がん専門のアドバイザー、本村です。
この記事は「難解で分かりにくい【乳がんの病理検査】」についての解説です。
乳がんが疑われたときの針生検、乳がん手術後の病理検査(病理診断)では、採取したがん細胞を調べて「がん細胞のタイプや特徴、悪性度」などを明らかにします。
病理検査の結果は、その後の治療方針や対策を考えるうえでとても重要な情報です。しかし英語表記のままの診断書を渡されたり、何の説明もなかったりすると「そこに何が書いてあるのか?それは何を意味するのか?」見方が全く分かりません。
ここでは乳がんの病理検査結果をどう読むのか?どう理解すればよいのか?について詳しく解説したいと思います。
例を挙げると・・・実際の診断書にはこのように書かれていることがあります。
【病理診断結果】
Invacive ductal carcinoma of left breast, partial mastectomy;It C, 9x7mm(浸潤径)、scirrhous carcinoma, f, NG1, ly-, v+, ER+, PgR+, HER2-, margin(-) → See comments, sn(0/2)+n(0/1)
看護士など医療用語が分かる人なら別ですが、一般の患者にとっては全く意味の分からない用語になります。
ここでは、実際によく使われるカルテ上の英語の意味、アルファベットの意味、用語の解説をしていきたいと思います。
病理検査結果の見方 その1.乳がんのタイプ
乳がんのタイプはまず大きく2つに分かれます。それが非浸潤乳がん(ステージ0)と浸潤乳がん(ステージ1以降)です。その中でもそれぞれ次のような分類があります。
ちなみに「carcinoma」とは「がん」のことで、それぞれどんな特徴があるがんかが示されています。
【非浸潤乳がん】
●非浸潤性乳管がんは次のように表記されます。
・Ductal carcinoma in situ.
・Intraductal carcinoma.
・Noninvasive ductal carcinoma.
●非浸潤性小葉がんは次のように表記されます。
・Noninvasive lobular carcinoma.
・Lobular carcinoma in situ.
このように記載されていれば、非浸潤乳がんでありステージ0の早期がんであることが分かります。
【浸潤乳がん】
●浸潤性乳管がん(Invasive ductal carcinoma)。
これが通常型だとされています。さらに細分化すると、次のようなタイプがあります。
英名 | 日本語 | 特徴 |
---|---|---|
Papillotubular carcinoma | 乳頭腺管がん | 悪性度低い。全体の20%程度がこのタイプ |
Solid tubular carcinoma | 充実腺管がん | 悪性度は中程度。全体の20% |
Scirrhous carcinoma | 硬がん | 悪性度高い。全体の約40% |
●特殊型の浸潤がんは次のように分類されます。
Mucinous carcinoma | 粘液がん | 悪性度低い。全体の2% |
Medullary carcinoma | 髄様がん | 悪性度低い。全体の1% |
Invasive lobular carcinoma | 浸潤性小葉がん | 悪性度は中程度。全体の10% |
Adenoid cystic carcinoma | 腺様嚢胞がん | 悪性度低い。全体の2% |
Invasive micropapillary carcinoma | 浸潤性微小乳頭がん | 悪性度高い。全体の1% |
Squamous cell carcinoma | 扁平上皮がん | 悪性度高い。全体の0.1% |
Apocrine carcinoma | アポクリンがん | 悪性度は中程度。全体の1% |
補足:診断書に「with calcification」と記載されるケースが多いです。これは「石灰化」があるという意味です。
病理検査結果の見方 その2.「波及度」とは
波及度とは、がん細胞がどこまで浸潤しているのか、広がりがあるのかという範囲を表すものです。波及度の評価は次のとおりです。
g | がんが乳腺組織内にとどまるもの |
f | 乳腺外脂肪に及ぶもの |
s | 乳房の表面にある皮膚に及ぶもの |
p | 筋肉(大胸筋)に及ぶもの |
s | 胸郭に及ぶもの |
アルファベットは小文字で表記されたり大文字で表記されたりしますが意味は同じです。段階としては乳腺組織内に留まるものが進行が浅く(狭く)、胸郭に及ぶものがもっとも進行しているといえます。
病理検査結果の見方 その3.「リンパ管侵襲と血管侵襲」~ly、vの表記~
波及度は大まかにどこまで広がりがあるのか、という指標ですが乳がんにおいては脈管(リンパ管と血管)に及んでいるのかを必ず確認します。それぞれ評価、意味は次のとおりです。
