甲状腺がんと診断された患者さんにとって、どのような治療法があるのか、どの治療を選択すべきかは切実な問題です。
2025年現在、甲状腺がんの治療は大きく進歩し、患者さんの病状や年齢に応じて様々な選択肢が提供されています。本記事では甲状腺がんの最新治療法について詳しく解説します。
甲状腺がん治療の基本方針
甲状腺がんの治療には「手術」「甲状腺ホルモン療法」「放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)」「分子標的療法」「放射線療法」などがあります。これらの治療法は、がんの種類や進行度、患者さんの年齢や全身状態を総合的に判断して選択されます。
甲状腺がんの中でも最も頻度が高い乳頭がん、濾胞がん、髄様がんでは手術が第一選択となります。手術では、がんを含む甲状腺組織の切除と、周囲のリンパ節郭清が一般的に行われます。
ステージ別の甲状腺がん治療アプローチ
超低リスク・低リスク群の治療
腫瘍の大きさが1cm以下で、周囲のリンパ節が腫れていない超低リスク乳頭がんでは、すぐに手術を行わず定期的な経過観察を選択することがあります。これを「積極的経過観察」と呼び、2025年現在では標準的な選択肢の一つとなっています。
手術が必要な場合は、体への負担を最小限に抑える「小切開甲状腺切除術」が選択されることが多くあります。この手術では首の傷は約3センチ程度で済み、従来の手術と比較して痛みや術後の不快感を軽減できます。
中リスク・高リスク群の治療
がんが進行している場合や転移がある場合には、甲状腺全摘術や拡大頸部リンパ節郭清など、より広範囲の手術が必要になります。このような場合、手術による合併症のリスクも高くなります。
甲状腺がんの手術方法と切除範囲
甲状腺の手術は、がんの大きさと位置によって切除範囲が決定されます。主な手術方法は以下の通りです。
手術方法 | 切除範囲 | 適応 |
---|---|---|
葉切除術 | 甲状腺の左右どちらか半分 | 片側の小さながん |
亜全摘術 | 甲状腺の約3分の2 | 中程度の進行がん |
甲状腺全摘術 | 甲状腺をすべて | 両側のがんや高リスク症例 |
手術による合併症と対策
甲状腺手術では、反回神経損傷による声のかすれや、副甲状腺機能低下による低カルシウム血症などの合併症が起こる可能性があります。現在では術中神経モニタリングや微細な手術技術により、これらの合併症のリスクは以前よりも軽減されています。
反回神経を傷つけた場合、「しわがれ声」や「誤嚥によるむせ」が生じますが、神経の損傷が軽度であれば数か月で改善することがほとんどです。副甲状腺を摘出した場合は、血液中のカルシウムが減少するため、カルシウム製剤やビタミンDの永続的な内服が必要になります。
甲状腺ホルモン療法の意義と方法
甲状腺手術後のホルモン療法には2つの目的があります。
TSH抑制療法
甲状腺刺激ホルモン(TSH)は甲状腺がん細胞の増殖を促進する可能性があるため、十分量の甲状腺ホルモン薬を服用してTSHの分泌を抑制します。これは主に葉切除術を行った患者さんが対象となります。
甲状腺ホルモン補充療法
甲状腺の亜全摘術や全摘術を行った場合、甲状腺ホルモンが絶対的に不足するため、生涯にわたって甲状腺ホルモン薬による補充療法が必要になります。
放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)
放射性ヨウ素内用療法は、甲状腺がんが肺や骨に転移した場合に行われる特殊な放射線治療です。放射性ヨウ素(I-131)のカプセルを内服することで、がん細胞に取り込まれた放射線ががん細胞を内部から攻撃します。
この治療には「アブレーション」「補助療法」「治療」の3つの目的があり、それぞれ使用する放射性ヨウ素の量が異なります。2025年現在では、この治療を実施できる施設は限られているため、専門施設での治療が必要です。
2025年最新の分子標的療法
近年、甲状腺がん治療で注目されているのが分子標的療法です。従来の化学療法とは異なり、がん細胞特有の遺伝子変異や蛋白質を標的とする治療法です。
適応となる患者さん
分子標的療法は主に以下の場合に検討されます。
- 放射性ヨウ素治療に抵抗性の分化がん(乳頭がん・濾胞がん)
- 進行性の髄様がん
- 切除不能な未分化がん
主な分子標的薬
現在使用されている主な分子標的薬には、ソラフェニブ、レンバチニブ、セルペルカチニブなどがあります。これらの薬剤は、がんの種類と遺伝子変異に応じて選択されます。
2024年には、BRAF変異陽性の未分化がんに対するBRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法も承認され、治療選択肢が拡大しています。
がんゲノム医療と免疫チェックポイント阻害薬
