ビタミンDと骨の健康
ビタミンDは、その必要量がビタミンAの約10分の1以下で十分です。
ビタミンAの成人男性の1日の栄養所要量が600から750マイクログラム(1マイクログラムは1グラムの100万分の1)であるのに対して、ビタミンDの栄養所要量は年齢によって異なりますが、子供では成長の盛んな時期により多く必要で、約10マイクログラムです。これは非常に微量で、耳かき1杯にも満たない量です。
ビタミンDは発見当初から、欠乏すると骨の成長や発育が悪くなり、子供では「くる病」に、大人では骨軟化症になることが分かっていました。つまり、骨や歯の発育に欠かせないビタミンです。
以前は、ビタミンDがどのようにしてカルシウムやリン酸を骨や歯に運んでいくのか、食べ物のカルシウムを吸収するのにどのように効果を示すのか分かりませんでした。しかし、ビタミンDが不足すれば、骨が正常に形成されないことは知られていたのです。
特に、ヨーロッパの北の地方やアメリカ大陸の北部では、冬に日光に恵まれないために、昔からくる病にかかる子供が多かったのです。現在では、日光に含まれる紫外線が皮膚でビタミンDを作ることが明らかになり、日光浴がくる病の予防に大切であることがよく知られています。
このビタミンDには2種類あって、D2、D3と呼ばれます。人では、D2とD3のどちらもほぼ同じ強さの働きをしています。しかし、ニワトリなどの鳥類ではD2はほとんど効果がありません。
ビタミンD2は植物由来のビタミンDで、キノコなどに含まれています。ビタミンD3は魚類の肝臓や魚肉、卵黄由来のもので、人の皮膚で紫外線により生成されるほか、魚などにもたくさん含まれています。
現代における課題
現在、日本では典型的なくる病の子供はいませんが、骨の弱い子供は増えてきています。近年、子どもの間で「くる病」の割合が増加しており、その原因が「ビタミンD」の不足であることが話題になっています。子供達の好きな食品ではカルシウムが少なめで、リンの方が多めになっています。
しかも、昔の子供時代と違って、外で子供同士で遊ぶ習慣が少なくなり、家や塾で勉強したり、ゲームをしたりといった時間が長くなっています。このことも、日光不足によるビタミンD不足からくるカルシウム不足を招いている原因の1つに挙げられています。
この他に、運動不足も骨を支える筋肉の発達を抑えるので、骨自身も弱くなっているといえます。
活性型ビタミンDの重要な働き
ビタミンDは最初は肝臓で、次いで腎臓で少しずつ変化させられて、活性型ビタミンDに作りかえられます(1,25-ジヒドロキシビタミンDと呼ばれる)。
この活性型ビタミンDが小腸で食べ物からカルシウムを吸収するのを助け、次いで血液でのカルシウムや、リン酸の体の中での輸送や、骨へ運び込んで骨の石灰化(カルシウムやリン酸を取り込んで骨を作ること)を行っていることが分かりました。
また、食べ物からのカルシウムの供給が不足すると、骨からカルシウムを溶かし出して、カルシウムを必要としている臓器に運び出します。骨は体の骨格を作っているという役目をもっていますが、カルシウムの貯蔵場所としての機能もしていることになります。
ですから、ビタミンDの供給が不足すれば、くる病になりますし、食べ物のカルシウム吸収や利用効率も悪くなります。もちろん、カルシウム自身が不足すれば、骨が弱くなり、骨折しやすくなることは言うまでもありません。
骨の健康のためには、カルシウムの摂取と同時にビタミンDの供給、日光浴も大切になります。この他に、食べ物の中のカルシウムとリンの割合も大切で、大体2対1から1対2位の範囲が望ましいと考えられています。
腎臓疾患とビタミンD
大人では腎臓の病気で透析を受けている人が増えていますが、これらの人もビタミンDから活性型ビタミンDができないため、骨が弱くなり骨軟化症という症状を起こしやすくなります。
なぜかといえば、腎臓で最終的に活性型ビタミンDが作り上げられるからです。
これを防ぐために、腎臓が弱っても、きちんと活性型ビタミンDを作ってくれる薬剤が開発され、こうした患者さんに投与されています。また、この薬は高齢者に多い骨粗鬆症の治療にも有効だと考えられています。
ビタミンDとがんの重要な関係
がんに関しては、進行がんや闘病が長期化すると、骨転移や運動不足による骨の強度不足などが直接関連してきます。「骨にはカルシウムが必要」というのはよく知られていることなので、カルシウムを積極的に摂る人は多いですが、ビタミンDへの意識はあまり高くありません。
カルシウムだけでなく、ビタミンDも意識して摂取することが大切です。
がん予防における最新研究
