乳がんの診断がついてから治療を開始する前に行われる精密検査は、最適な治療法を選択するために欠かせないプロセスです。2025年現在の最新の検査技術と診療ガイドラインに基づいて、治療前の精密検査について詳しく解説します。
乳がんの治療前精密検査の目的と重要性
乳がんの治療前に行われる精密検査は、大きく分けて以下の4つの重要な目的があります。これらの検査結果に基づいて、患者さん一人ひとりに最適な治療戦略を立てることができます。
- 乳房内でのがんの広がりの把握
- 腋窩リンパ節への転移の有無と程度の評価
- 遠隔転移の有無の確認
- がんの性格(サブタイプ)の詳細な分析
これらの情報を総合的に評価することで、乳房温存手術が可能か、どのような薬物療法が効果的か、放射線治療が必要かなど、治療方針を決定します。
乳房内でのがんの広がりを診断する検査
マンモグラフィと超音波検査の役割
乳房温存療法を成功させるためには、乳房内でのがんの正確な広がりを把握することが重要です。マンモグラフィは乳がん特有の石灰化を発見することに優れており、超音波検査は腫瘤の性状や血流の評価に有用です。
しかし、これらの従来の検査だけでは、乳管内進展や離れた場所に存在する小さながん細胞を完全に把握することは困難です。そのため、現在では追加の画像検査が重要な役割を果たしています。
CT検査とMRI検査の活用
2025年現在、乳房内でのがんの広がりをより正確に評価するため、CT検査やMRI検査が広く行われています。特にMRI検査は、造影剤を使用することで乳房内の微細な病変や血管構造を詳細に描出できます。
MRI検査の導入により、手術での取り残しリスクが大幅に減少し、乳房内再発率の低下も報告されています。CT検査に比べてMRI検査の方が乳房内の病変をより鮮明に描出できるため、多くの医療機関で手術前のMRI検査が標準的に実施されています。
腋窩リンパ節転移の診断と最新の検査法
画像診断による評価
腋窩リンパ節の転移を検査するために、超音波検査やCT検査が行われます。これらの検査では、明らかに腫大したリンパ節を発見することは可能ですが、転移していても腫大していないリンパ節を見つけることは困難です。
そのため、これらの画像診断だけでは完全な評価は難しく、より正確な診断方法として、センチネルリンパ節生検が重要な役割を果たしています。
センチネルリンパ節生検の重要性
センチネルリンパ節生検は、乳がんの治療において革新的な検査法です。センチネルリンパ節とは、乳房からのリンパ流が最初に到達するリンパ節のことで、がん細胞が最初に転移しやすい場所と考えられています。
この検査では、ラジオアイソトープ(放射性同位元素)と色素を併用する方法が最も正確とされています。手術中にセンチネルリンパ節を特定し、転移の有無を調べることで、転移がない場合は腋窩リンパ節郭清を省略することができます。
センチネルリンパ節生検の大きなメリットは、術後の合併症を大幅に減らすことです。従来の腋窩リンパ節郭清では、リンパ浮腫(腕のむくみ)や感覚異常などの後遺症が問題となっていましたが、センチネルリンパ節生検によりこれらのリスクを最小限に抑えることができます。
遠隔転移の検査と最新の考え方
転移検査の実際の確率
多くの患者さんが心配される遠隔転移ですが、実際に乳がんの診断と同時に転移が発見される確率は非常に低いことが分かっています。
統計データによると、CT検査で骨転移が発見される確率は約0.5%、5cm以下の乳がんで肺転移が発見される確率は約0.1%程度です。また、骨シンチグラフィで骨転移が発見される確率は、2cm以下の乳がんで0.5%、2.1cm以上5cm以下の乳がんでも2.4%と低い頻度です。
検査の適応と注意点
転移の検査で異常が指摘されても、詳しく調べると実際には転移ではなかったという結果になることも多くあります。そのため、症状がない場合の全身検査は、患者さんに不要な不安を与える可能性もあります。
ただし、新たに出現した骨の痛みなど、転移を疑う症状がある場合は、積極的に検査を行うことが推奨されています。
乳がんの性格診断:病理検査による詳細分析
ホルモン受容体検査の意義
病理検査では、乳がんの確定診断に加えて、がんの性格を詳しく調べます。特に重要なのがホルモン受容体の検査です。エストロゲン受容体(ER)やプロゲステロン受容体(PR)が陽性の場合、ホルモン療法が効果的であることが予想されます。
ホルモン受容体陽性の乳がんは、乳がん全体の約70-80%を占めており、比較的予後が良好とされています。これらのがんでは、女性ホルモンの働きを阻害する薬物療法が中心となります。
HER2検査の重要性
HER2(ヒト表皮成長因子受容体2型)は、細胞の増殖に関係するタンパク質です。乳がんの約15-25%でHER2タンパクの過剰発現が認められます。HER2陽性の乳がんでは、トラスツズマブなどの分子標的薬が非常に効果的です。
HER2の検査は、まず免疫組織化学法で行われ、必要に応じてFISH法やDISH法などの遺伝子検査が追加されます。
Ki67による増殖能の評価
Ki67は細胞の増殖能を示す重要な指標です。Ki67の値が高いほど、がん細胞の増殖スピードが速く、悪性度が高いことを示します。特にホルモン受容体陽性・HER2陰性の乳がんでは、Ki67の値によって化学療法の必要性を判断する重要な材料となります。
