がんと免疫の関係についての基本的な理解
がんに対する「免疫力を高める」という言葉を耳にする機会は多いのではないでしょうか。
実際に、民間のがん治療の中でも免疫療法は広く知られており、多くの患者さんやご家族が関心を寄せています。
しかし、民間の免疫療法は費用が高額である上に、その治療効果が科学的に証明されていないものがほとんどです。一方で、医療現場でも「免疫療法」という言葉が使われているため、一般の方々にはその違いが分かりにくく、効果が不確かな民間療法に手を出してしまうケースも少なくありません。
では、実際のところ免疫システムとがん細胞の関係はどのようなものなのでしょうか。この記事では、最新の研究結果をもとに、免疫とがんの複雑な関係について分かりやすく解説します。
免疫システムががん細胞を攻撃するメカニズム
まず基本的な理解として、免疫システムががん細胞を攻撃するという点は正しい認識です。私たちの体に備わっている免疫システムは、細胞の表面にある分子の微細な構造を見分けて作用します。
この免疫の特徴は「選択性」と呼ばれ、特定の分子のみを見つけ出す高い能力を持っています。この選択性という特性は、体内に転移した小さながんを発見して攻撃する治療法や、特定の分子の働きだけを妨害することで副作用を抑えた治療薬を開発する上で、重要な役割を果たします。
免疫抑制とがん発症の関係性
免疫システムががんを攻撃するという事実がある一方で、がんと免疫の関係はもっと複雑です。一般的には「免疫力が低下するとがんになりやすい」と考えられがちですが、実際の研究結果は必ずしもそうではないことを示しています。
例えば、臓器移植を受けた患者さんが免疫抑制剤を使用した場合を考えてみましょう。免疫抑制剤は文字通り免疫の働きを抑える薬ですが、調査の結果、ウイルス感染が関係しないがん(乳がんやすい臓がんなど)のリスクは、免疫抑制剤を使用しても上がらないという報告があります。
つまり、自分自身の免疫力が低下したとしても、必ずしもがんになりやすくなるわけではないのです。この事実は、がんと免疫の関係が単純ではないことを示しています。
免疫細胞ががん細胞を助けてしまう現象
さらに驚くべきことに、近年の研究では、がんの組織内に入り込んだ免疫細胞が、がん細胞の成長を助けてしまう例が明らかになっています。これは免疫システムの予想外の働きといえるでしょう。
免疫細胞によるがん促進のメカニズム
がんの周辺に集まった免疫細胞は、様々な分子を分泌します。本来であれば、これらの分子は異物や病原体を排除するために働くはずですが、がんという特殊な環境下では、以下のような形でがんの成長を助けてしまうことがあります。
- がん細胞の増殖を促進する
- がんに栄養を供給する新しい血管の形成を助ける
- がん細胞が周囲の組織に浸潤することを促す
- がん細胞が他の臓器に転移することを助ける
- がん細胞の遺伝子変異を促進する
このように、免疫細胞が分泌する分子が、結果的にがんの悪性化を進めてしまうことがあるのです。
免疫はがんにとって両刃の剣
ここまで見てきたように、免疫システムはがん細胞を攻撃する一方で、時にはがんの成長を助けてしまうこともあります。つまり、免疫はがんにとって「両刃の剣」となり得るのです。
| 免疫の働き | がんへの影響 |
|---|---|
| がん細胞の認識と攻撃 | がんの増殖を抑制する(プラス効果) |
| 炎症性分子の分泌 | がんの増殖や血管新生を促進する(マイナス効果) |
| がん細胞の排除 | 転移や浸潤を防ぐ(プラス効果) |
| 慢性炎症の形成 | 遺伝子変異を促進する(マイナス効果) |
がん免疫療法の現状と課題
医療現場で行われているがん免疫療法には、いくつかの種類があります。代表的なものとして、免疫チェックポイント阻害薬があります。これは、がん細胞が免疫細胞にかけている「ブレーキ」を外すことで、免疫細胞ががんを攻撃できるようにする治療法です。
2025年現在、オプジーボ(ニボルマブ)やキイトルーダ(ペムブロリズマブ)などの免疫チェックポイント阻害薬が、複数のがん種に対して保険適用となっており、一定の効果を上げています。
民間療法との違い
一方、民間で提供されている免疫療法の多くは、科学的な根拠が不十分です。高額な費用を支払っても、期待したような効果が得られないケースが多いのが実情です。医療機関で行われる免疫療法と民間の免疫療法には、以下のような違いがあります。
- 医療機関の免疫療法:臨床試験で効果が確認され、国の承認を得ている
- 民間の免疫療法:効果が科学的に証明されていないものが多い