リンパ管侵襲(ly) | +プラス)なら侵襲あり。(-マイナス)ならなし。 |
皮膚リンパ管侵襲(sly) | (+)なら侵襲あり。(-)ならなし。 |
血管侵襲(v) | (+)なら侵襲あり。(-)ならなし。 |
皮膚リンパ管侵襲の表記は無いこともあります。リンパ管と血管への侵襲を確認するのは、再発や転移の可能性を測るためにとても重要です。
がん細胞はリンパ管や血管を経由して範囲を広げていきます。そのため、リンパ管や血管に侵襲していると再発や転移のリスクが高いといえます。
病理検査結果の見方 その4.「切除した組織の断端(だんたん。margin)」
乳房の切除手術(温存手術や全摘手術)を行った場合、切除した組織の断端(切り取った部位のなかで最も外側)にがん細胞がないかどうかを確認します。
手術では「がんの取り残しがないこと」が最も重要な要素です。断端にがんが残っていれば「取り残した可能性がある」と考えられ、残っていなければ「取り残しがない」と判断されるのです。
基本的には、断端から5mm以内にがん細胞が存在しなければ「陰性」と評価され、がん細胞が存在すれば「陽性」と評価されます。
英語では「margin」や「cut end」と記載され、(+)なら陽性、(-)なら陰性という意味です。
病理検査結果の見方 その5.「病理学的悪性度(グレード分類)」
浸潤性乳がんの場合、がん細胞の顔つき(顕微鏡で確認したがん細胞の形状)を評価し、悪性度が高いのか低いのか(再発や転移のリスクが高いのか低いのか)を数値で表します。
それをグレード分類と呼びます。(特殊型の乳がんではグレード分類は行われません)
グレード分類ではまず、「核異形スコア(NAと表記)」と「核分裂像スコア(MC)」を評価します。
核異形スコア(NA)--(細胞核の崩れ具合を3段階で評価。1が悪性度低い)
1点 | 核の大きさ、形態が一様。 |
2点 | 1点と3点の中間。 |
3点 | 核の大小が不同。形態が不整。 |
核分裂像スコア(MC)--(細胞の分裂数から細胞の活発度を3段階で評価)
1点 | 10視野で5個未満 |
2点 | 10視野で5~10個 |
3点 | 10視野で11個以上 |
上記2つの要素を評価し、それによって最終的な「核グレード(NG)」を判定します。算出方法は「核異形スコア+核分裂像スコア」の合計です。
核グレード(NG)
グレード1 | 合計が2~3点。 |
グレード2 | 合計が4点 |
グレード3 | 合計が5~6点。 |
診断結果においては、核異形スコアと核分裂像スコアを割愛し「核グレード」だけ表記することもあります。
※グレードの分類には、3つの要素(構造異型度、核異型度、核分裂像)によって判定する「組織学的グレード分類」と、2つの要素(核異型度、核分裂像)によって判定する「核グレード分類」があります。
現在は上記のように2つの要素を使う「核グレード分類」を用いることのほうが多いですし、これを確認できればじゅうぶんな情報だといえます。
病理検査結果の見方 その6.「リンパ節転移の有無」~snやnの表記~
手術においてリンパ節を郭清(かくせい。切除すること)した場合は、切除したリンパ節の中にがん細胞が存在したのか、しなかったのかを必ず確認します。
リンパ節を何個切除するのかは、手術前の見立てによって変化します。もっとも切除数が少ないのは「センチネルリンパ生検」による切除です。
これは「乳房からもっとも近いリンパ節にがん細胞があるのかどうか」を調べる方法なので、切除する範囲は狭いです。
いっぽう、手術前にリンパ節転移が強く疑われる場合は、乳房から比較的遠いリンパ節(レベル2や3と呼ばれる範囲)まで切除します。そのため一口にリンパ節郭清といっても、切除目的や個数は異なります。
センチネルリンパ節(sn。Sentinel node)
(+プラス)なら陽性。がん細胞あり。(-マイナス)ならなし。(0/2)などの数値の評価が記載されている場合は2個のうち0個だったということを意味します。(転移数/摘出数)です。
所属リンパ節(n)。※分類はかなり詳細ですので簡略化して記載します。
N0 | リンパ節転移なし。 |
N1 | 腋窩リンパ節転移(レベル1)あり。 |
N2 | 腋窩リンパ節転移(レベル2)あり。 |
N3a | 鎖骨下リンパ節転移あり。 |
N3b | 内胸リンパ節転移、腋窩リンパ節転移あり。 |
N3c | 鎖骨上リンパ節転移あり。 |
(0/2)などの数値の評価が記載されている場合は「転移数/摘出数」です。
病理検査結果の見方 その7.「ホルモン受容体(ホルモンレセプター)の陰陽性」~ERやPgRの表記~
乳がんには、自身の女性ホルモンの影響でがん細胞の動きが活発になる性質のものがあります。ホルモン受容体(レセプター)の評価は、ホルモンに関係している乳がんなのか、そうでない乳がんなのかを表すものです。
