乳がんにおける「乳房温存療法」とは、乳房の温存手術(腫瘍のある部分を中心に切除手術をすること)+放射線治療の組み合わせのことです。
ここでは温存手術後に行われる放射線治療の詳細について解説します。
乳房温存手術後の放射線治療ではどの部分に照射する?
放射線治療の効果は、放射線を照射した部分にのみ現れます。十分な効果があり、副作用が少ない放射線治療を行うためには、必要かつ十分な照射範囲を決定することが大切です。現在の標準治療は、温存した乳房全体を照射する方法(全乳房照射)です。
最近、欧米でがんのしこりのあった場所の周囲のみに短期間で集中的に照射する方法も試されています。しかし、温存した乳房全体を照射する方法と同じ効果があるかどうかはまだわかっていません。
術後の放射線治療の線量や治療期間はどのくらい?
全乳房照射では、手術した乳房全体に対して1回線量1.8~2.0Gy、総線量45~50Gy程度を約5週間かけて行います。一度にすべての量をかけるのではなく、少しずつ分割してかけるのは、正常組織への影響を小さくして、がん細胞だけを弱らせて死滅させるためです。
なお、1回の照射時間は1分程度で、通院の時間以外は通常の生活が可能です。
放射線治療の効果は、どれだけの総線量を何回に分けて、どれだけの期間に照射したかで決まってきます。一般に手術後に残っているかもしれない、目にみえない程度のがん細胞に対しては、50Gy程度を5週間くらいかけて治療する方法が有効とされています。
毎日続けて照射することにより、がん細胞が次第に少なくなっていきます。途中に長期間の休みを入れてしまうと、同じ総線量を照射しても効果が薄れます。ただし、数日程度の延長であれば問題はありません。
カナダやイギリスでは、治療期間の短縮を目的として上記とは異なった線量や照射回数での治療も行われています。総線量42.56Gy(2.66Gyを16回)を22日間で治療する方法で、効果と副作用は従来の方法とほぼ同等であることがわかっています。したがって、病院が遠くて通院が困難な状況ではこのような方法も選択肢として考えてよいといえます。
全乳房照射後の追加照射は可能か?
全乳房照射後にしこりのあった周囲に追加照射(ブース卜照射)を行うことは、乳房内の再発を減少させるのに有用とされています。乳房全体に多くの線量を照射することは、副作用が多くなり好ましくありませんが、乳房内の再発の多くは、しこりのあった周囲に起こるので、この部分に追加照射をしておくことで再発を減らせると考えられています。
特に切除断端陽性の場合など、がん細胞の取り残しの可能性が高い場合は、10~16Gyの追加照射を行うことがー般的です。一方、切除断端陰性でがんを取りきれたと思われる場合でも、追加照射によって乳房内再発が減ることがわかっています。ただしこの場合は、そもそも乳房内に再発する危険度がそれほど高くないので、追加照射による再発の減少の効果は大きいものではありません。
また、この再発抑制効果は年齢が高くなるほど弱くなることもわかっています。高齢の患者さんでは追加照射の必要性について、個別の状況に応じて判断したほうがよいでしょう。
術後の腋窩や他のリンパ節領域に対する放射線治療は行うのか?
