応じた適切な郭清範囲の選択が重要です。
胃がん手術後の主要な後遺障害・合併症
胃がん手術後には、胃の機能が減少または失われることにより、様々な後遺障害が起こります。これらは「胃切除後症候群」と総称され、患者さんの生活の質(QOL)に大きな影響を与えることがあります。
小胃症候群:物理的な容量制限による症状
小胃症候群は、胃が小さくなったり完全になくなったりすることで起こる最も基本的な後遺症です。主な症状は以下の通りです:
- 食事摂取量の著明な減少
- 少量の食事でもすぐに満腹感を感じる
- 食事後の腹部膨満感や痛み
- 体重減少
この症状は物理的な問題であるため、完全に解決することは困難です。対策としては、食事回数を増やし(1日5-6回)、1回の食事量を減らし、よく噛んでゆっくり食べることが重要です。食事には30分程度の時間をかけ、栄養価の高い食材を選ぶことも推奨されます。
ダンピング症候群:最も頻度の高い後遺症
ダンピング症候群は、胃切除後の最も代表的な後遺症の一つです。胃の出口である幽門の調節機能が失われることで、食べ物が急速に小腸に流入することが原因です。
早期ダンピング症候群
食事中または食後30分以内に起こる症状で、以下のような血管運動症状が現れます:
- 動悸、頻脈
- 冷汗、発汗
- めまい、立ちくらみ
- 顔面紅潮
- 全身倦怠感
- 腹痛、下痢
後期(晩期)ダンピング症候群
食後2-3時間後に起こる症状で、血糖値の急激な変動が原因です:
- 低血糖症状(頭痛、めまい、手の震え)
- 脱力感、倦怠感
- 冷汗
- 集中力低下
食べ物が小腸に急速に移行することで一時的に高血糖となり、これに反応して大量のインスリンが分泌され、その結果として低血糖状態になります。低血糖症状が現れた際は、アメや氷砂糖などの糖分を摂取することで症状の改善が期待できます。
逆流性食道炎:噴門機能失調による症状
逆流性食道炎は、特に噴門側胃切除術や胃全摘術後に起こりやすい後遺症です。胃の入り口である噴門部の逆流防止機能が失われることで、胃液や腸液、胆汁が食道に逆流し、食道粘膜に炎症を起こします。
主な症状は以下の通りです:
- 胸やけ、胸部灼熱感
- 酸っぱいものや苦いものが口まで上がってくる
- 嚥下困難感
- 慢性的な咳
- 声嗄れ
対策としては、食後すぐに横にならない、就寝時は上半身を15-30度程度挙上する、夕食は就寝の3-4時間前までに済ませる、などの生活習慣の改善が重要です。症状が強い場合は、プロトンポンプ阻害薬などの制酸剤や粘膜保護剤の服用も検討されます。
その他の重要な後遺障害
栄養吸収障害と関連症状
胃切除後は、以下のような栄養吸収障害が起こりやすくなります:
鉄欠乏性貧血
胃酸分泌の減少により鉄の吸収が悪くなり、貧血が起こりやすくなります。特に女性では月経による鉄損失もあるため注意が必要です。
ビタミンB12欠乏
胃から分泌される内因子の減少により、ビタミンB12の吸収が障害されます。長期間にわたる欠乏は悪性貧血や神経症状を引き起こす可能性があります。
骨粗鬆症
カルシウムやビタミンDの吸収障害により、骨密度の低下が起こりやすくなります。定期的な骨密度検査と、必要に応じたカルシウム・ビタミンD補充が推奨されます。
胃手術後胆石症
胃切除時にリンパ節郭清を行う際、胆嚢周囲の神経が切断されることがあります。これにより胆嚢の運動機能が低下し、胆汁の停滞により胆石が形成されやすくなります。症状として右上腹部痛が現れ、治療には胆嚢摘出術が必要になることがあります。
乳糖不耐症
胃切除後の患者さんの10-15%に認められる症状で、手術後1-3か月頃に現れます。牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしたり、腹痛や下痢が起こったりします。胃切除によるタンパク質の分解・吸収力低下や腸内細菌バランスの変化が原因と考えられています。