ホルモン受容体が陽性(+)であれば、ホルモンの影響がある乳がんなので、ホルモン療法(ホルモン剤を使うことでがんを抑制する治療法)が使えることになります。
ホルモン受容体にはエストロゲン受容体(ER)とプロゲステロン受容体(PgR)という2つの種類があるので、それぞれについて陰陽と度合(%で表す)を評価します。
エストロゲン(ER) | +プラス)なら陽性。(-マイナス)なら陰性。 |
プロゲステロン(PgR) | +)なら陽性。(-)なら陰性。 |
「80%」「スコア2」などとパーセンテージやスコアで陽性の度合が表記される場合があります。基本的には1%以上~10%未満が弱陽性です。スコアで表記する場合は1~2です。10%以上が中~強陽性と分類され、スコアで表記される場合は3です。
ERとPgRはホルモンの種類です。どちらかが陽性の場合であればホルモン療法が有効と判断されます。使われる薬の種類も病理検査の結果によって決められます。
ホルモン療法は有効な治療手段の1つなので、陰性よりも陽性のほうが選択肢が広いという意味では望ましいといえます。
病理検査結果の見方 その8.「HER2(ハーツー)の陰陽性」
HER2とは、遺伝子たんぱくの1つです。乳がんの患者さんの中にはHER2が多くみられることがわかっています。HER2が多くみられる乳がんを「HER2陽性乳がん」といいます。
R2陽性乳がんではHER2が、がん細胞の増殖に関係していると考えられています。そのため治療をするときには、HER2の働きを抑えてがん細胞の増殖を防ぐことが治療の一環になります。
・HER2=(+プラス)なら陽性。(-マイナス)なら陰性という意味です。
近年、HER2の数値を乳がんの病理検査ではとても重要視していますので、必ず診断結果には記載されます。なぜ重要なのかというと、HER2陽性の人には分子標的薬「ハーセプチン(トラスツズマブ)」を使った治療ができるからです。
ハーセプチンは乳がんの化学療法(薬を使った治療法)でとても重要な位置を占める薬です。抗がん剤のように副作用が強くないので、長く投薬することで長くがんの増殖を抑えることができます。
もちろん副作用がないわけではないですが、ハーセプチンを使えるかどうかはとても重要な要素なので必ず確認しましょう。
病理検査結果の見方 その9.「Ki-67(ケーアイ67)」の数値
Ki-67とは腫瘍マーカー(がんが進行することで増減する物質)の1つです。具体的には乳がんの増殖や進行のスピードを数値で表します。(1~100%)
Ki-67=○%という割合で表記。
算出方法は、がん細胞を1つ1つみて何%の細胞がki-67陽性であったかを示しています。数値の多いほうが増殖のスピードが速い、つまり悪性度が高いという意味です。
ふつうこういった数値では「○%以下なら悪性度が低い」などの評価をしますが、Ki-67に関しては特定の数値で区切って評価をすることはありません。
以前は15~20%程度を基準に「速度が遅い・早い」と評価をしていましたが、まだKi-67については予後の情報が希薄であるためもっとデータを集めないと判断基準を設けられないという状況です。
ただ、それでも10%以下であれば低い数値だといえ、「Ki-67=Low」などと診断書に記載されることが多いです。30%を越えてくると悪性度は高いと見なされるのが一般的です。
病理検査のデータの確認については、上記の知識があれば分かるようになると思います。乳がんは最もガイドライン化(ルール化)が進んでいるタイプのがんなので、「病理の結果がこうなら→治療法はこうなる」という流れが明確です。
そして・・・病理検査の結果をもとに「乳がんのリスク判定」が行われます
●低リスク
腋窩リンパ節転移陰性で、以下の項目をすべて満たすもの。
・がんの大きさが2cm以内。
・ERかつPgRが陽性。
・核グレード1
・HER2陰性
・がん周囲の脈管(リンパ管・血管)浸潤がない。
・35歳以下
●中リスクA
腋窩リンパ節転移陰性で、以下の項目が1つでも該当するもの。
・がんの大きさが2cm以内
・ERかつPgR陽性。
・核グレード1
・HER2陰性
・がん周囲の脈管(リンパ管・血管)浸潤がない。
・35歳以上
●中リスクB
腋窩リンパ節転移陰性で、以下の項目が該当するもの。
・ERかつ/またはPgR陽性かつHER2が陰性。
●高リスクA
腋窩リンパ節転移1~3個で、以下の項目が該当するもの。
・ERかつ/またはPgR陽性かつHER2が陰性。
●高リスクB
腋窩リンパ節転移4個以上
このリスク判定によって、どんな治療を行うか(主に化学療法で使う薬の種類など)がガイドラインでは定められています。
以上、病理検査の内容についての解説でした。
乳がんは病理検査の結果で、その後の治療法がほぼ決まります。
そのため、検査の結果やその意味をきちんと把握しておくことはとても大切です。また、何よりも必要なのは「がんという病気の本質」です。