
エリブリン(ハラヴェン)とは――どんな薬なのか
エリブリンメシル酸塩(商品名:ハラヴェン)は、2011年に日本で承認された比較的新しい抗がん薬です。
この薬の最大の特徴は、海洋生物である「クロイソカイメン」から抽出された天然物質「ハリコンドリンB」をもとに合成開発された点にあります。神奈川県の三浦半島で採取された海綿動物の成分に着目し、エーザイ社と岸義人氏の共同開発によって誕生しました。
エリブリンは「微小管ダイナミクス阻害薬」という分類に属します。がん細胞が分裂するときに必要な微小管という構造物の伸長(重合)を妨げることで、細胞分裂を停止させ、がん細胞を死滅に導きます。
タキサン系の抗がん薬も微小管に作用しますが、エリブリンはタキサン系とは異なる部位に働きかけるため、タキサン系の薬が効かなくなった患者さんにも効果が期待できる可能性があります。
対象となるがんの種類
エリブリンが保険適用となっているのは、以下の2つです。
手術不能または再発乳がん
特にアントラサイクリン系およびタキサン系抗がん薬を含む化学療法を既に受けた後に、病気が進行または再発した患者さんが対象となります。
前治療歴のある転移性乳がんの患者さんにおいて、エリブリン単剤で全生存期間を延長したことが臨床試験で示されています。海外の大規模試験(EMBRACE試験)では、主治医選択治療群に比べて約2.7ヶ月間の生存期間延長が認められました。
悪性軟部腫瘍
2016年に追加承認された適応です。進行または再発の悪性軟部腫瘍(特に脂肪肉腫や平滑筋肉腫)に対して使用されます。
臨床試験では、全生存期間の中央値がダカルバジン群の8.4ヶ月に対してエリブリン群は15.6ヶ月であり、全生存期間を有意に延長することが確認されています。
エリブリンの効果と奏効率
日本で実施された乳がん患者さんを対象とした臨床試験では、奏効率(がんが縮小したり消失したりする割合)は21.3%でした。
この数値だけを見ると決して高くないと感じるかもしれませんが、エリブリンが使われるのは、多くの場合、すでに複数の抗がん薬治療を受けた後の患者さんです。そうした状況において、単剤で生存期間を延長できることが確認されている点は重要な意味を持ちます。
また、近年の臨床試験では、HER2陰性の転移性乳がん患者さんの1次または2次化学療法としてエリブリンを使用した場合、全生存期間が延長する傾向が示されています。
投与方法とスケジュール
投与方法
エリブリンは静脈内投与(点滴注射)で使用します。他の薬剤との混注は避ける必要があります。
投与時間は2~5分と短時間です。長時間の点滴が必要な抗がん薬と比べて、病院での滞在時間が短くて済むため、日常生活への影響を少なくできる利点があります。
投与スケジュール
標準的な投与スケジュールは以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 投与量 | 体表面積1㎡あたり1.4mg |
| 投与頻度 | 週1回 |
| 投与サイクル | 2週連続投与+1週休薬=3週間で1サイクル |
| 投与時間 | 2~5分間 |
つまり、1週目と2週目に投与を受け、3週目は休薬します。この3週間を1サイクルとして、効果が続く限り、また副作用が許容できる範囲である限り繰り返します。
副作用の程度によっては、投与を延期したり、用量を減らしたりすることがあります。減量する場合は、1.4mg/㎡→1.1mg/㎡→0.7mg/㎡と段階的に調整されます。
主な副作用とその頻度
エリブリンの臨床試験では、ほぼ全例で何らかの副作用が報告されています。事前に起こりうる副作用を知っておくことで、早期に対処できる可能性が高まります。
骨髄抑制
最も高頻度で起こる副作用です。骨髄抑制とは、血液を作る骨髄の働きが低下し、白血球、赤血球、血小板などが減少する状態を指します。
日本の臨床試験では以下のような頻度で報告されています。
| 血液成分 | 発現頻度 |
|---|---|
| 白血球減少 | 98.8~99.2% |
