乳がん抗がん剤治療の意味と目的
乳がんにおける抗がん剤治療の目的は大きく2つあります。第一に、初期治療においては再発率を低下させること、第二に、転移・再発時においては、がんを縮小させ、がん進行による症状を緩和することです。
これらの目的をもって治療する場合、実際にどのような作用があるのか、どのような効果があるのかについて、2025年現在の最新情報を含めて詳しく説明します。
乳がん抗がん剤治療を使用する目的と理由
乳がんは周囲のリンパ節に転移し、さらに血液やリンパの流れにのって肺、肝臓、骨などに転移します。乳がんが乳房にとどまっている場合には、手術や手術と放射線を併用する局所治療で初期治療は完了といえますが、乳房とそのまわり以外の場所にわずかでも転移があって(これを微小転移といいます)、それが残っていると、後に再発を起こす原因になります。
再発するとがんが及ぶ範囲が広域になり、治療が困難になります。そのため、がん細胞がからだのどこかに潜んでいる可能性がある場合は、これを根絶しなければならないと考えられているのです。手術・放射線は一部分のがんを攻撃する治療法ですが、いっぽう抗がん剤は全身に行き渡るので、潜んでいる可能性があるがん細胞を攻撃することができます。
抗がん剤は全身の正常細胞にも影響を与え、吐き気、脱毛、白血球減少などの副作用を起こしますが、患者にとって副作用が許容される範囲にとどまる場合には、がん治療として一定の意味がある治療手段となります。
また、乳がんがみつかった時点で他の臓器に転移している場合や再発の場合は、がん細胞がからだのあちこちに存在している状態ですので、これらを縮小させたり、大きくならないように抑えたり、症状を和らげる目的で抗がん剤を用います。
乳がん抗がん剤治療の種類と使用タイミング
乳がんの場合、抗がん剤は1種類ではなく、多くの薬を同時に用いる場合が多いです。これは、作用の仕方が異なる複数の抗がん剤を同時、または順番に使用することによって、より効率よくがん細胞を攻撃する効果が期待できるからです。
乳がんの広がりに応じて抗がん剤は、術前化学療法、術後化学療法、転移・再発に対する化学療法の3つの場合に用いられます。2025年現在では、これらの治療法に加えて分子標的治療薬や免疫療法薬なども組み合わせた個別化治療が主流となっています。
術後化学療法の効果データと最新成績
手術後の抗がん剤治療は再発率、死亡率を低下させるというデータがあります。CMF療法による再発軽減率は24%で、年間1,000人が再発すると仮定すると、その24%である240人の再発を一定期間において防ぐことができるという意味です。
アンスラサイクリン系薬剤を含む治療はCMF治療に比べて、さらに12%再発を減少させます。アンスラサイクリン系薬剤にタキサン系薬剤「パクリタキセル(タキソール)またはドセタキセル(タキソテール)」を追加することにより、さらに17%の再発を減少させるというデータがあります。
したがって、アンスラサイクリンとタキサンを順番に投与する治療は、治療をしない場合に比べて44%の再発予防効果があると考えられます。これは年間1,000人のうち445人の再発を一定期間において防ぐことができるという意味です。
2025年現在の最新データでは、さらに新しい薬剤の追加により効果が向上していることが報告されています。特に、個々の患者さんのがんの性質に応じた個別化治療により、より高い効果が期待できるようになっています。
術後化学療法の適応基準
再発の可能性に応じて、どのような抗がん剤治療を行うか決定します。以下の場合は、再発の可能性が高くなると考えられていますので、術後に抗がん剤治療を行うことが検討されます。
腋窩リンパ節に転移があった場合、腋窩リンパ節に転移はないが、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体がともに陰性である場合、病理検査で乳がんの大きさが2cmを超える場合、病理検査で乳がん細胞あるいは核の異型度(悪性度)が強い場合、年齢が35歳未満である場合、がん周囲の脈管侵襲(血管やリンパ管へがんが広がること)がある場合、HER2陽性の場合などが挙げられます。
近年では、遺伝子検査技術の進歩により、より精密な予後予測が可能となっており、個々の患者さんに最適な治療法を選択できるようになっています。
転移・再発乳がんに対する抗がん剤治療の効果