- 医療機関の免疫療法:保険適用されるものがある
- 民間の免疫療法:全額自費負担で高額になりがち
今後の研究と期待される治療法
免疫システムとがんの関係についての研究は、日々進展しています。免疫のメカニズムに関する理解が深まれば、免疫という「両刃の剣」をより効果的にがん治療の道具として使いこなせるようになると期待されています。
具体的には、以下のような研究が進められています。
- どのような免疫細胞ががんを攻撃し、どのような免疫細胞ががんを助けるのかを詳しく解明する研究
- がんを助ける免疫細胞の働きを抑え、がんを攻撃する免疫細胞の働きを強める方法の開発
- 患者さん一人一人の免疫状態に合わせた個別化医療の研究
- 複数の免疫療法を組み合わせることで、より高い効果を目指す治療法の開発
ただし、これらの研究はまだ途上段階にあり、実用化までには時間がかかると考えられています。
患者さんが知っておくべきこと
がんと診断された患者さんやご家族が、免疫療法について考える際に知っておいていただきたいポイントをまとめます。
まず、「免疫力を高める」という謳い文句だけで治療法を選ぶのは危険です。医療機関で提供されている免疫療法であっても、すべてのがんに効果があるわけではなく、患者さんによって効果の出方は異なります。
また、民間の免疫療法については、その効果や安全性が科学的に証明されていないことを理解した上で、慎重に判断する必要があります。高額な費用を支払う前に、主治医に相談することをお勧めします。
自分自身の免疫力を保つためには、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠といった基本的な生活習慣を整えることが大切です。これらは特別な費用をかけずに実践できることです。
科学的根拠に基づいた情報の重要性
がん治療に関する情報は、インターネット上に溢れています。その中には、科学的根拠に基づかない情報や、誇大な効果を謳う情報も多く含まれています。
患者さんやご家族が情報を収集する際には、以下の点に注意してください。
- 情報源が信頼できるかどうか(医療機関、学会、公的機関などが発信しているか)
- 科学的な研究結果に基づいているか
- 特定の商品やサービスを販売する目的で作られた情報ではないか
- 極端な表現や断定的な表現が使われていないか
不安な時ほど、根拠のない情報に惑わされやすくなります。疑問に思うことがあれば、主治医や医療従事者に相談することが、最も確実な方法です。
免疫とがんの研究の進展
2025年現在、がん免疫療法の分野は目覚ましい発展を遂げています。特にCAR-T細胞療法と呼ばれる、患者さん自身の免疫細胞を体外で加工してがんを攻撃する能力を高めてから体内に戻す治療法が、血液がんの一部で実用化されています。
また、複数の免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせたり、免疫療法と従来の化学療法を組み合わせたりすることで、より高い効果を目指す治療法の研究も進んでいます。
しかし、これらの治療法も万能ではなく、効果が出る患者さんと出ない患者さんがいます。なぜそのような違いが生じるのか、どうすればより多くの患者さんに効果をもたらすことができるのかを解明することが、今後の研究の重要な課題となっています。
参考文献・出典情報
- National Cancer Institute - Immunotherapy to Treat Cancer
- Nature - Cancer Immunotherapy Research
- NCBI - The Role of the Immune System in Cancer
- American Cancer Society - Immunotherapy for Cancer
- Journal of Clinical Investigation - Cancer immunoediting
- Science - Hallmarks of Cancer: New Dimensions
- Cell - Hallmarks of Cancer: The Next Generation
- New England Journal of Medicine - Cancer Immunotherapy
- The Lancet - Cancer immunotherapy: lessons from the clinic
- World Health Organization - Cancer Fact Sheet


