手術ができないような進行性の肺がん(おもにステージ3~4期)の場合、がんの増殖が進むことで「がん悪液質(あくえきしつ)」を伴うことがあります。およそ60%の患者さんに悪液質の症状が生じます。
「悪液質」とは耳慣れない言葉ですが、がんが進行すると次第に聞こえてくる言葉だといえます。どのような症状・状態なのでしょうか。
悪液質とは?
まず、悪液質はがんだけではなく、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や慢性腎不全でも起こることがあります。そのため、医学的にはこれらと区分するために「がん悪液質」と呼ばれます。
悪液質とは、口から食事ができなくなり、点滴などで栄養を補給しても体力の改善がままならず、特に「筋組織の減少に伴う体重減少の病態」のことをいいます。もっと分かりやすくいえば、筋力が衰え、やせ細り、栄養の補給手段も難しくなった状態といえます。
「がんになると栄養失調になる」とよくいわれますし、末期がんになるとかなり痩せてしまうというイメージを持っている人も多いと思います。これらはまさに悪液質の状態といえます。
では、なぜ悪液質になるのでしょうか。
まず1つはがんの進行に伴い、細胞の代謝機能が低下することで栄養が行き渡らなくなること。
もう1つ最近の研究で分かった原因は、腫瘍組織が産生するインターロイキン-6(IL-6)などの「炎症性サイトカイン」の関与です。
サイトカインとは免疫システムの細胞から分泌されるたんぱく質です。炎症性サイトカインにより、発熱、食欲不振、体重減少などの全身炎症が引き起こされます。
そうなると「たんぱく合成」ができなくなり、採血検査をするとアルブミン(タンパク質の指標)低下や、CRP(C反応性たんぱく)値(炎症反応を調べる指標)の上昇などが見られます。
さらに骨では破骨細胞が活性化して骨転移が進み、骨髄では貧血等が起こり、進行していきます。食欲不振や発熱があれば倦怠感も出てきますし、QOL(生活の質)がどんどん低下していきます。
がん悪液質の診断基準
悪液質の診断には、ヨーロッパ緩和ケア共同研究による診断基準が用いられることが多いです。
この判断基準によると、悪液質になる段階があります。
1.「前悪液質」
体重減少が5%以下で、食欲不振、代謝異常を伴う病態は「前悪液質」と呼ばれています。
2.「悪液質」
悪液質とは「5%以上の体重減少」、または「体重減少(2%より大)+BMI(ボディー・マス・インデックス)が20%未満」、または「体重減少(2%より大)+サルコペニア(骨格筋量の減少、骨格筋力の低下)」のいずれか1つに、経口摂取不良や全身炎症を伴う状態だと定義されています。
3.「難治性悪液質」
これは治療が困難で生命予後も3カ月未満という状況になります。
上記のこの3つの段階ははっきり分けられるわけではありませんが、一般的には前悪液質、悪液質までの段階では何らかの治療や処置が可能であるのに対して、難治性悪液質になる治療は難しく元に戻ることが不可能と言われています。
がん悪液質が進んでくると倦怠感が強くて動けなくなる、歩行が困難になるなど、段々と日常生活に支障をきたしてしまいます。「前悪液質」である食欲不振や体重減少がみられてきたら注意が必要ですが、この段階の人は抗がん剤治療を受けている場合が多く、薬の副作用で食欲不振が起きていることもあります。
がん悪液質の対策としてはステロイドを使う
がんの進行によって悪液質も症状が進むため、がんの進行を抑えるための抗がん剤や分子標的薬の化学療法を行うことが第一とされています。
前悪液質、悪液質までの段階なら、(副作用のリスクはあるものの)抗がん剤や分子標的治療薬などを投与し進行の抑制を狙います。
薬でがんの勢いを止めることで、悪液質の状態から脱することができる方もいます。肺がんの場合、非小細胞肺がんでEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性の人は、イレッサなどの分子標的薬の治療により、長くがんの進行を抑え、予後が延びたという報告もあります。