ただし、Ki67の測定方法はまだ完全には標準化されておらず、施設間での差異があることも知られています。2025年現在も、より正確で標準化された測定方法の確立に向けた研究が続けられています。
乳がんサブタイプ分類と治療への応用
サブタイプによる治療戦略
病理検査の結果に基づいて、乳がんは以下のサブタイプに分類されます:
- ホルモン受容体陽性・HER2陰性(ルミナールA/Bタイプ):約70%
- ホルモン受容体陽性・HER2陽性(ルミナールB/HER2陽性タイプ):約10-15%
- ホルモン受容体陰性・HER2陽性(HER2タイプ):約10-15%
- トリプルネガティブタイプ:約10-15%
それぞれのサブタイプに応じて、最適な治療法が選択されます。ホルモン受容体陽性では主にホルモン療法、HER2陽性では分子標的薬、トリプルネガティブでは化学療法や免疫療法が中心となります。
最新の検査技術と将来の展望
遺伝子検査の活用
2025年現在、多遺伝子アッセイ(Oncotype DXなど)が保険適用となり、化学療法の必要性をより正確に判断できるようになりました。これらの検査により、個々の患者さんに最適な治療法を選択することが可能になっています。
画像診断技術の進歩
3Dマンモグラフィの導入により、従来のマンモグラフィでは発見困難だった病変も検出できるようになりました。また、PET-CTやDWI-MRIなど、より高精度な画像診断技術も導入されています。
患者さんへのアドバイス
検査に対する心構え
治療前の精密検査は多岐にわたり、時間もかかりますが、最適な治療を受けるために不可欠なプロセスです。検査結果に不安を感じることもあるかもしれませんが、現在の乳がん治療は大きく進歩しており、早期発見・早期治療により良好な予後が期待できます。
不明な点や不安なことがあれば、遠慮なく医療チームに相談することが大切です。十分な説明を受けて、納得した上で治療に臨むことが重要です。
セカンドオピニオンの活用
複雑な病状や治療選択に迷いがある場合は、セカンドオピニオンを求めることも有効です。日本乳癌学会認定の乳腺専門医がいる施設で、客観的な意見を聞くことができます。
まとめ
乳がんの治療前精密検査は、個別化治療を実現するための重要なステップです。マンモグラフィや超音波検査から始まり、CT・MRI検査、センチネルリンパ節生検、病理検査まで、多角的な評価により最適な治療戦略を決定します。
2025年現在、これらの検査技術は大きく進歩し、より正確で低侵襲な検査が可能になっています。患者さん一人ひとりの状況に応じた個別化医療により、乳がんの治療成績は着実に向上しています。
治療前の精密検査を適切に受けることで、最良の治療結果を得ることができます。医療チームと十分にコミュニケーションを取り、納得のいく治療を受けることが大切です。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん検診について」
https://ganjoho.jp/public/pre_scr/screening/breast.html - 乳癌診療ガイドライン2022年版「センチネルリンパ節生検について」
https://jbcs.xsrv.jp/guideline/p2023/gindex/40-2/q20/ - 乳癌診療ガイドライン2022年版「Ki67評価について」
https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/b_index/frq1/ - 患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版「病理検査について」
https://jbcs.xsrv.jp/guidline/p2019/guidline/g4/q30/ - 国立がん研究センター東病院「乳がんについて」
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/clinic/breast_surgery/050/051/index.html - 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん治療」
https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/treatment.html - 名古屋市立大学病院乳腺外科「乳がんの診断と治療について」
http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/mammal.dir/aboutus.html - がんサポート「乳がんの増殖能を判定するKi-67値をどう扱うか」
https://gansupport.jp/article/cancer/breast/breast01/13608.html - 島根大学医学部「乳がん治療に使用するセンチネルリンパ節生検用装置を更新」
https://www.med.shimane-u.ac.jp/h_docs/2023030300023/ - 横浜市立みなと赤十字病院ブレストセンター「CT/MRI検査について」
https://www.yokohama.jrc.or.jp/breast-surgery/breast-info/inspection/ct-mri.html