イレッサ(ゲフィチニブ)の基本情報
イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)は、非小細胞肺がんの治療に使用される分子標的薬です。
アストラゼネカ社から発売され、2002年の登場時は画期的な薬として注目されました。しかし、副作用への理解不足により重篤な間質性肺炎による死亡事例が相次ぎ、現在では慎重な管理のもとで使用されています。
項目 | 詳細 |
---|---|
一般名 | ゲフィチニブ |
商品名 | イレッサ |
製造会社 | アストラゼネカ |
投与経路 | 経口(内服薬) |
薬価 | 2,243円(250mg1錠)※2025年現在 |
血管外漏出による皮膚障害のリスク | なし |
催吐リスク | 最小 |
イレッサの作用機序と特徴
イレッサの主な作用機序は、上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼを選択的に阻害することです。EGFRチロシンキナーゼを選択的に阻害し、腫瘍細胞の増殖能を低下させる働きがあります。
具体的には以下の3つのメカニズムで抗腫瘍効果を発揮します:
1. がん細胞の増殖能を低下させる働き
2. アポトーシス(細胞死)を誘導する働き
3. 血管内皮増殖因子(VEGF)の産生抑制を介して腫瘍内の血管新生を阻害する働き
代謝経路については、主に肝代謝で処理され、主要な代謝酵素はCYP3A4です。代謝物の大部分は糞中に排泄されます。
EGFR遺伝子変異との関係
EGFR遺伝子変異は、日本を含むアジア人の30~40%の非小細胞肺がんの患者さんのがん細胞に認められます。特に、女性、非喫煙者、腺がんの患者さんで多く見られる傾向があります。
EGFR遺伝子変異には、いくつかのパターンがあります。特に発現が多い遺伝子変異は、EGFR遺伝子の中のエクソン19という部位の一部がなくなっている「エクソン19欠失」、エクソン21という部位の塩基の並びが入れ替わっている「L858R点変異」です。
イレッサが使用されるがんの種類
イレッサは現在、以下の適応で使用されています:
・非小細胞肺がん(EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発例)に対する単剤投与
2025年現在、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんの治療においては、イレッサ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブなど複数の選択肢が存在します。患者さんの年齢、全身状態、副作用の許容性などを総合的に判断して薬剤が選択されます。
投与方法と使用時の注意点
標準的な投与方法
・EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がんに対して、250mgを1日1回経口投与
・高齢者では食後の服用が推奨される場合があります
慎重投与となる患者さん
以下の条件に該当する患者さんでは、特に慎重な管理が必要です:
・急性肺障害・特発性肺線維症・間質性肺炎・じん肺症・放射線肺炎・薬剤性肺炎(既往を含む)
・肝機能障害
・全身状態の不良(PS2以上)
併用に注意が必要な薬剤・食品
CYP3A4活性に影響を及ぼす薬剤や食品との併用には注意が必要です:
・フェニトインやカルバマゼピン(抗てんかん薬)
・バルビツール酸系薬剤
・グレープフルーツジュース
・プロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬(胃薬)
・ワルファリン(抗凝固薬)
イレッサの重大な副作用
急性肺障害・間質性肺炎
イレッサの最も重要な副作用は急性肺障害・間質性肺炎です。
急性肺障害や間質性肺炎は、薬の服用を開始してから比較的早い時期に現れることが多いとされています。そのため、少なくとも薬の投与開始から最初の4週間は、入院またはそれに準ずる厳重な管理のもとで、医師が患者さんの状態を十分に観察することが特に重要です。
安全性評価対象症例3,322例中1,867例(56.2%)に副作用が認められ、主な副作用は、発疹568例(17.1%)、肝機能異常369例(11.1%)、下痢367例(11.1%)、急性肺障害・間質性肺炎は193例(5.8%)等であった。急性肺障害・間質性肺炎193例のうち、75例が死亡し、安全性評価対象症例数3,322例中の死亡率は2.3%、急性肺障害・間質性肺炎発現症例数193例中の死亡率は38.9%であった。
