
術中照射を理解するために
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
がん治療における放射線治療は日々進化しており、その中でも「術中照射」は特殊な技術として注目されています。この記事では、手術中にがんに直接放射線を照射する術中照射について、その仕組みや対象となるがんの種類、適応条件、実際に実施されるケースなどを詳しく解説します。
通常の放射線治療は体外から照射するため、がんだけでなく周囲の正常な組織にも放射線が当たってしまいます。しかし術中照射では、手術中に体内のがんに直接放射線を当てることができるため、正常な組織への影響を最小限に抑えながら、がん細胞に集中的に放射線を照射できるという特徴があります。
術中照射とはどのような治療法か
術中照射は、手術中に開いた体内に直接放射線を照射する治療法で、「開創照射」とも呼ばれます。通常の体外照射では、皮膚から体内のがんまで放射線が通過する際に、途中にある正常な組織も照射されてしまいます。
これに対して術中照射では、手術で開いた体腔内に直接照射できるため、がんやがんが存在していた部位に集中的に放射線を当てることが可能です。また、照射する必要のない周囲の臓器や組織は手術器具で保護したり、一時的に移動させたりすることで、被ばくを避けることができます。
術中照射の歴史的背景
術中照射は、日本で独自に開発された治療法として世界的に注目されています。1960年代に胃がんに対する術中照射が世界で初めて日本で実施され、その後この技術は欧米諸国にも広がりました。現在では世界中の医療施設で、さまざまながん種に対して術中照射が行われています。
日本は術中照射の分野において先駆的な役割を果たし続けており、現在も技術改良や適応拡大のための研究が進められています。
使用される放射線の種類
術中照射では一般的に、リニアック(直線加速器)で加速された電子線が使用されます。電子線はX線と異なり、体内の限られた深さまでしか到達しないという性質を持っています。
この特性により、照射したい部位より深い場所にある正常な組織を傷つけることがほとんどありません。照射深度は電子線のエネルギーによって調整でき、通常4~12MeV(メガ電子ボルト)程度のエネルギーが使用されます。
対象となるがんの部位
術中照射は、主に体の深部にあり通常の放射線治療では十分な線量を照射しにくいがんや、手術だけでは取り切れない可能性のあるがんに対して実施されます。
膵臓がん
膵臓がんは術中照射の最も重要な適応の一つです。膵臓は体の深い位置にあり、周囲に胃や十二指腸、大腸などの臓器が存在するため、体外からの放射線治療では十分な線量を照射することが困難です。
手術で膵臓がんを切除した後、切除断端や周囲のリンパ節領域に対して術中照射を行うことで、残存している可能性のある微小ながん細胞を攻撃します。特に膵頭部がんでは、血管や神経への浸潤が疑われる場合に術中照射が考慮されます。
直腸がん
直腸がんでは、骨盤内の狭い空間で手術が行われるため、周囲の組織にがん細胞が残存するリスクがあります。特に進行した直腸がんで、切除断端陽性のリスクが高い場合や、局所再発のリスクが高いと判断される場合に術中照射が検討されます。
骨盤内の再発は治療が困難であることが多いため、初回手術時に術中照射を行うことで再発リスクを低下させることが期待されます。
その他の腹部・骨盤内のがん
膵臓がんや直腸がん以外にも、以下のようながんに対して術中照射が実施されることがあります。
| がんの種類 | 術中照射を検討する主な状況 |
| 胃がん | 進行例で周囲臓器への浸潤が疑われる場合、リンパ節転移が広範囲な場合 |
| 膀胱がん | 局所進行例で膀胱全摘術を行う場合、骨盤内への浸潤がある場合 |
| 子宮頸がん・子宮体がん | 進行例で骨盤壁への浸潤が疑われる場合 |
| 後腹膜肉腫 | 完全切除が困難な場合、切除後に腫瘍床への照射が必要な場合 |
| 大腸がん(結腸がん) | 周囲臓器への浸潤があり切除断端陽性のリスクが高い場合 |
術中照射の適応条件
