
傷跡が目立たない甲状腺がんの手術について
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
甲状腺がんは女性の患者さんが男性の約2倍と多く、治療後の生活面での影響が少なくありません。
従来の甲状腺がん手術では首の前面を5~8cm程度切開するため、目立つ場所に傷跡が残ることが大きな課題でした。「好みの洋服が着られない」「夏場でも首にスカーフを巻き続けている」「人と会うのが辛い」といった声が多く聞かれます。
こうした患者さんの生活の質を考慮し、近年では「首に傷跡が目立たない」手術方法の開発が進められてきました。
2026年現在、甲状腺がんに対して傷跡が目立たない手術方法として「内視鏡下手術」と「ロボット支援手術」の2種類が存在します。それぞれの特徴と最新の保険適用状況について、詳しく解説します。
甲状腺がんの内視鏡下手術とは
内視鏡下手術は、首の前面を切開する従来の方法とは異なり、鎖骨の下や首の外側から内視鏡を挿入して甲状腺を切除する手術です。
内視鏡下手術の適応条件
内視鏡下手術が行える条件は以下の通りです。
まず、未分化がん以外の甲状腺がんであることが前提となります。具体的には、乳頭がん、濾胞がん、髄様がんが対象です。
また、甲状腺の皮膜浸潤がなく、画像検査で明らかなリンパ節腫大が認められない症例が適応となります。がんの大きさについては、施設によって基準が異なりますが、一般的には良性腫瘍で6cm以下、悪性腫瘍で4cm以下が目安とされています。
リンパ節転移については、転移がない場合(N0)、または転移があっても気管周辺に留まっている場合(N1a)が適応となります。甲状腺の一部を切除する葉切除だけでなく、全摘出も可能です。
内視鏡下手術の傷跡について
内視鏡下手術では、手術器具を挿入するために鎖骨の下を3~4cm程度切開します。さらに、首の外側に内視鏡を入れるための5mm程度の穴を開けます。
このため、Vネックの服や開襟シャツを着ても傷跡は見えません。縫合後はしばらく傷跡が残りますが、時間の経過とともに目立たなくなっていきます。

首の動きが多い部分に傷ができないため、首を動かしたときの引きつれ感や、飲食時の違和感がほとんどないことも患者さんにとって重要な利点です。
治療効果と安全性
内視鏡下手術の治療効果は、従来の切開手術と比較しても十分な成績が得られています。
内視鏡では術野を2~3倍に拡大して観察できるため、甲状腺の近くにある反回神経や副甲状腺をより明確に確認しながら手術を進めることができます。
反回神経は発声や嚥下に関わる重要な神経です。この神経を損傷すると、声のかすれや飲み込みの障害といった術後合併症が生じる可能性があります。内視鏡下手術では拡大視野での精密な操作が可能なため、こうした合併症のリスクを低減できます。
また、副甲状腺を温存することで、副甲状腺機能低下症などの合併症も減らすことができます。
内視鏡下手術の保険適用と費用
保険適用の現状
甲状腺の内視鏡下手術は、2016年4月に良性腫瘍とバセドウ病に対して保険適用となりました。
甲状腺がん(悪性腫瘍)に対しては、2018年に保険適用が認められています。ただし、施行にあたっては厚生労働省が定める施設基準を満たす必要があり、実施できる施設は限られています。
手術費用について
保険適用となったことで、患者さんの費用負担は軽減されています。
3割負担の場合、手術費用は通常の甲状腺手術と比較して若干高くなりますが、その差は1万~3万円程度です。高額療養費制度を利用することで、実質的な負担額はさらに抑えられます。
年齢や収入によって自己負担限度額は異なりますので、詳細は医療機関の医事課にお問い合わせください。
手術時間と入院期間
手術時間は片葉切除(甲状腺の半分を切除)で2.5~3時間程度です。従来の切開手術が1.5~2時間程度であることと比較すると、やや時間がかかります。
入院期間は4~6日程度が一般的です。合併症がない場合、従来の手術より1日程度短縮されることもあります。術後の回復も早く、社会復帰までの期間が短いという利点があります。
内視鏡下手術のデメリットと課題
技術的な難度
内視鏡下手術は高度な技術を必要とするため、どこの病院でも受けられるわけではありません。
頸部には元々「腔」が存在しないため、人工的に空間を作成して術野を確保する必要があります。また、術野が狭いため鉗子の挿入角度が限定され、繊細な操作が求められます。