| 好中球減少 | 98.5~98.8% |
| リンパ球減少 | 54.3~63.6% |
| 貧血(ヘモグロビン減少) | 21.2~32.1% |
| 血小板減少 | 9.1~11.1% |
白血球や好中球の減少は投与開始から約2週間後(中央値14日)に最低値となり、そこから約1週間(中央値7日)で回復する傾向があります。
好中球が減少すると感染症にかかりやすくなります。発熱性好中球減少症は10~20%の患者さんに起こるとされており、発熱、感染症の徴候があれば速やかに医療機関に連絡する必要があります。
脱毛
日本の臨床試験では58.0%の患者さんに脱毛が報告されています。
すでに他の抗がん薬治療で脱毛を経験した患者さんの中には、「また脱毛するのは避けたい」という理由でエリブリンの治療を選択しない場合もあります。治療の選択にあたっては、効果と副作用のバランスを主治医とよく相談することが大切です。
末梢神経障害
手足のしびれ、ピリピリ感などの末梢神経障害は、24.7~28.0%の患者さんに起こります。
国立がん研究センター中央病院の情報によると、約3人に1人の割合で手足のしびれが出たり、治療前からのしびれが強くなったりすることがあるとされています。しびれの症状が強くなった場合は、用量調整や休薬が検討されます。
消化器症状
| 症状 | 発現頻度 |
|---|---|
| 食欲減退 | 43.2% |
| 悪心(吐き気) | 42.0% |
| 口内炎 | 39.5% |
| 味覚異常 | 33.3% |
| 嘔吐 | 14.8% |
| 下痢 | 13.6% |
| 便秘 | 12.3% |
エリブリンは比較的吐き気が起こりにくい抗がん薬とされていますが、患者さんによっては吐き気が出たり、食欲が低下したりすることがあります。
全身症状
疲労感やだるさは40%以上の患者さんに起こります。投与後に体が重く感じる、だるさを感じることは約半数の患者さんで報告されています。
また、発熱は約25%の患者さんに起こります。投与後約3日以内に、薬剤に対する反応として発熱することがあります(薬剤熱)。
肝機能障害
AST上昇(29.6%)、ALT上昇(27.2%)など、肝機能の数値が上昇することがあります。定期的な血液検査でモニタリングされます。
その他の重大な副作用
頻度は高くありませんが、以下のような重大な副作用が起こる可能性があります。
- 感染症(敗血症、肺炎など)
- 間質性肺炎(1.5%)
- 皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)
- 多形紅斑
- QT間隔延長
投与時の注意点
投与前の確認事項
エリブリンの投与を開始する前、および各サイクルの投与時には、以下の基準を満たしているかを確認します。
| 検査項目 | 基準値 |
|---|---|
| 好中球数 | 1,000/mm³以上 |
| 血小板数 | 75,000/mm³以上 |
| 非血液毒性 | Grade2以下 |
これらの基準を満たさない場合は、投与が延期されます。
慎重投与が必要な患者さん
以下に該当する患者さんは、エリブリンの使用に特に注意が必要です。
- 骨髄抑制がある患者さん
- 肝機能障害がある患者さん(薬の血中濃度が上昇し、好中球減少の頻度が高くなる傾向)
- 腎機能障害がある患者さん(薬の血中濃度が上昇する傾向)
- 高齢の患者さん
禁忌(使用できない場合)
- 高度な骨髄抑制がある患者さん
- 本剤の成分に対して過敏症の既往歴がある患者さん
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性
アルコール含有に関する注意
エリブリンには微量のアルコールが含まれています。車の運転に支障がない程度の量ですが、アルコールに過敏な患者さんには注意が必要です。ほてり感、ふらつき、傾眠を感じることがあります。
日常生活への影響