術後の食事管理と生活指導
胃切除後の後遺症を最小限に抑えるためには、適切な食事管理と生活指導が極めて重要です。
基本的な食事原則
- 1回の食事量を少なくし、回数を増やす(1日5-6回)
- よく噛んでゆっくり食べる(1口30回、1食30分を目標)
- 食事中の水分摂取を控える(ダンピング症候群予防)
- 栄養価の高い食材を選択する
- 糖質の多い食品は少量ずつ摂取する
症状別の対策
症状 | 主な対策 | 注意点 |
---|---|---|
早期ダンピング症候群 | 糖質制限、少量分割食 | 食事中の水分制限 |
後期ダンピング症候群 | 糖分摂取、規則的な食事 | 低血糖時はアメなどで対応 |
逆流性食道炎 | 上半身挙上、食後の安静 | 就寝前3-4時間は食事禁止 |
栄養不良 | 栄養補助食品活用 | 定期的な栄養評価 |
最新の手術技術と合併症軽減への取り組み
2025年現在、胃がん手術における合併症や後遺症を軽減するための様々な技術的改良が行われています。
機能温存手術の進歩
早期胃がんに対しては、可能な限り胃の機能を温存する手術が積極的に行われています。幽門保存胃切除術、噴門保存胃切除術などの機能温存手術により、術後の消化機能をより良好に保つことが可能になっています。
ロボット支援下手術の導入
最新のロボット支援下腹腔鏡手術により、より精密で安全な手術が可能になっています。これにより出血量の減少、手術時間の短縮、合併症の軽減が期待されています。
術後ケアの標準化
Enhanced Recovery After Surgery(ERAS)プロトコルの導入により、術前準備から術後回復まで一貫したケアが提供され、在院日数の短縮と合併症の軽減が図られています。
長期的な経過観察と対策
胃切除後の後遺症は、手術直後から数年にわたって継続することがあります。定期的な経過観察により、以下の項目をチェックすることが重要です:
- 栄養状態の評価(体重、血清アルブミン、総蛋白)
- 貧血の有無(ヘモグロビン、血清鉄、ビタミンB12)
- 骨密度の測定
- 消化器症状の評価
- 生活の質(QOL)の評価
患者さんへのサポート体制
2025年現在、胃がん術後の患者さんに対する包括的なサポート体制が整備されています。
多職種チームによるケア
- 医師:治療方針の決定と医学的管理
- 看護師:日常生活指導と症状管理
- 管理栄養士:個別の栄養指導
- 薬剤師:薬物療法の最適化
- 理学療法士:体力維持・向上のためのリハビリテーション
患者会や支援グループ
同じ経験を持つ患者さん同士の情報交換や精神的支援の場として、患者会や支援グループが活用されています。実体験に基づいた食事の工夫や生活の知恵を共有することができます。
将来への展望
胃がん治療は今後もさらなる進歩が期待されています。個別化医療の発達により、患者さんの遺伝子情報や体質に基づいた最適な治療法の選択が可能になると予想されます。また、人工知能を活用した手術支援システムの発達により、より精密で安全な手術が実現されることでしょう。
再生医療技術の進歩により、将来的には胃の機能を代替する人工胃や再生胃の開発も期待されており、術後の生活の質の大幅な改善が期待されています。
まとめ
胃がんの手術方法は、がんの部位、進行度、患者さんの状態に応じて選択されます。幽門側胃切除術、噴門側胃切除術、胃全摘術の3つが主要な術式であり、それぞれに特徴的な後遺障害があります。
術後の主要な後遺症には、小胃症候群、ダンピング症候群、逆流性食道炎、栄養吸収障害などがあり、これらは患者さんの生活の質に大きな影響を与える可能性があります。