がん専門のアドバイザー、本村です。
当記事では2016年3月に承認され、使われるようになった肺がんの新薬、タグリッソ(一般名オシメルチニブ)の特徴や効果、副作用、耐性(効果の持続期間)、生検方法などについて解説します。
タグリッソが使える人は?
非小細胞肺がんのうち、EGFR遺伝子に変異がある(陽性)タイプには、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(以下、EGFR阻害薬)という種類の薬が効果を示します。
EGFR阻害薬は毒性の強い「抗がん剤」ではなく、分子標的薬です。副作用が少なく、高い抗腫瘍効果が期待できることから、現在の非小細胞肺がんの化学療法では主力となっています。
つまり非小細胞肺がんと診断された患者さんのうち、EGFR遺伝子変異が陽性だった人にはEGFR阻害薬が第一選択肢として使われている、ということです。
EGFR阻害薬としてこれまでイレッサ(2002年承認)、タルセバ(2007年承認)、ジオトリフ(2014年承認)が使われてきました。イレッサとタルセバは第一世代薬、ジオトリフは第二世代薬と位置付けられています。
タグリッソは第三世代のEGFR阻害薬だといえます。
EGFR阻害薬の仕組みとタグリッソを使うタイミング
EGFR遺伝子変異が陽性タイプのがんは、チロシンキナーゼという酵素が異常に活性化しており、がん細胞はこの酵素が発するシグナルによって増殖力を増します。
EGFR阻害薬はこのチロシンキナーゼの働きを阻害することで、増殖を防ぐ薬です。
毒性をもってがん細胞を殺す抗がん剤と違い、遺伝子の働きにピンポイントで作用するために全身の副作用は抗がん剤に比べて軽微で、高い効果を発揮してきました。
ところが、イレッサ、タルセバ、ジオトリフなどのEGFR阻害薬は効果があっても数か月から長くて一年で耐性が生じて効果が薄れてしまいます。
どんな薬でも耐性は起きますが、EGFR阻害薬の耐性が起きてしまうメカニズムはいくつかのパターンがあります。主なものは2つのパターンです。
専門的な話になりますがシンプルに説明すると、1つはEGFR遺伝子に「T790M変異」という遺伝子変異が起こって薬が効かなくなるパターン。このパターンは約半数を占めます。もう1つはMETという遺伝子が過剰に増幅してがん増殖シグナルを出すパターンです。
タグリッソは、1つめの「T790M変異」が起きたときに効果を発揮する薬です。
具体的には、イレッサやタルセバなどの薬を使ってきた患者さんで、当初は効果が出ていたものの耐性(T790M変異)によって効果が薄れてきた、という場合に次の手段としてタグリッソが使われるのです。
タグリッソが使えるかどうかは検査(再生検)が必要
ここまでの話を整理すると、タグリッソはEGFR遺伝子陽性&T790M変異により耐性がついた患者さんに使う薬、ということです。
基本的にはイレッサやタルセバ、ジオトリフなど従来の薬を先に使います。効果が薄れたときに「なぜ、耐性がついたのか」を再検査して調べなければT790M変異かどうか分からないので、肺がんの細胞を採取して検査(生検)をする必要があります。
つまり、
- イレッサ、タルセバ、ジオトリフなどを使う
- これらが効かなくなる
- なぜ効かないのか生検して調べる
- T790M変異であると診断されたらタグリッソは使える
という流れになります。
・どうやって生検するのか
生検するためには細胞を採取する必要があります。どこからその細胞を採取するかというと、気管支肺生検、CTガイド肺生検などの方法を用いて、原発巣(肺がんと認めた腫瘍)、転移巣(リンパ節に転移した腫瘍など)、胸水、腹水、髄液などから採取します。
確実に肺がんの細胞が存在し、安全に採取できる部分が優先となります。肺がんの腫瘍が小さい、場所が悪いなどの理由で採取自体が難しいことが多いため、どこか一か所からでも採取ができればよい、というのが医療現場の声だといえます。
なお、進行した肺がん患者さんの生検を行った場合、複数から細胞を採取すると部位によってT790M変異の陽性率が異なるなど、データをどう分析して解釈するかという点でまだまだ課題が多いといえます。
また「肺がんが進行して肺気腫や肺炎などを起こして生検が難しい場合」は、血中のがん細胞由来のDNAを検出して調べる「リキッド・バイオプシー」という方法が用いられることがあります。
血液の採取は、患部に針を刺して細胞を採取するよりも安全であり、リキッド・バイオプシーは近年注目されている新しい検査方法です。将来的には主軸になる可能性がありますが、2016年12月に使用が承認されたばかりです。
また、血液から採取した情報は患部から採取した情報と比べて精度は低いとされており、リキッド・バイオプシーの検査結果をどのように活用すべきかなどについてはまだ研究が進められています。
初回診断時(告知時)の生検に比べて、進行している状態であることが多く、難易度が高く、実施に関する情報も少ないので、理屈どおりに進まないこともあります。
タグリッソの効果と副作用
製造・販売元のアストラゼネカ社による報告があります。
EGFR阻害薬による治療中あるいは治療後にがんが進行し、EGFR「T790M変異陽性」と診断された患者さんにおける試験では、客観的奏効率 (ORR:腫瘍縮小効果)が199例において61.3~70.9%ということです。
タグリッソは他のEGFR阻害薬と同様、1日1回服用の経口薬です。異常が起きているEGFRに選択的に作用するため、従来の3種類の薬に比べ、副作用が軽いという特徴があります。
代表的な副作用は、発疹・ざ瘡等(37.7%)、下痢(36.5.%)、皮膚乾燥・湿疹等(28.5%)、爪の障害(爪周炎を含む) (23.4%) 等です。
なお、日本人の患者80例における間質性肺疾患(間質性肺炎など)のすべてのグレードにおける発現率は、6.3%とされています。
・用法と容量
通常、成人には80mgを1日1回経口投与。患者の状態により適宜減量。
EGFR阻害薬の種類
薬の名前 | 世代 | 承認年 | 投与法 |
イレッサ(ゲフィニチブ) | 第一世代 | 2002年 | 1日1回250mg(経口) |
タルセバ(エルロチニブ) | 第一世代 | 2007年 | 1日1回150mg(経口) |
ジオトリフ(アファチニブ) | 第二世代 | 2014年 | 1日1回40mg(経口) |
タグリッソ(オシメルチニブ) | 第三世代 | 2016年 | 1日1回80mg(経口) |
CO-1686 | 未承認 | - | |
ASP8273 | |||
HM61713 |
タグリッソの登場により、EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの治療は、大きく1歩前進したことになります。従来は効果が薄れたときに有効な治療薬がなかったため、1次治療で使用したEGFR阻害薬をできるだけ長く使い、化学療法に切り替えるという方法が一般的でした。
タグリッソが使用できるようになると(T790Mの変異陽性があれば)イレッサ、タルセバなど従来の分子標的薬が効かなくなってからでも、がんの縮小が期待できます。
なお現在、タグリッソは耐性が起きてからの2次治療以降でしか使うことができませんが、従来のEGFR阻害薬に比べて副作用が軽いなど、優れた点の多い薬です。これを1次治療で使用したらどうなるかを検証する臨床試験が進められています。
タグリッソはどのくらいで耐性がつくか
タグリッソの臨床試験では、約12カ月で効果がなくなっているという報告があります。「たった一年か」という印象かもしれませんが、T790M変異陽性の人であれば70%の人に効果があり、最初の投薬治療と同じレベルの高い効果が出ることがあります。
適応となった場合は試す価値はある薬だといえます。