現時点では、腋窩リンパ節の切除術(腋窩リンパ節郭清)に代わるものとして腋窩照射をすることはほとんど行われていません。また、腋窩りンパ節郭清の後に放射線治療をすることについても同様です。
何らかの事情でまったく腋窩リンパ節郭清が行われなかった場合、腋窩照射を行うことによって、腋窩リンパ節郭清に劣らない治療成績をあげることができるかどうかが問題になります。
腋窩リンパ節郭清と腋窩照射を比較した臨床試験では、両者の生存率に差はみられなかったものの、腋窩リンパ節再発は腋窩照射を受けた患者さんに多くみられたことで、手術の代わりに腋窩照射をすることは行われていないのです。
また、腋窩りンパ節の郭清後さらに腋窩に放射線治療を追加することは生存率を改善せず、かえって腕や肩の副作用が増える傾向にあります。ただ、乳房温存療法で腋窩リンパ節への転移が4個以上あった場合に、鎖骨上窩リンパ節への放射線治療が有用とする報告もあり、日本のガイドラインでも放射線治療を勧めています。
また、胸骨のそばにある胸骨傍リンパ節への転移はまれであり、放射線治療の効果が不明なので実際にも行われていません。
術後放射線治療の際にみられる副作用とは
手術後の放射線治療中または治療後数力月のうちに現れる副作用としては、皮膚炎、倦怠感、放射線肺炎などがあります。皮膚炎はほとんどの患者さんでみられますが、重篤なものではありません。それ以外の副作用も頻度は少なく、大きな問題になることはほとんどありません。
乳房切除術後の照射では、胸壁に加えて周囲のリンパ節を照射することが多く、副作用は乳房温存手術後の放射線治療の場合より、やや増加します。
放射線治療中と終了後まもなく現れる副作用
放射線照射による副作用が現れるのは照射した部位に限られますので、乳がんの場合は胸壁、周囲のリンパ節領域です。頭髪の脱毛、吐き気やめまいなどはなく、白血球減少もほとんど起こりません。放射線をあてている間に痛みや熱さを感じることもありません。放射線がからだに残ることもありません。
照射期間中に疲れやだるさを感じる患者さんもいますが、基本的には日常生活や仕事をしながら受けることが可能です。開始して3~4週間後くらいで、放射線が当たっている範囲内の皮膚が日焼けをしたように赤くなり、ひりひりすることがあります。このような場合に皮膚を冷やすほうがよいかどうかについては、よくわかっていません。
照射部位は皮膚が弱くなっているので絆創膏を貼るのは避けましょう。また、からだを洗うときにも強くこすったりしないよう気をつけましょう。場合によっては皮がむけたり、水ぶくれのようになることもありますが、治療が終了すれば1~2週間で改善します。
照射後は皮膚が黒ずみ、汗腺や皮脂腺の働きが一時的に衰え、触れると暖かく感じたり皮膚も力サカサすることがあります。乳房温存手術後の照射の場合は乳房全体が少し腫れて硬くなったり、痛んだりすることもあります。多くの患者さんではこれらの症状は数年以内にかなりの程度回復するので、日常生活で苦になることはほとんどありません。
放射線治療終了後しばらくして現れる副作用
放射線治療が終了して、数力月~数年後に出る副作用を晩期の副作用といいます。放射線が肺にかかることによって起こる肺炎はまれですが、治療後数カ月以内に100人に1人くらいの割合でみられることがあります。
咳や微熱が長く続くときは病院(できれば照射を受けた病院)を受診しましょう。「放射線治療を受けた」という情報が重要ですので、医師にその旨を伝えましょう。放射線による肺炎は適切な治療により治癒します。
治療後数力月以降にみられる副作用の頻度は少なく、あまり問題となりません。乳房に放射線を当てることによって乳汁をつくる機能は失われるので、放射線治療後に赤ちゃんを産んだ場合は、照射した乳房から母乳が出ることはありませんが、反対側の乳房から授乳できます。
また、腕がむくむことがありますが、頻度や程度は手術方法によって異なり、大きな手術を受けた場合ほどリスクは高くなります。かつては、放射線が心臓にあたってしまうことによる心筋梗塞などの心臓障害も心配されましたが、現在は放射線治療の技術が高くなったため、ほとんど問題になりません。
放射線治療で他のがん(二次がん)が発生する可能性は?
この場合の二次がんというのは、乳がんの治療後に治療が原因で別の部位(例えば肺や大腸など)にがんが発生することをいいます。乳がんを経験された患者さんは、乳がんの病歴がない女性に比べると、二次がんを生じる割合が高いことが知られています。
原因はいろいろで、遺伝、環境因子、抗がん剤治療や放射線治療などが考えられます。しかし、リスクが増加するといっても、二次がんになる患者さんの数はごくわずかであり、頻度もせいぜい1%程度と非常に少ないので、放射線治療による利益は二次発がんの危険性よりも上回ると考えられています。
また過去において、今は使われていないような古い照射装置で治療を受けた患者さんの中に、ねらった照射野の外にわずかに漏れ出た放射線により、胸の周辺に二次がんができたと考えられている事例があります。しかし現在は放射線照射の技術が格段に向上し、このような原因による二次がんの発生はきわめて少ないと思われます。
放射線治療は早く受けたほうがよいのか?