術中照射は全ての患者さんに適応されるわけではありません。以下のような条件を総合的に判断して、術中照射の実施が決定されます。
腫瘍の進行度と位置
術中照射が最も効果を発揮するのは、手術で肉眼的にがんを切除できるものの、顕微鏡レベルでのがん細胞の残存が懸念される場合です。切除断端が陽性になる可能性が高い場合や、切除断端は陰性でも周囲へのがん細胞の浸潤が疑われる場合に適応が検討されます。
逆に、広範囲に転移があり手術での切除が不可能な場合や、がんが大きすぎて手術自体が困難な場合は、術中照射の適応にはなりません。
患者さんの全身状態
術中照射を行う場合、通常の手術よりも手術時間が長くなります。そのため、患者さんの全身状態が良好で、長時間の手術に耐えられることが条件となります。
心臓や肺、腎臓などの重要な臓器の機能が十分に保たれていること、年齢や体力を考慮して手術のリスクが許容範囲内であることが必要です。
施設の設備と体制
術中照射を実施するには、手術室と放射線治療室が近接している必要があります。あるいは、手術室内に専用の照射装置が設置されているか、移動可能な照射装置を使用できる環境が整っていることが必要です。
また、外科医と放射線腫瘍医が連携して治療を行う体制が確立されていることも重要な条件です。
実際に術中照射が実施されるケース
術中照射は、以下のような具体的なケースで実施されます。
ケース1:切除中に照射を行う場合
手術中にがんを切除する前、または切除の途中で、がん病巣そのものに対して照射を行うケースがあります。これは、がんが周囲の重要な血管や神経に浸潤しており、完全な切除が困難と判断される場合に行われます。
まず術中照射でがん細胞にダメージを与えてから、可能な範囲で切除を行うという手順になります。このアプローチにより、手術での切除範囲を最小限に抑えながら、がん細胞の制御を図ることができます。
ケース2:切除後の腫瘍床に照射する場合
最も一般的なケースは、がんを切除した後の腫瘍床(がんがあった場所)に対して照射を行う方法です。肉眼的にはがんを完全に取り除いたように見えても、顕微鏡レベルではがん細胞が残存している可能性があります。
特に膵臓がんや直腸がんでは、周囲の重要な血管や神経を温存する必要があるため、これらの構造物の表面にがん細胞が残存するリスクがあります。切除後すぐに照射することで、残存している可能性のあるがん細胞を攻撃します。
ケース3:リンパ節郭清部位への照射
がんの手術では、原発巣だけでなく周囲のリンパ節も切除(郭清)することが一般的です。しかし、重要な血管や神経の周囲のリンパ節は完全に取り除けないこともあります。
そのような場合、リンパ節を郭清した後の部位に対して術中照射を行い、残存している可能性のあるリンパ節転移を制御します。
術中照射の実際の手順
照射前の準備
手術が進行し、照射が必要な部位が明らかになった時点で、放射線腫瘍医が手術室に入ります。外科医と放射線腫瘍医が協議し、照射する範囲、照射の方向、使用する電子線のエネルギー、照射線量などを決定します。
照射する必要のない周囲の臓器や組織は、鉛のシートで保護したり、手術器具で一時的に移動させたりして、被ばくを防ぎます。
照射の実施
照射野が確定したら、専用のアプリケーター(円筒形の照射器具)を照射部位に接触させます。アプリケーターには様々なサイズがあり、照射する範囲に応じて適切なものが選択されます。
従来の方法では、この時点で患者さんを手術室から放射線治療室まで移送する必要がありました。移送中は麻酔を維持し、手術創は滅菌シートで保護されます。放射線治療室で照射が行われた後、再び手術室に戻って手術を完了させます。
最近では、手術室内に移動可能な小型の電子線照射装置が導入されている施設もあります。この装置を使用すれば、患者さんを移動させることなく、手術室内で照射を完了できます。
照射線量
術中照射では、1回の照射で通常の放射線治療の数倍から10倍程度の線量を照射します。具体的には15~20グレイ(Gy)という線量が用いられることが多くなっています。
