がん治療において、医療先進国といわれる日本でも、1990年代くらいまでは治療の選択肢がとても少なく、インターネットや書籍での情報量少なく、がんになったら体を医師に預けて任せるという風潮でした。
医療に関する情報は主に医療関係者向けのものがほとんどで、がんの治療は閉ざされた世界において行われきたといえます。ゆえに病院や医師のいうことは絶対で、黙って従うものだと考える人も多かったのです。
患者や家族が自分の治療内容や、受ける医療行為について積極的に質問をしたり、意見を述べるというケースはとても稀なことでした。どちらかというと医療行為に疑問を持って質問したり、治療法について患者サイドが口を出すというのは医者に対して失礼だという空気があり、むしろタブーに近いものでした。
2010年代以降はがんを含めて医療における選択肢が増えました。がんに関する情報もその内容のレベルは別として、世の中に氾濫しているといってもよいくらいに入手しやすくなりました。
その結果、患者サイドの権利意識も高まり、医師は患者の要求に従って、医療情報ならびに医療技術を提供すればよいとする考えを持つ人も現れてきました。しかし、これは極端な考えだといえます。
現在では、患者は自分の病状と医療の選択肢について、十分な説明を医師から受けて、その説明内容を理解し、その治療によるメリット・デメリットを納得した上で、自分が選択し、医療を受けることが原則とされ、認知されつつあります。
医師・看護士はは患者が納得できるように分かりやすく、十分な説明をしなければなりません。それは医療者の義務といえます。そもそも患者の承諾・同意なしには、緊急救命以外の医療行為は許されてはいません。
この医療者の行う説明を患者が理解して、患者が意思決定することをインフォームド・コンセント(説明と同意)といいます。
医師が説明しなければならないこととは?
インフォームド・コンセントを実施するにあたって医師は、次のような事項は必ず説明しなければならないとされています。つまり、患者も自身の治療行為を検討して決断する前にそれらの情報を医師と共有しなければならないということです。
不十分な情報で命に関わる決断をすることは、悔いを残すことにつながります。医師は、必要ならば何回も機会を作って、患者や家族にしっかりと説明を行い、受けた側はその説明内容を十分に検討してから、納得できるがん医療を選択・決定することが大切です。
<インフォームド・コンセントに求められる事項>
1.現時点での病名
2.現時点でのがんの病期判定
3.治療・検査の目的(必要性)
4.治療・検査のリスク
5.治療成績(成功率、合併症発生率など)
6.予測される治療期間
7.治療を実施した場合の予後
8.治療後の定期的な検査とケア
9.予測される医療費
10.他の治療・検査の可能性
11.提案した治療を実施しなかった場合の予後
12.個人情報の取り扱い
病名
がん医療のなかで最もデリケー卜な問題が告知です。かつてはがん治療は心身ともに多大なダメージがあり、回復するケースも極めて少なかったため、医療行為者に対しても「がんだと告知してはならない」という教育がされていました。
しかし、倫理観の変化、重大な事実を患者に隠すという行為について問題視されるようになり、がんの検査技術や治療技術も発展したことから、「医師は告知するのが当然で、患者は事実を知るべき」という風潮に変化してきました。
また、末期でない限り、がんの初期治療のあとは普段の生活に戻る人も多くなったため、QOL(生活の質)を重視するように患者も医療者も考え方が変わってきました。そのためには患者自身ががんであることを認識していない限り、計画だてた治療は不可能なことです。
そういった経緯から、現在では積極的にがんを告知するようになっています。患者の自己決定権という基本的人権の尊重という観点からも、がんであることを隠すことはできなくなったといえます。
しかし、がん告知により患者のほとんどは何らかの強い精神的打撃を受けます。担当医は最大限の配慮のもとに、慎重にがんの告知をしなければなりません。つまり、個々の患者の理解能力、家族をはじめとするサポート体制の程度、がんの種類や病期、患者の心理状態などを考えて、がん告知を実行することが求められています。
がん告知は、担当医師にとってはがん医療を進めるための信頼関係をさらに強めるために通らなくてはならない難しい瞬間ですがこれをきちんとできる医師は現代でも少ないという雰囲気です。言い方ひとつで心証を害するということを医師は知っておくことが大切です。
患者にとっては、病名を知るだけでは、自分の生命に関わる治療法についての意思決定をするには不十分です。担当医は、がんが発生している部位、がんの大きさ、個数、拡がりの程度など、その時点で分かっている情報を具体的に説明をしなければなりません。
事実を具体的に伝える必要があるため、X線写真、超音波、CT、MRI、シンチグラム、内視鏡写真などの画像診断や病理組織診断、治療成績などの資料を患者に提示することは、当然のことだといえます。
この際、最も重要なことは、がん細胞が病理組織学的にどう診断されたのかを詳しく説明することです。がん細胞の種類によって、悪性の程度、治療法、治療効果、予後などが相違します。したがって、がん細胞の種類についても分かっている範囲で伝える必要があります。
病期(ステージ)
がんは病期によって大きく治療法が異なりますし、予後を大きく左右します。ただ、病期の判断は診療経過の中で変わってくることがよくあります。その理由の1つが、診療が進むにつれてがん腫瘍についての詳しい情報が得られてくるからです。
例えば手術の際に、担当医が転移の状態などを肉眼的に観察したり、手術中に得られた組織を手術後に病理検査し、より詳しい情報が得られたために、初期のころに伝えられた病期診断が修正されることがあります。
治療(検査)方法