肺や肝臓、骨に転移・再発した乳がんは「肺がん」や「肝臓がん」ではなく、乳がんの「肺転移」、「肝転移」なので、乳がんに効果のある抗がん剤が使われます。抗がん剤によってがんを縮小させたり、進行を抑えることを目的とします。
骨転移がある場合には、ゾレドロン酸(ゾメタ)などのビスフォスフォネート製剤をホルモン剤または抗がん剤と同時に用いることによって、骨転移に伴う痛み、骨折などの頻度を減少させ、症状の進行を遅らせることをねらいます。
乳がんの分野は新しい薬や治療法も次々と開発されていますので、その効果や副作用を調べることを目的とした臨床試験や治験に参加することを検討する価値があります。特に2025年現在では、免疫療法薬やADC(抗体薬物複合体)などの新しいタイプの治療薬が数多く開発されており、治療選択肢が大幅に拡大しています。
2025年最新の乳がん治療薬と効果
2025年現在、注目すべき新薬として、トラスツズマブ デルクステカン(商品名:エンハーツ)があります。この薬剤は抗体薬物複合体(ADC)という新しいタイプの治療薬で、HER2陽性乳がんだけでなく、HER2低発現の乳がんにも効果を示すことが確認されています。
2025年1月には、米国FDA(食品医薬品局)において、化学療法未治療のホルモン受容体陽性かつHER2低発現またはHER2超低発現の転移・再発乳がんに対する適応拡大が承認されました。これにより、従来は治療選択肢が限られていた患者さんにも新たな治療の可能性が広がっています。
また、ダトポタマブ デルクステカン(商品名:ダトロウェイ)も2024年に新薬として承認され、化学療法歴のあるホルモン受容体陽性・HER2陰性の転移性乳がんに使用できるようになりました。
さらに、HER2陽性乳がんに対する新薬として、ツカチニブが2025年3月に承認申請されており、今後の承認が期待されています。
抗がん剤の種類と用量の決定方法
抗がん剤は決められた組み合わせで、決められた量を使用することが推奨されています。薬の組み合わせや用量は、臨床試験を通じて「この量ならこの効果がある」と確認されたうえで、決定されています。
抗がん剤は1種類だけを用いることはほとんどなく、多くは複数の薬を同時または順番に使います。これは、効き方が違う薬をいくつか用いたほうが、がんを抑える作用が高くなるからです。
また用量については、副作用が耐えられる範囲内で、最大限使える量を設定してあります。これらは、数多くの臨床試験から得られたデータを通じて、時間をかけて決められているものです。
したがって、抗がん剤の組み合わせや用量は、患者さんにとって最も高い効果が期待できるものだと考えられています。そのため一般の病院では決められた組み合わせで、決められた用量を使う必要があると説明をされるでしょう。
副作用の症状が強く出たときは、減量したり薬をしばらく休んだりする(休薬する)こともありますが、基本的には決められた用量で行われるのです。規定された投与量を勝手に増減することは、治療効果と副作用のバランスを崩し、最善の治療から離れたものになる可能性がありますので、決められた量と回数で使用することが推奨されます。
代表的な乳がん抗がん剤の種類と効果
がんは、からだの細胞の中にある遺伝子のDNAという、細胞増殖を制御している物質に何らかの原因で変異が起こり、本来なら細胞増殖が止まるはずが、際限なく増殖することで起こる病気です。
抗がん剤はDNAそのものに作用したり、細胞が増殖する過程のどこかを障害したりすることで、がん細胞の増殖を抑えるものです。細胞の増殖の過程は大きく分けて、DNAが合成される時期と分裂する時期に分かれていて、抗がん剤によって標的になるところが異なります。
抗がん剤を複数種類用いるのは、標的が違う薬を組み合わせて使うことで、がん細胞の増殖を抑える効果がより高くなると考えられているからです。なお、抗がん剤の効果を表す指標として「奏功率」を使いますが、これは、臨床試験などで多くの患者さんに使用したときの「一定期間においてがんの大きさが半分以上小さくなった人の割合」を示したものです。
アンスラサイクリン系薬剤
アンスラサイクリン系薬剤は、DNAを直接攻撃して破壊する薬です。乳がん治療に最もよく使用される薬剤で、アドリアマイシン(アドリアシン)、エピルビシン(ファルモルビシン)などがあります。
アドリアマイシンを含む併用療法にはAC、CAF(またはFAC)、CAF(内服)、エピルビシンを含む治療にはEC、FEC、CEF(内服)があります。転移・再発乳がんに対して最初に用いた場合の奏効率は50~60%、効果持続期間は約6~12カ月です。