通常の体外照射では、1回2グレイ程度を毎日繰り返し、合計50~60グレイを数週間かけて照射します。しかし術中照射では、手術中の1回しか照射の機会がないため、このように高線量を一度に照射するのです。
術中照射のメリット
正常組織への影響を最小化
術中照射の最大のメリットは、正常な組織への放射線の影響を最小限に抑えられることです。手術で開いた体内に直接照射できるため、皮膚や皮下組織、筋肉などへの照射を避けることができます。
また、照射が必要ない周囲の臓器は物理的に保護したり移動させたりできるため、これらの臓器への不要な被ばくも防げます。
高線量の集中照射が可能
通常の体外照射では、正常組織へのダメージを考慮して1回あたりの線量を制限する必要があります。しかし術中照射では、がんやがんがあった部位に直接照射できるため、1回で高線量を安全に投与できます。
これにより、残存している可能性のあるがん細胞に対して、より強力な効果を期待できます。
治療完結までの期間短縮
通常の放射線治療では、数週間にわたって毎日通院する必要があります。しかし術中照射は手術時の1回で完結するため、放射線治療のための通院負担がなくなります。
ただし、がんの状態によっては、術中照射に加えて術後に体外照射を追加することもあります。
術中照射の課題とデメリット
実施可能な施設の限定
術中照射を実施するには、特殊な設備と専門的な技術を持つ医療チームが必要です。手術室と放射線治療室を近接して配置するか、手術室内に専用の照射装置を設置する必要があり、これらの条件を満たす医療施設は限られています。
手術時間の延長
術中照射を行う場合、通常の手術に加えて照射の準備と実施の時間が必要になるため、手術時間が延長します。患者さんが麻酔下にある時間が長くなることで、術後の回復に影響する可能性があります。
照射部位の判断の難しさ
手術中に、どの範囲にどの程度の線量を照射するかを決定する必要があります。この判断は外科医と放射線腫瘍医の経験と技術に依存する部分が大きく、最適な照射条件を決定するには高度な専門性が求められます。
術中照射を実施している施設
日本国内では、大学病院やがん専門病院などの一部の施設で術中照射が実施されています。主に以下のような施設で治療が行われています。
・国立がん研究センター中央病院、東病院
・京都大学医学部附属病院
・国立病院機構九州がんセンター
・愛知県がんセンター
・その他の主要な大学病院やがん専門病院
術中照射を希望する場合は、まず現在治療を受けている医療機関の主治医に相談し、術中照射が適応となるかどうか、また実施可能な施設への紹介が可能かどうかを確認することが必要です。
費用と保険適用
術中照射は保険適用の治療となっています。費用は通常の手術に放射線治療の費用が加算される形になります。具体的な金額は、がんの種類や手術の内容によって異なりますが、高額療養費制度の対象となるため、実際の自己負担額は所得に応じた上限額までとなります。
術前に医療機関の医療ソーシャルワーカーや医療相談窓口で、費用について相談することをお勧めします。
術中照射と他の治療法の組み合わせ
術中照射は、多くの場合、他の治療法と組み合わせて実施されます。
術前化学療法との組み合わせ
手術前に抗がん剤治療を行ってがんを縮小させてから、手術と術中照射を行うアプローチがあります。特に膵臓がんや直腸がんでは、術前化学療法によってがんの勢いを抑え、手術での完全切除の可能性を高めることが期待されます。
術後補助療法との組み合わせ
術中照射を行った後も、術後に抗がん剤治療や体外照射を追加することがあります。これは、遠隔転移の予防や局所再発のさらなる抑制を目的としています。
がんの種類や進行度、手術での切除状況などを総合的に判断して、術後の治療方針が決定されます。
術中照射の効果と予後
術中照射の効果については、がんの種類や進行度によって異なります。膵臓がんでは、術中照射を行うことで局所再発率が低下し、生存期間が延長する可能性が報告されています。
直腸がんにおいても、術中照射によって骨盤内再発のリスクが低下することが示されています。ただし、術中照射はあくまでも局所制御を目的とした治療であり、遠隔転移を完全に防ぐことはできません。