2025年現在、甲状腺がん治療においてもがんゲノム医療が導入されています。がん遺伝子パネル検査により、腫瘍遺伝子変異量(TMB)が一定以上の場合、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブが使用可能となっています。
また、未分化がんに対しては、分子標的薬と免疫療法薬アテゾリズマブの併用療法により、従来の治療では得られなかった長期生存の症例も報告されています。
甲状腺がんの治療期間
甲状腺がんの治療期間は、がんの種類と選択される治療法によって異なります。
手術治療の場合
手術自体は通常2〜3時間程度で完了し、入院期間は平均8〜16日程度です。手術後は定期的な通院での経過観察が長期間にわたって必要になります。
薬物療法の場合
甲状腺ホルモン療法は生涯継続が基本となります。分子標的療法は効果が持続する限り継続されますが、副作用により中断や減量が必要になる場合があります。
甲状腺がん治療の費用
甲状腺がんの治療費用は、選択される治療法により異なります。
手術費用
甲状腺がんの手術費用は、概算で15万円〜30万円程度です(高額療養費制度適用前)。高額療養費制度により、実際の自己負担額は所得に応じて月額上限が設定されます。
薬物療法費用
甲状腺ホルモン薬は比較的安価ですが、分子標的薬は高額な治療となります。これらも高額療養費制度の対象となるため、実際の負担額は所得により異なります。
所得区分 | 月額上限額 |
---|---|
年収約1,160万円〜 | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% |
年収約770万〜1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% |
年収約370万〜770万円 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
年収〜370万円 | 57,600円 |
住民税非課税者 | 35,400円 |
治療しない場合のリスクと経過観察
甲状腺がんの自然経過
甲状腺がんは他のがんと比較して進行が遅く、特に乳頭がんの大部分は生命に影響を与えない「おとなしいがん」とされています。1cm以下の微小がんでは、生涯を通じて大きくならない場合も多く、消失してしまうケースも報告されています。
治療しない場合のリスク
しかし、治療をしない場合には以下のリスクがあります。
- がんの進行による周囲臓器への浸潤
- リンパ節や遠隔臓器への転移
- 声のかすれや呼吸困難などの症状出現
- より悪性度の高いがんへの変化(未分化がんなど)
特に高齢になるほど、同じ大きさのがんでも悪性化のリスクが高まるため、年齢を考慮した治療選択が重要です。
5年生存率と長期予後
甲状腺がん全体の5年生存率は90%以上と良好です。ステージ別では以下の通りです。
- ステージ1・2:ほぼ100%
- ステージ3:98.9%
- ステージ4:71.2%
ただし、未分化がんでは5年生存率が7%程度と予後は厳しく、早期の積極的治療が必要です。
甲状腺がん治療の新たな展開
個別化医療の進歩
2025年現在、甲状腺がん治療は遺伝子検査に基づく個別化医療が主流となりつつあります。患者さん一人一人のがんの遺伝子変異を調べることで、最も効果が期待できる治療法を選択できるようになりました。
チーム医療の重要性
現在の甲状腺がん治療では、外科医、腫瘍内科医、内分泌内科医、放射線科医、緩和ケア医が連携したチーム医療が不可欠となっています。各専門医の知識と技術を組み合わせることで、より良い治療成果を目指しています。
治療選択における重要なポイント
甲状腺がんの治療選択では、以下の点を総合的に検討することが重要です。
がんの性質と進行度
甲状腺がんの種類(乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、未分化がんなど)と、TNM分類に基づく進行度を正確に評価します。
患者さんの状況
年齢、全身状態、職業、生活環境、家族構成なども治療選択に影響します。特に若年者では長期的な生活の質を重視した治療選択が重要です。
治療のメリットとデメリット
各治療法の期待される効果と、起こりうる副作用や合併症を十分に理解した上で選択することが大切です。
術後の経過観察と再発予防
定期検査の重要性
甲状腺がんの治療後は、10年〜20年という長期間にわたる経過観察が必要です。一般的には手術後1〜2年間は1〜3か月ごと、3年目以降は半年ごとの通院となります。
検査内容
定期検査では、血液検査(サイログロブリン値、甲状腺ホルモン値)、超音波検査、必要に応じてCTやPET検査などが行われます。
生活の質(QOL)への配慮
甲状腺がんは比較的予後の良いがんですが、治療による生活への影響を最小限に抑えることも重要な治療目標です。
社会復帰への支援
手術後の職場復帰や日常生活への復帰について、医師やコメディカルスタッフと相談しながら段階的に進めることが大切です。