術後化学療法として使用する場合、アンスラサイクリン系薬剤を含む併用療法は、手術だけの場合と比較して、再発を33%減少させることが知られており、再発の危険性の高い人に対して行うことが推奨されています。
タキサン系薬剤
タキサンとは、「西洋イチイ」という植物を原料にしてつくられた薬で、細胞の分裂過程を阻害します。タキサン系薬剤にはパクリタキセル(タキソール)とドセタキセル(タキソテール)があります。パクリタキセルは毎週投与、または3週毎投与が、ドセタキセルは3週毎投与が多く使用されます。
転移・再発乳がんに対するタキサンの奏効率は30~50%です。転移・再発乳がんに対して二番目の治療として使用した場合、効果持続期間は約6カ月です。タキサン系薬剤は一次治療としても使用されます。術後化学療法として、アンスラサイクリン治療後にタキサンを使用した場合、再発を44%減少させますので、術前化学療法としての使用が推奨されています。
その他の重要な抗がん剤
アルキル化薬としては、DNAに直接作用して増殖を抑える薬で、代表的なものにシクロホスファミド(エンドキサン:C)があります。アンスラサイクリン系の薬と組み合わせて使用します。
ビンカアルカロイド系薬剤では、細胞が分裂する過程を阻害する薬で、ビノレルビン(ナベルビン)があります。転移・再発乳がんに対して、3番目の治療として約20%の奏効率を示します。
5-FU系薬剤では、DNAの合成を阻害することでがんを抑える薬です。代表的なものに5-フルオロウラシル(5-FU)があります。内服薬として、ユーエフティ(UFT)、カペシタビン(ゼローダ)、テガフール・ギメラシル・オテラシル(ティーエスワン)などの製剤があります。
個別化治療と遺伝子検査の進歩
2025年現在、乳がん治療において個別化治療とバイオマーカーは非常に重要な役割を果たしています。個々の患者のがんの特性に基づき、最適な治療を選択することで治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えることができます。
最新の研究では、特定のバイオマーカーを活用した新たな治療法や、免疫療法、分子標的治療が進展しており、乳がん治療の未来を大きく変える可能性が示されています。液体生検を使用して循環腫瘍DNA(ctDNA)を検出する技術が進化しており、患者の予後予測や治療効果のモニタリングが容易になることが期待されています。
遺伝子検査による治療選択の精密化は、不必要な治療を避け、必要な患者さんにより強力な治療を提供することを可能にしています。これにより、患者さんの生活の質を保ちながら、最大限の治療効果を得ることができるようになっています。
免疫療法と新しい治療アプローチ
乳がんの免疫療法は、これまで主にトリプルネガティブ乳がんなどの特定のサブタイプで効果が期待されてきましたが、近年、広範囲な乳がんサブタイプに対しても新たな可能性が見出されつつあります。
免疫チェックポイント阻害薬や腫瘍浸潤リンパ球(TILs)を利用した治療法の開発により、乳がん治療における免疫療法は大きく前進しています。これらの進展は、乳がん治療の選択肢を広げ、より個別化された治療戦略を可能にすることで、患者の生存率や生活の質の向上に貢献すると期待されています。
2025年3月からは、大阪大学で抗がん剤抵抗性を解除する新規抗体医薬「PT0101」の世界初の臨床試験が開始されており、従来のがん治療では克服が困難であった抗がん剤抵抗性に対し、新たな治療戦略の可能性が広がっています。
治療効果の評価と今後の展望
乳がん抗がん剤治療の効果は、多くの大規模臨床試験により科学的に証明されています。術後化学療法では明確な再発予防効果が示されており、転移・再発時の治療では症状の緩和と生存期間の延長効果が確認されています。
2025年現在、治療技術の進歩により、従来の抗がん剤に加えて分子標的治療薬、免疫療法薬、ADCなどの新しいタイプの治療薬が次々と登場しており、患者さんの治療選択肢は大幅に拡大しています。
今後の展望として、さらなる個別化治療の進展、副作用の軽減、治療効果の向上が期待されています。特に、人工知能を活用した治療選択支援システムの開発や、より精密な遺伝子解析技術の臨床応用により、一人ひとりの患者さんに最適化された治療が提供できるようになることが予想されます。