がんにかかったときのストレスは、非常に強いものです。
「がんになった」という事実にまずショックを受けますし、つらい検査や治療の苦痛、さらに社会的・経済的不安などが続くために、気分障害やうつ病を発生することもあります。
こうした精神状態の悪化は、QOLを損ない、闘病の意欲を失わせます。
回復の経過にも影響があると考えられ、不安や絶望の強い患者ほど、再発率しやすいという研究発表も出ていますので治療には、精神的苦痛や精神症状の悪化を防ぐための心理的支援が欠かせません。
心のケアの必要性が広く認識されはじめ、近年ではサイコオンコロジー(精神腫瘍学)という分野も確立しています。
これはがんにかかわる心の問題を研究する学問で、患者や家族、医療者の悩みの解消にかかわります。
まだ数は少ないながら、心のケアを専門に行うサイコオンコロジストを設置している施設もあり、これからのケアに重要な役割を巣たすと期待されています。
家族の立場でどんな言葉をかけるのか?励ましは必要か?
家族は「苦しんでいる病人に何もしてあげられない」と無力感に陥ることがあります。
そんなときは黙ってそばにいてあげることが最大の看護です。
誰かがそばにいてくれるという安心感ほど安らげる看護はありません。何となく話をしたり、手足をさすってあげたり、ただ、寄り添うだけでよいのです。
「何かをすることではなく、そばにいることである」とは、イギリスのホスピスでよく使われる言葉です。
痛みに関しては医療者はモルヒネ、それでも効かなければ量を増やし、まだだめならば今度は神経ブロツク、と次々治療を追加していきます。
しかし、どうしてもとれない痛みの場合、誰かがそばにいて、痛いところをさすっているほうが薬よりよく効くこともあるのです。
人に甘えたり、頼ったりできないがんばり屋の患者さんは少なくありません。
そんな人には、とくに「つらければ遠慮せず、何でも言ってね」と声をかけてあげてください。
つらいときには我慢しないで「つらい」と言えるようにすることは、患者さんにとっても、家族にとっても、医療を担う人間にとっても、とてもよいことです。
わがままや権利ばかりを主張する患者さんもいます。
しかし、それはやり場のない怒りやいらだちが表面に出ているからです。
いくら他人の迷惑になりたくないと思っても、重い病気になれば必ず人に頼らなくてはならないからです。
「人に頼ることで幸せになる」ことを教えてあげることが大切です。
頼り上手な人は「頼ることは人に迷惑をかけることではなく、人を幸せにすることもできる」ということを知っている人です。
家族としてがん患者さんに接する心がまえ
- 患者さんの精神面の不安が強い場合は相談にのり、受診に付き添う
- 患者さん自身ができることは自分でしてもらい、家族は協力する立場で
- 食事や排泄の基本を押さえたら、あとは大らかにかまえる
- 受診忘れがないよう声をかけるのも家族の役目
- 患者さんの意見を聞きながら「この食品はこれぐらい煮たら大丈夫」「この食品は今は控えよう」など臨機応変に
- 何もかも面倒をみようと気負いすぎない肩の力を抜く
このように患者さんだけでなく、家族や看護する側もがんばりすぎてはいけません。
看護が長期にわたると、ときどき休憩をはさみながら、ゆっくりできる範囲でやっていくしかありません。
無理をして、看護するほうが参ってしまっては元も子もなくなります。
完壁をめざさないことです。時には息抜きが必要です。
病院にケースワーカーや医療相談担当者がいれば相談して、早い段階から公共のサービスを利用するなど、できる限り他人の力を借りましょう。
また介護認定は早めに取るよう手続きをしたほうがよいでしょう。
家庭に病人がいると、どうしても雰囲気が暗くなりがちですが、できる限り今までどおりの生活を続けることは、患者さんにとってもよいことです。
患者さんへの必要以上の遠慮や過度の気づかいは、かえって患者さんの負担を重くします。
あと注意することは、退院直後です。
入院中は医療スタッフや、自分と同じようにがんと闘っている人が近くにいるので、患者さんは不安や孤独感をある程度解消できます。
