がんは体内のいろいろな場所に転移します。しかしどこにでも同じ確率で転移するのではなく、転移しやすい臓器とそうではない臓器があります。もっとも転移が起こりやすいのは肝臓や肺、それに脳です。
これらのうち、肝臓はいわば人体の中心的な存在です。胃や腸、膵臓などの消化器官を通過した血液は、門脈という太い血管を通っていったん肝臓に向かいます。肝臓では、血液中の毒物が無害化され、栄養分は別の物質に変えられて肝臓内に貯蔵されます。
肝臓の中の血管は、こうした血液の処理作業を効率的に行えるように非常に細かく枝分かれしています。肝臓全体に張りめぐらされた毛細血管の内部では、血液の流れもゆっくりです。
胃や腸などの消化器官で生じたがん(がん細胞)が転移する能力を得て門脈の血液中に入り込むと、それは必ず肝臓に流れ込みます。そして、肝臓の細い血管の行き止まりにがん細胞が引っかかって、そこに根を張るとみられています。
こうして肝臓の血管内にとどまったがん細胞はその場で増殖し、しだいに血管壁に浸潤して、肝臓の組織内で増えていきます。これは肝臓での転移が起こった状態だといえます。
いっぽう、肺は全身からの血液を受け取り、二酸化炭素を取り除いて酸素を供給する役割をもちます。そのため、肺の内部には肝臓と同様、細い血管が網目のように広がっており、やはり血管の行き止まりにがん細胞がつまりやすい状態となっています。こうして血管につまったがん細胞が、そこで増殖して新たな転移巣を生み出すのです。
脳もまた転移しやすい場所のひとつです。脳にも毛細血管が多く、また脳に向かう血液はとりわけ栄養に富んでいるためです。脳内を通る血管は他の毛細血管より壁が厚く、また異物を通しにくい特殊な構造(血液脳関門)をしています。
しかし転移する能力を得たがん細胞は血管壁のたんぱく質を溶かすことができるため、血管壁を通り抜けて脳組織の内部で増殖することになります。このように、がんが肺や肝臓、脳のような重要な臓器に転移しやすいことは、がんを根治するうえで非常に大きな障害となっています。
これらの臓器はどれも生命の根幹ですので、すべてを切除するわけにはいきません。またたとえ転移したがんを摘出しても、別の部位に新しい転移巣が発生する可能性が高いのです。
がんは、その種類ごとに転移しやすい場所が異なるようです。たとえば乳がんはまず周辺のリンパ節に転移しますが、ついで肺や肝臓、脳、骨にも転移しやすいことが知られています。
腎臓がんは肺と骨への転移が多く、骨の痛みをきっかけにして腎臓がんが発見されることもあります。子宮頸がんは肺への転移が起こりやすく、前立腺がんは骨に転移しやすいとされています。
なお、がんが別の臓器に転移したときには、もとのがん(原発がん)の名前で呼ばれます。たとえば大腸がんが肝臓に転移した場合、そこで生じたがんは通常の肝臓がんではなく、「大腸がんの肝臓転移(肝転移)」あるいは「転移性肝臓がん」と呼ばれます。
転移して生じたがんを原発がんと区別するのは、がん細胞は一般に発生した場所によって性質が異なり、治療法も異なるからです。たとえば大腸がんの肝臓転移に対して抗がん剤を使用するときは、原発性の肝臓がん用の薬ではなく、大腸がんに効果的な薬を選択することになります。
以上、がんの特徴についての解説でした。