症状としては以下が挙げられます:
・発熱
・咳(空咳を含む)
・息苦しさ・息切れ
・呼吸困難
・痰が出る
その他の重大な副作用
重度の下痢(1%未満):激しい腹痛、水様便、吐き気などの症状がみられます。
脱水(1%未満):意識が低下する、手指のふるえ、体がだるいなどの症状がみられます。
消化管穿孔・消化管潰瘍、血尿・出血性膀胱炎も報告されています。
肝機能障害
肝炎、肝機能障害、黄疸、肝不全が起こる可能性があります。定期的な肝機能検査(AST、ALT、LDH、γ-GTP、Al-P、ビリルビン等)が必要です。
皮膚症状
中毒性表皮壊死融解症(TEN)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、多形紅斑といった重篤な皮膚症状が報告されています。関節の痛み、発熱、皮膚の赤みやただれ、水ぶくれなどの症状が現れる場合があります。
その他の副作用
よく見られる副作用
ゲフィチニブ(イレッサⓇ)の主な副作用は、発疹、下痢などです。具体的には以下のような症状があります:
・皮膚症状:発疹、掻痒症、皮膚乾燥、皮膚亀裂、ざ瘡等
・消化器症状:下痢、嘔気、嘔吐、食欲不振
これらの副作用は、従来の抗がん剤に比べて軽微とされていますが、適切な管理が重要です。
投与に関する重要なポイント
患者さんへの指導事項
風邪のような症状(息切れ、呼吸困難、呼吸速迫、頻脈、乾性咳嗽および発熱など)が現れた場合は、急性肺障害・間質性肺炎の可能性があるため、すぐに医療機関に連絡することが重要です。
高齢者では胃酸分泌が低下していることがあるため、食後の服用が推奨されます。
服薬管理
飲み忘れに気づいた場合は、すぐに1錠服用し、翌日から通常通り服用します。ただし、2錠を1度に服用したり、1日に2回服用したりしてはいけません。副作用が強く現れる可能性があります。
PTPシートから出さずに保管し、服用時にシートから取り出すようにします。
2025年の治療における位置づけ
現在、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんに対する1次治療では、イレッサ以外にもエルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブといった選択肢があります。
「エクソン19欠失変異」と「エクソン21のL858R点突然変異」があり、全身状態がいい75歳未満の患者さんでは、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブの3剤が強く推奨されますが、75歳以上ではゲフィチニブとエルロチニブの2剤が推奨となります。
また、2025年にはタグリッソ®錠40mgおよびタグリッソ®錠80mg(一般名:オシメルチニブメシル酸塩、以下、タグリッソ)について、「EGFR 遺伝子変異陽性の切除不能な局所進行の非小細胞肺癌における根治的化学放射線療法後の維持療法」を効能又は効果として承認取得しました。
副作用の管理と予防
定期的な検査の重要性
イレッサ投与中は以下の検査を定期的に実施することが推奨されます:
・胸部X線検査(間質性肺炎の早期発見のため)
・肝機能検査(1~2ヶ月に1回程度)
・腎機能検査(脱水による腎不全予防のため)
・電解質検査
患者さんの自己観察
肺がん患者さんは、もともと呼吸困難を感じていることが多いため、副作用による症状の変化を見逃しやすいという問題があります。
最新の研究動向
耐性メカニズムの解明
オシメルチニブ耐性のEGFR変異(EGFR-T790M+C797S)肺がん細胞にブリグチニブと抗EGFR抗体との併用療法が有用である可能性を動物実験で確認しました。このような研究により、イレッサ耐性後の治療選択肢が広がる可能性があります。
免疫療法との関係
EGFR遺伝子変異陽性肺がん細胞が制御性T細胞を呼び寄せ、一方、がん細胞傷害性T細胞を遠ざけることで、がん免疫療法に抵抗していることを明らかにしました。この発見により、今後EGFR阻害薬と免疫療法の併用による治療効果向上が期待されています。
患者さんとご家族へのアドバイス
イレッサは適切に使用すれば効果的な治療薬ですが、重篤な副作用のリスクも伴います。治療開始前には必ず医師から十分な説明を受け、治療中は以下の点に注意してください:
・決められた用法・用量を守る
・他の薬剤や健康食品を併用する場合は必ず医師に相談する
・風邪様症状や息苦しさを感じたらすぐに受診する
・定期的な検査を欠かさず受ける
・皮膚症状や下痢などの副作用が現れた場合は我慢せずに相談する