しかし、家庭に戻ると周囲は健康な人だけになってしまい、患者さんは疎外感に襲われがちなので温かく支えてあげることが大切です。
自宅療養時の注意事項
自宅療養では家族の協力とともに、患者さん自身の自己管理も大切です。
お互いに甘えすぎたり甘やかしすぎたりしない、良好な関係を目指しましょう。
仕事をもっている家族は、無理のない範囲で患者さんをサポートすることが大切です。仕事に影響が出て、収入にまで問題が及んでくるのはできるだけ避けたいことです。
食事についても、つくりおきしたおかゆを電子レンジであたためるなど、患者さんが自分でできることは積極的にやってもらいましょう。協力が大切といっても、家族が気負いすぎる必要はありません。
医療現場ではよく「患者の立場に立って」と言われますが、これはきれい事に過ぎません。
健康な人間は、病人と同じ立場には立てないしですし本当にその気持ちを理解することもできません。
だからこそ、訴えはきちんと聞き、全面的に受け入れて、対処の方法を考える必要があります。
患者が「辛い」「痛い」と訴えた時も医療者や家族が「そのぐらい大丈夫だろう」と勝手に判断するのは禁物です。
抗がん剤の副作用が出たら
副作用への対処も、個々の患者によって異なります。
何かの症状が出たとしても、本人が困っていなければ、周囲が気を揉むことはありません。(骨髄抑制のように本人には分かりにくく、しかも軽視すると大事に至る副作用は別)。その反面、一般に大したことはないと思われる症状でも、患者が困っているならそれは解決すべき「問題」です。
例えば、副作用として便秘が起きることがあります。
毎日規則的に便通があり、それが自然だという患者であれば、薬を使ってでも便秘を解消したほうがよいといえます。
だが、中にはもともと便秘がちで、便通が滞ってもあまり気にならない人もいます。
そういう患者の場合、必ずしも「毎日、必ず排世」を目標としなくてもよいのです。
ただし、薬剤の排泄経路などを考えれば、あまり強い便秘はよくないので、腸管運動を促す薬などを使う必要があります。
また、副作用で逆に下痢が起きた場合も、それが非常に辛い患者と少しぐらいは平気だという患者がいます。
「正常」のラインは一律ではなく、患者一人ひとりで違います。
副作用コントロール、体調管理のゴールは周囲が「正常」と思うところではありません。患者が「これならば満足」と思うところが、目指すゴールとなります。
がんの手術後の不安や精神的なダメージに対応するには
がんの手術が心理面に友ぼす影響は決して小さくありません。手術直後は、傷の回復の遅れや排便の変化に慣れないことへの不安もあるでしょう。
再発や転移への不安に加え、高齢の人はその先の人生そのものに不安を感じることもあるかもしれません。
こうした不安がある場合は、医師や看護師に遠慮なく相談しましょう。
手術後の回復をよりよくするためにも、心の問題点をできるだけ軽くしていくケアは欠かせません。
心の症状によっては精神科医や臨床心理士が対応し、必要に応じてカウンセリングなどの心理療法も行なわれます。
がんの手術後は人と話すことで精神的回復につながる
退院後は、入院中と違って人と接する機会が減ってしまいがちです。
だからといって内向的になるのではなく、積極的に周囲の人と話をする機会をもつことが重要です。家族や近所の人と挨拶を交わすだけでもかまいません。
そうすることで肉体的にも精神的にも、術後の不安定な状態から回復することができます。
手術後はストレスをため込まないように
退院後、なかなか体調が元に戻らないと、それがストレスとなって、ますます体調をくずしてしまうことがあります。
「前はこうだったのに」「本当はこうやりたいのに」という気持ちが強いほど、ストレスが強くなります。
このようなときは、「今はこうだけれど、だんだん変わるだろう」「今はこれがだめでも、これならできる」などと気持ちを切り換えることが大切です。
親しい人と話すだけでも、気持ちは軽くなります。ストレスをため込まないことが、健康生活への近道です。
ただし、気分の落ち込みや焦燥感・不安感が強く続く場合は、心の病気が疑われることがあります。