毒性の強い「抗がん剤治療」を行う場合には体力が必要なので、一般的には「症状がない~日中の半分以上は起きて過ごす」の状態で、通院可能な場合に投薬可能とされています。
なお「難治性悪液質」の状態のような、炎症性サイトカインの過剰のがん悪液質に対して有効とされているのは、現在のところ、抗炎症薬のステロイド(経口または点滴)だけです。ステロイドで炎症を抑えると、発熱や倦怠感、食欲低下を改善できることがあります。
ただ、長期のステロイド投与は免疫力を低下させますし、がんも進行してくるためどうしても限界があります。難治性悪液質の段階では、治療できる体力はなく、ステロイドで多少改善できても、栄養が入らないので回復は困難です。
この他、悪液質を改善させる栄養成分として、EPA(エイコサペンタエン酸)や栄養補助食品などが検討されていますが、医学的な効果は実証されていません。
がん悪液質の薬「アナモレリン」に対する期待
がん悪液質を改善させる薬剤はステロイドのみという現状にあって、アナモレリン(一般名)の臨床試験が行われ、がん悪液質を改善する経口薬として期待されています。すでに海外では第Ⅲ相試験まで行われ、日本でも、臨床試験(第Ⅱ相)が進められています。
アナモレリンとはどのような薬なのでしょうか。
アナモレリンは食欲を増進させるホルモンであるグレリンと似た働きをする薬です。
体内では、胃でグレリンというホルモンが産生され、脳の下垂体中枢、食欲中枢に作用して、食欲を増進させ、成長ホルモン、タンパク合成の促進、筋肉量の増加などを促すことがわかっています。
アナモレリンはグレリンと同じ作用を持つ薬です。しかも、グレリンは半減期が10分程度と非常に短いのに対して、アナモレリンは経口摂取でき、小腸で取り込まれるために、半減期が7時間と長いのが特徴です。
そのため、炎症によって食欲が落ちている人にグレリンと同じような作用を与えて食欲を増進させ、体重増加、除脂肪(骨格筋)体重の増加、筋力の改善、QOLの改善を目指すことが目的です。
臨床試験では、手術が適応とならないステージ3、4期もしくは術後再発の非小細胞肺がん患者で、過去6カ月以内に5%以上の体重減少が認められ、食欲不振、倦怠感、全身筋力低下などが認められる約160人を対象とし、プラセボ(偽薬)、100㎎、50㎎(各1日1回、12週間服用)の3群で比較試験が行われました(その間も化学療法などがんに対する治療は並行して行われた)。
悪液質の特徴である「筋肉低下に伴う体重減少」の改善を見るため、主要評価項目は除脂肪体重(骨格筋の重さ)、握力とし、副次評価項目として体重、QOLなどを見る試験でした。
その結果、主要評価項目の除脂肪体重、握力ともに、平均するとプラセボ群とアナモレリン群では、統計学的な有意差は出ませんでした。ただ除脂肪体重については、投与8週、12週時点と経時的に見ていくと、明らかに100㎎群で増加していることが確認されました。
いっぽう、副次評価項目である、QOL、体重については、有意な改善が見られています。例えば、QOLの活動性の面では、「日常生活」「30分位の散歩」、さらには「1人での入浴」といった項目に関して、100㎎群で明らかに活動性が増していることがわかっています。
また、身体状況についても「食欲はありましたか」「食事がおいしいと思いましたか」という質問に対して、100㎎で有意な改善が見られ、食欲増進作用が非常に高いことがうかがえます。
なお副作用としては下痢や悪心などが見られたものの、軽度で少なく、とくに目立ったものは確認されなかったとのことです。
2016年4月現在ではまだ臨床試験が続いている段階なので実際に使えるようになるまでには時間がかかりそうですが、ある程度使えるメドはたっているといえます。
以上、肺がんの悪液質についての解説でした。
がんと診断されたあと、どのような治療を選び、日常生活でどんなケアをしていくのかで、その後の人生は大きく変わります。
納得できる判断をするためには正しい知識が必要です。