こうした理由から、施行できる施設は全国で各県1施設程度に限られているのが現状です。日本医科大学付属病院、大阪警察病院、大阪急性期・総合医療センター、やました甲状腺病院など、一部の専門施設で実施されています。
適応の制限
リンパ節に転移がある場合や、甲状腺の周囲組織への浸潤が疑われる場合は、内視鏡下手術の適応とならないことがあります。
また、大きな結節病変や甲状腺炎を伴う場合も、手術の難度が上がるため適応外となることがあります。
甲状腺がんのロボット支援手術とは
ロボット支援手術は、内視鏡手術をさらに進化させた手術方法です。手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使用することで、より精密で体への負担が少ない手術を実現しています。
ロボット支援手術の特徴
ダヴィンチには複数のロボットアームが装備されており、医師は患者さんから離れた操作台(コンソール)に座って遠隔操作で手術を行います。

ロボットアームの先端は7つの関節を持ち、人間の手よりも広い可動域があります。コンピュータ制御により手ぶれが自動補正され、高解像度の3D映像で術野を10倍以上に拡大して観察できます。
こうした機能により、内視鏡下手術の課題であった「鉗子の挿入角度の制限」や「操作の自由度の低さ」が克服され、甲状腺周囲の繊細な剥離操作や、反回神経周辺の精密な処置が可能になっています。
傷ができる位置
ロボット支援手術では、脇の下を数センチ切開し、そこからロボットのアームを挿入して甲状腺に到達します。
従来の切開手術では首の正面、内視鏡下手術では鎖骨の下に傷ができましたが、ロボット支援手術では脇の下にしか傷が残りません。手を下げれば傷は見えず、プールや温泉でもほとんど気づかれることはありません。
ロボット支援手術のメリット
ロボット支援手術には以下のような利点があります。
第一に、リンパ節郭清がより確実に行えることです。内視鏡下手術では難しかったリンパ節転移への対応が、ロボット支援手術では可能になる場合があります。特に胸骨上窩のリンパ節郭清など、従来の内視鏡では到達困難だった部位の処置が比較的容易になります。
第二に、視野の確保が優れていることです。高解像度の3D映像により、微小血管、反回神経、副甲状腺などの重要な構造物を明確に把握できます。
第三に、術者の疲労が軽減されることです。医師は座った状態で操作でき、長時間の手術でも集中力を保ちやすくなります。
研究報告によれば、ロボット支援手術のラーニングカーブ(技術習得曲線)は比較的短く、内視鏡手術と比較して手術時間やリンパ節郭清数の点で優れているとされています。
ロボット支援手術の保険適用状況と費用
保険適用の現状
2026年現在、日本国内では甲状腺がんに対するロボット支援手術は保険適用となっていません。
ダヴィンチを用いたロボット支援手術は、2012年に前立腺がんで初めて保険適用となり、その後2018年に胃がん、肺がん、直腸がんなど12の術式が追加されました。2024年の診療報酬改定でも適用範囲は拡大されましたが、甲状腺がんは含まれていません。
頭頸部領域では、2022年に下咽頭がん、喉頭がん、中咽頭がんに対する経口的ロボット支援手術が保険適用となっていますが、甲状腺がんについては今後の保険収載が期待される段階です。
手術費用
保険適用外のため、完全自費診療となります。
手術費用は施設によって異なりますが、一般的に80万~100万円程度です。これに入院費用などが加わります。
手術後4~6日程度で退院できるため入院日数は短いですが、手術費用の負担は大きくなります。また、ロボット設備を持つ病院が限られているため、遠方からの通院が必要な場合は交通費や滞在費も考慮する必要があります。
費用面以外の検討事項
費用負担は大きいですが、治療の質や美容面を重視する患者さんにとっては選択肢があることが重要です。
実施施設としては、ニューハート・ワタナベ国際病院など一部の専門施設で行われています。手術を検討される場合は、ロボット支援手術の経験が豊富な施設を選ぶことが大切です。
内視鏡下手術とロボット支援手術の比較
| 項目 | 内視鏡下手術 | ロボット支援手術 |
|---|---|---|
| 傷の位置 | 鎖骨の下(3-4cm)、首の外側(5mm) | 脇の下(数cm) |
| 保険適用 | あり(2018年から) | なし(2026年現在) |
| 手術費用(3割負担) | 通常手術+1~3万円程度 | 80~100万円(全額自己負担) |