がんは進行性の病気なので乳房温存手術後に、特別な理由もなく放射線治療の開始を遅らせることは望ましくないといえます。しかし、放射線治療と抗がん剤治療の両方を受ける必要がある場合には、抗がん剤治療が終わってから放射線治療を開始しても差し支えないといえます。
放射線治療に加え、化学療法(抗がん剤治療)も実施する場合
乳房温存手術を受けた患者さんは、年齢や病気の性質、病気の進み具合などによって、放射線治療だけを受ければよい場合や放射線治療と抗がん剤治療の両方を受けなければならない場合があります。
前者では①放射線治療はいつ頃までに始めたほうがよいか、後者では②放射線治療と抗がん剤治療のどちらを先にしたらよいか、③抗がん剤治療を先に始めた場合、放射線治療は遅くともいつ頃までに開始しないといけないのか、が気にかかるところです。どのように考えればよいのか以下に記載します。
放射線治療はいつ頃までに始めたほうがよいのか?
放射線治療だけを行う場合は、手術の傷がよくなった時点で直ちに治療を始めるのが普通です。通常は手術後2カ月くらいまでに開始していることが多いようです。しかし、ときには手術後の合併症(傷の治りが悪い場合や炎症など)や年末・年始の休み、個人的な理由などで治療の開始が遅れることがあります。
欧米で、乳房温存手術後に放射線治療を受けた患者さん数千人について、放射線治療の開始時期と治療成績を調べた研究が行われました。それによると、手術の傷あと近く(局所)の再発は、手術後長期間たってから放射線治療を開始した患者さんで、明らかに多かったと報告されています。
また、手術後長期間たってから放射線治療を開始した患者さんでは、生存率が下がる可能性があることも示されています。放射線治療の開始を遅らせると局所再発がどの程度増えるか、生存率がどの程度下がるかについての正確なデータはありませんが、特別な理由もなく放射線治療の開始を何週間も遅らせることは、避けるべきであると考えられています。
放射線治療と抗がん剤治療のどちらを先にしたらよいでしょうか
抗がん剤の投与と放射線治療の両方が必要な場合、両者の順序には抗がん剤治療を先行させる場合、放射線治療を先行させる場合、放射線治療と抗がん剤治療を同時に行う場合の3通りが考えられます。
どの方法が最も治療効果が高いかを調べた研究では、放射線治療と抗がん剤治療はどちらを先に行っても局所再発や遠隔転移、死亡率に差がないことが報告されています。しかし最近では、遠隔転移は生死にかかわる可能性があるので、これを減らす目的で数カ月間の抗がん剤治療を先に行い、その後で放射線治療を行うことが多いようです。
抗がん剤治療と放射線治療を同時に行う治療については、副作用に問題はなく安全に行えたとする報告と、見過ごすことのできない急性の副作用がみられたとする報告があり、現時点では十分観察の行き届いた臨床研究においてのみ、行われるべきであると考えられます。
抗がん剤治療を先に始めた場合、放射線治療はいつ開始するのか?
抗がん剤の投与法にも種類があり、どの投与法を採用するかで放射線治療の開始時期も異なります。標準的な抗がん剤治療は3~6カ月かかり、その副作用からの回復期間(1カ月程度)を含めると、放射線治療の開始は手術後おおよそ4~7力月後になります。
抗がん剤治療を先にした患者さんと、放射線治療を先にした患者さんとの間で治療成績を比較した研究がいくつかあり、局所再発率や遠隔転移率、生存率などにおいて差は認められないという結論が得られています。
したがって放射線治療は、予定していた標準的な抗がん剤治療が終わり、副作用が落ち着いた時点で始めても差し支えないと考えてよいといえます。
以上、温存療法(手術と放射線)についての解説でした。
温存療法を選ぶか、全摘をするかという悩みを持つ人はとても多いですが、がんに対する正しい知識があれば、それぞれどんなメリット・デメリットがあるのかがクリアになります。