「とりあえずこの検査ね」と手段だけを伝えるのではなく、どのような目的のための治療(検査)を行うかを、明確にしてから話を進めることが担当医には求められます。
担当医は、自分の専門範囲や治療への考え方にとらわれずに、客観的にがんの治療(検査)法について説明しなければなりません。ましてや患者の選択・決定を意図的に誘導するような説明は、慎まねばならないされています。
現在、がんの治療の内容には、標準療法とされているものだけでも複数の選択肢があります。どのように治療を組み合わせるか、担当医は各領域の専門家が協議して、その患者さんにとって最善と思われる総合的治療計画を立てることが求められます。
特に治療に関するデメリットの説明は重要です。デメリットの中には、治療(検査)に伴う副作用の発現、後遺症の発生、生命の危険など、見過ごせないものがあります。これらの大小さまざまのデメリットについては、担当医が自主的に患者に説明するのが当然のことだといえます。
この点は医師と患者の信頼関係構築の上からもとても重要なことです。総括的に抽象的に説明するのではなく、具体的にどのような副作用か、後遺症としてどのような事態があるか、どれくらいの割合で起こっているのかを、自施設の数字を挙げて説明する必要があります。
また、そのようなデメリットが発生した場合の対処方法として、どのような準備がされているのか、経験例数やその結果などについて説明するべきです。
このようにして患者はいくつかの治療メニューのメリット・デメリット、およびその根拠について、十分な説明を受けてから、最終的に治療(検査)法を選択・決定します。その場で即断する必要はありません。よほど緊急の場合を除けば治療(検査)の実施を決定するための十分な時間があります。
治療成績
がんの種類、病期などを基準にして、患者が今後受けるであろう治療法の治療成績は、担当医は積極的に知らせておくべきだといえます。患者サイドも医療サービスを受ける医療機関の力量を知った上で、医療を受けるかどうかを決定することが大切です。
まだ積極的に言う医師のほうが少ないため、患者は、遠慮せずに当該病院の治療成績を尋ねるべきです。担当医は、患者が質問しやすい環境を整備すべきだといえます。また、患者の質問に対して、誠実に答える義務があります。
過去から現在までの治療成績を公表している医療施設も数多くありますし、現代医療では医療機関が積極的に自己の医療施設の治療成績(生存率、生存期間など)の表やグラフを予め用意ししなければなりません。
治療期間
治療を始める前は予測でしかありませんが、ある程度の一般的な治療期間を知っておかないと、患者も家族も日常生活の設計ができません。がんの診療は長期になることがほとんどですので、その治療期間中に起きうる身体能力の変化についての予測もしたうえで、日常生活にどんな影響がでるのかも伝えなければなりません。入院生活か自宅療養か、外来通院か、就労可能か、旅行や趣味も続けられるのかなど、具体的に予測内容の説明をすることが重要です。
予後の予測
がんである限り、程度の差はあっても再発の可能性は否定できません。がん再発の可能性については、治療前はもちろん、治療の区切りで必要な場合(手術終了時点、化学療法終了時点、退院時、手術後1年目など)は、患者に伝えて共有すべきです。
ただし、これは予測なので一般論に近くなります。そのため多数の症例について調査された全国集計の結果を参考資料として共有しておくことも大切だといえます。
また、再発を防ぐために何をするほうがよいのか、発生する後遺障害などはないかなども含めて、担当医は説明しなければなりません。
治療後の定期的な検査とケア
がん治療は長期化する傾向にあります。一次治療のあとの再発や転移、または二次がんの発生(別のがんが発生すること)も考慮しておかなければなりません。これらのがんの発生予防、早期発見・早期治療を目指して、定期的に検査や確認が行われます。
具体的には画像診断と腫瘍マーカーの変動をみて、定期的にその経過を把握していきます。そのため担当医は具体的な定期検査の計画を立てて、それを患者にあらかじめ知らせておかなければなりません。検査方法はがんの部位やタイプ、状況によって異なりますので、患者と十分に話し合って、実行可能でもっとも有益な方法を決めます。
費用
がんの医療費は高額です。また、治療は長期になります。保険による給付があるにしても、患者や家族の経済的負担は無視できません。日本には高額の医療費の支払いについての公的減免制度があります。どんな制度があるのか患者サイドよりも医療機関のほうが情報を持っているので、どんな制度が使えるのか、または可能性があるのかを話しておくことが大切です。費用によってその治療を受ける・受けないが変化する可能性があるからです。
個人情報について
患者に関する情報は、おもにカルテに記載されています。記載されていなくても、患者さんに関して医療機関が得た情報は、患者の診療以外には承諾なしには使えません。患者の情報すべて患者のものです。
もちろん、カルテをはじめとする診療記録書類、画像診断に使われたフィルム・写真、診断図・脳波などの記録も患者の個人情報です。それだけでなく手術や生検などで得られた組織、採血検査された後に検査室に保存しである血液などの生体資料も患者のものなので、医療機関が無断で研究などに使用することは認められていません。
医療機関は、それらの情報や資料について保存管理義務があるに過ぎません。ただ、法定の保存期間が過ぎた後の情報をどのように取り扱うかに関しては、定められておらず、実質上は医療機関の裁量に任されています。
将来、研究や教育のために得られた情報や資料を、患者の診療以外に利用する可能性を考えて、患者さんからあらかじめ承諾を得ておくことを考えている医療機関もあります。
以上、インフォームド・コンセントについての解説でした。