| 手術時間 | 2.5~3時間(片葉切除) | 内視鏡と同程度 |
| 入院期間 | 4~6日程度 | 4~6日程度 |
| リンパ節郭清 | 制限あり | より広範囲に対応可能 |
| 適応条件 | リンパ節転移がないか限局的 | リンパ節転移があっても対応可能な場合あり |
| 実施施設 | 各県1施設程度 | さらに限定的 |
手術方法を選択する際のポイント
病状による判断
手術方法の選択は、まず病状によって決まります。
がんの大きさ、リンパ節転移の有無、周囲組織への浸潤の程度などを総合的に評価し、内視鏡下手術やロボット支援手術の適応があるかどうかを判断します。
未分化がんや、広範なリンパ節転移がある場合は、従来の切開手術が選択されます。
患者さんの希望と生活状況
適応条件を満たす場合、患者さんの希望や生活状況も重要な判断材料となります。
美容面を重視するか、費用負担を抑えたいか、遠方の施設への通院が可能かなど、様々な要素を考慮して決定します。
若い女性の患者さんや、接客業など人と接する機会が多い方にとっては、傷跡が目立たない手術方法は大きなメリットとなります。
施設の選択
内視鏡下手術やロボット支援手術は高度な技術を要するため、経験豊富な施設を選ぶことが重要です。
手術実績、合併症の発生率、術後のフォロー体制などを確認し、信頼できる医療機関を選択しましょう。
従来の切開手術も選択肢の一つ
内視鏡下手術やロボット支援手術には多くの利点がありますが、従来の切開手術にも確立された安全性と有効性があります。
切開手術は全国のほとんどの病院で実施可能で、手術時間も短く、リンパ節郭清も確実に行えます。傷跡は残りますが、時間とともに目立たなくなることも多く、患者さんの満足度も高い治療法です。
どの手術方法を選択するかは、担当医と十分に相談し、それぞれのメリットとデメリットを理解したうえで決定することが大切です。
甲状腺がん手術の今後の展望
甲状腺がん手術の分野では、患者さんの負担を減らし、生活の質を向上させるための技術革新が続いています。
内視鏡下手術は保険適用となり、実施施設も徐々に増えつつあります。ロボット支援手術についても、今後保険適用される可能性があります。
また、手術支援ロボットも進化を続けており、ダヴィンチのほかにHUGO(ヒューゴ)、hinotori(ヒノトリ)など新しいシステムが登場しています。これらの普及により、将来的には手術費用の低減も期待されています。
日本ロボット外科学会では専門医制度を確立し、技術の標準化と質の向上に取り組んでいます。こうした取り組みにより、より多くの患者さんが安全で質の高い手術を受けられる環境が整ってきています。
手術後の生活と経過観察
どの手術方法を選択しても、術後の経過観察は重要です。
甲状腺を全摘出した場合は、生涯にわたって甲状腺ホルモン薬を服用する必要があります。甲状腺の一部を残した場合も、定期的な検査で甲状腺機能をチェックします。
また、再発や転移の有無を確認するため、定期的な超音波検査や血液検査が必要です。特に乳頭がんや濾胞がんでは、術後のTSH抑制療法が行われることがあります。
術後の社会復帰については、内視鏡下手術やロボット支援手術では比較的早く職場復帰が可能です。ただし、個人差がありますので、担当医と相談しながら無理のない復帰計画を立てることが大切です。
参考文献・出典情報
本記事は以下の信頼できる医療機関・学会の情報を参考にしています。
- 国立がん研究センター がん情報サービス「甲状腺がん 治療」
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「手術痕が目立たない甲状腺腫瘍に対する内視鏡手術」
- 先進医療.net「手術の跡が目立たない内視鏡による甲状腺がんの手術」
- 日本医事新報「内視鏡下甲状腺・副甲状腺手術の保険収載」
- 日本内分泌外科学会雑誌「甲状腺に対するロボット支援手術」
- 医療情報サイト 時事メディカル「ロボット支援手術ダビンチ ~保険適用広がり、負担軽く」
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「頭頸部がんに対する経口的ロボット支援手術」
- GemMed「2024年度診療報酬でロボット支援下の手術適用拡大」
- やました甲状腺病院「甲状腺内視鏡手術について」
- ニューハート・ワタナベ国際病院「内分泌外科」