そのような場合は、まず、主治医に相談し、場合によっては精神科などを受診しましょう。
がん再発は大きな精神的ダメージに
医師からがんの再発を告げられたときや、「積極的治療ではなく緩和ケアをやりましょう」と説明されたとき、多くの人が非常に大きな精神的ショックを受けます。
そして、こうした状況におかれた患者さんさんは、「自分は医者から見はなされた」と感じることが少なくないようです。
実際、再発と診断された後、患者さんさんがうつ状態におちいったり、PTSD(心的外傷後ストレス障害=精神的ショックが原因で引き起こされるさまざまな症状)に苦しむようになる確率はたいへん高いとされています。
ある研究では、その確率は80パーセントに達するといいます。
多くの患者さんは再発する前にも、精神的ストレスとなる出来事をくり返し経験していることが少なくありません。
がんを告知されたときはもちろんですが、治療効果があまり見られないときや、治療の副作用に苦しむときなどです。
こうしたストレスが続いた後の再発は、とりわけ強い衝撃となる可能性があります。
そこで、がん専門病院の中には、精神腫瘍科(サイコオンコロジー)の医師が患者さんの心理的ケアを行ったり、精神科医や臨床心理士が指導しながら患者さんどうしのグループ・カウンセリングを開いたりする例もあります。
ただ、がん患者さんに対して専門家がこうした心理的ケアを積極的に行う医療機関は、いまのところまだ多くはないようです。
がん患者さんが精神的苦痛を乗り越えるには
患者さんの心の痛みは、医師や看護師と話し合って、互いによりよい関係を築くことにより軽減することがあります。
多くの場合、患者さんの精神的負担の原因は、死への恐怖感というより、むしろ自分の無力感や孤独感、痛みに対する恐怖、医療や家族、あるいは職場などに見捨てられるという不安感が大きな部分を占めるとされています。
医師や看護士との話し合いを重ねていけば、自分の病気の状態をよりよく理解し、治療についても正しい情報を得ることができます。
それによって、他人を責めたり、過去の自分の行動や生活を後悔したり、治療について不安や不満を抱くことが少なくなります。
また治療方針を医師と話し合い、治療法の選択に自らも参加することができれば、患者さんは治療に前向きになります。
そして、自分が状況をコントロールしているという意識をもつようになるということです。
再発経験をもつがん患者さんによると、「がんは慢性的な病気であり、気長につき合っていかなければならない」と考えると、精神的な落ち着きをとり戻しやすいといいます。
患者さんはときには、自分の体の状態を知りたくないと考えることもありますが、こうした感情は人間として自然なことです。
患者さんは医師や家族に対して、自分はどんなときに病状を知りたくないのか、何を知らせないでほしいのかを伝えておくとよいかもしれません。
患者さんが、自分の病状よりもむしろ子どもやベットなど大切な家族の世話をどうするか、職場の同僚に迷惑をかけているのでは、あるいは治療中に自分の仕事が失われてしまうのではないか、などという問題に思い悩むことも少なくありません。
アメリカがん協会などのアドバイスでは、こうした問題を自分でリストアップし、それに優先順位をつけて順に取り組むことを勧めています。
家庭生活や社会生活、経済的問題に対する不安を少しでも緩和するには、これらを支援する専門家であるソーシャルワーカーに相談するのも有効です。
各地域のがん拠点病院にはソーシャルワーカーが配置されています。
社会的な支援や家族の支えがあれば、患者さんの精神的苦痛は和らげられます。
しかしこのとき、家族や知人が患者さんに対して「がんばってね」などの励ますような言葉は患者さんにとっては逆効果になるとされています。
人に元気づけられるまでもなく患者さんは内心で自分を支える最大限の努力をしているのであり、そのことは患者さん以外には本当にはわからないからです。
患者さんはむしろ、自分のありのままの気持ちを聞いてもらったり、困難な状況に共感してもらうことによって多少とも安らぎを得ることができます。