エリブリンの投与時間が2~5分と短いことは、患者さんにとって利点となります。長時間の点滴を受ける必要がないため、病院外で過ごせる時間が増え、QOL(生活の質)の維持という観点からは好ましいといえます。
ただし、副作用の管理は重要です。
感染予防
白血球や好中球が減少する時期(投与後1~2週間)は、特に感染予防に気をつける必要があります。手洗い、うがい、人混みを避ける、マスクの着用などの対策を心がけてください。
出血への注意
血小板が減少すると、鼻血、歯肉出血、あざができやすくなる、採血後に血が止まりにくいなどの症状が現れることがあります。血液をサラサラにする薬を服用している患者さんは特に注意が必要です。
しびれ対策
手足のしびれが強くなると、細かい作業がしづらくなったり、転倒のリスクが高まったりします。しびれの程度を主治医に伝え、必要に応じて用量調整を検討してもらいましょう。
保険適用と費用について
保険適用
エリブリン(ハラヴェン)は保険適用の医薬品です。手術不能または再発乳がん、悪性軟部腫瘍の治療に使用する場合、健康保険が適用されます。
薬価と治療費の目安
2026年1月時点での薬価は以下の通りです。
ハラヴェン静注1mg(2mL1瓶):51,456円
実際の投与量は体表面積によって異なります。体表面積は身長と体重から計算され、標準的には1.4~1.8㎡程度です。
| 体表面積の目安 | 1回あたりの薬剤費 | 3割負担の場合の自己負担額 |
|---|---|---|
| 1.2㎡(身長145cm・体重35kg程度) | 約128,000円 | 約38,400円 |
| 1.5㎡(身長160cm・体重50kg程度) | 約192,000円 | 約57,600円 |
| 1.8㎡(身長170cm・体重70kg程度) | 約192,000円 | 約57,600円 |
1サイクル(3週間)では2回投与しますので、薬剤費だけで約26万~38万円、3割負担で約8万~12万円程度となります。これに診察費、検査費、処置料などが加わります。
高額療養費制度の活用
エリブリンの治療費は高額になるため、高額療養費制度の対象となります。
高額療養費制度とは、1ヶ月の医療費の自己負担額が一定の上限額を超えた場合、その超えた分が後から払い戻される制度です。上限額は年齢や所得によって異なります。
たとえば、70歳未満で年収約370万~770万円の方の場合、自己負担限度額は1ヶ月あたり約8万円+医療費の1%程度になります(過去12ヶ月以内に3回以上高額療養費の支給を受けている場合は、4回目からさらに負担が軽減されます)。
事前に「限度額適用認定証」を取得しておくと、窓口での支払いが自己負担限度額までで済むため、一時的な負担を減らすことができます。
その他の支援制度
自治体によっては独自の医療費助成制度を設けている場合があります。お住まいの市区町村の窓口や、病院の医療ソーシャルワーカー、相談支援センターに相談することをお勧めします。
治療の選択にあたって
エリブリンは、手術不能または再発乳がんに対する治療選択肢の一つとして位置づけられています。治療の目的は、多くの場合、病気の進行を遅らせることや症状を和らげることです。
投与時間が短いという利点がある一方で、脱毛や骨髄抑制などの副作用もあります。特に脱毛は患者さんのQOLに影響を与える要因として重要です。
治療を選択する際には、期待できる効果、予想される副作用、他の治療選択肢との比較、ご自身の価値観や生活状況などを総合的に考慮することが大切です。主治医とよく話し合い、納得した上で治療を受けることをお勧めします。
また、セカンドオピニオンを求めることも選択肢の一つです。別の専門医の意見を聞くことで、治療についてより深く理解し、自分に合った選択をする助けになることがあります。
参考文献・出典情報
ハラヴェン静注1mgの基本情報 | 日経メディカル処方薬事典
HER2陰性転移乳がん1/2次治療の健康関連QOL、エリブリンvs.S-1 | ケアネット
悪性軟部腫瘍 ハラヴェンが効能・効果の承認取得 | オンコロ