国立がん研究センターが実施した多目的コホート研究によると、血中ビタミンD濃度が高いとがんの発生リスクが低下する傾向が観察されています。特に肝がんの発症リスクが有意に低下していたことが報告されています。
近年の実験研究から、ビタミンDには細胞増殖を抑制したり、アポトーシス(細胞死)を促進したり、がん細胞の血管新生を抑制することにより、がんを予防する効果があるのではないかと期待されています。
がん死亡率に関する注目すべき研究結果
東京慈恵会医科大学や米国、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドなどの医療機関が参加した国際共同研究により、10万人のデータをメタ解析した結果、ビタミンDサプリメントの連日内服によって、がん種に関係なくがん死亡率が12%減少していたことが明らかにされました。
特に興味深いのは、70歳以上の高齢者では、がん死亡率が17%減少し、高齢者でより有効であったことです。また、がんの発症前から連日で内服していた場合は13%、発症後でも11%のがん死亡を予防したという結果が示されました。
特定のがん患者さんへの効果
東京慈恵会医科大学の研究では、p53がん抑制タンパク質の異常発現に免疫反応が見られる消化管がん患者さんにおいて、ビタミンDサプリメントの連日内服によって再発・死亡リスクが73%減少していたことが事後解析により明らかになりました。
この研究結果は、特に再発リスクの高い患者さんにとって朗報となる可能性があります。
免疫機能と腸内細菌への影響
最新の研究では、ビタミンDが腸内細菌を通じて免疫系と関わることで、がん予防に寄与する可能性が示されています。ビタミンDは代謝や骨、筋肉、神経、免疫系の健康に重要な役割を果たしており、がん治療への反応性にも影響を与える可能性があります。
日本人のビタミンD不足の現状
東京慈恵会医科大学などの研究グループによる調査では、2019年4月から2020年3月に東京都内で健康診断を受けた5,518人を対象とした調査により、98%の日本人がビタミンD不足に該当していることが明らかになりました。
この結果は驚くべきもので、現代社会においてビタミンD不足が深刻な問題となっていることを示しています。日本人の食生活の変化により、特に植物由来のビタミンDが摂取されなくなったことが推察されています。
ビタミンD摂取のポイント
ビタミンDは食事からの摂取と日光浴による皮膚での生成の両方から得ることができます。ビタミンDを多く含む食品としては、サケ、サバ、イワシなどの魚や卵黄があります。
摂取における注意点
ビタミンDサプリメントを摂取する際は、過剰摂取による副作用に注意が必要です。主な症状は、食欲不振、嘔吐、異所性の石灰化などです。医師の指導のもと、適切な量を摂取することが重要です。
現在、日本では食事摂取基準において、ビタミンDの推奨量が設定されています。しかし、多くの日本人が不足している現状を考えると、意識的な摂取が必要です。
今後の展望と研究の進展
ビタミンDとがんの関係については、現在も世界中で研究が続けられています。「がん」と「ビタミンD」に関する英語論文は、ここ数年で毎年500本以上も発表されていると言われています。
東京慈恵会医科大学では、2022年1月から「アマテラス2試験」が開始されており、ビタミンDのがん再発予防効果についてのさらなる検証が行われています。この研究の結果により、ビタミンDのがん予防・治療における役割がより明確になることが期待されます。
一方で、2025年4月に医学誌「The Lancet Diabetes & Endocrinology」に掲載されたレビュー論文は、ビタミンDサプリメントの一部の効果について、決定的でない、または統計的に有意でないと判断している場合もあり、慎重な検討が必要です。
がん患者さんと家族の皆さんへ
がん治療中や治療後の患者さんにとって、骨の健康維持は重要な課題です。特に、長期間の闘病により日光浴の機会が減ったり、食事摂取量が低下したりすることで、ビタミンD不足に陥りやすくなります。
がん治療中は免疫機能の維持も重要であり、ビタミンDはその面でも役割を果たす可能性があります。ただし、がん治療薬との相互作用や、個人の病状による影響もあります。
骨転移のリスクがある患者さんでは、骨の健康維持はより一層重要になります。カルシウムとともにビタミンDを適切に摂取し、可能な範囲での日光浴も心がけることが推奨されます。
参考文献・出典情報:
1. 血中ビタミンD濃度とがん罹患リスクについて | 国立がん研究センター
2. 大腸がんとも関連するビタミンD、最新研究で知る適切な補い方 - 日本経済新聞
3. ビタミンDでがんの発現を予防できるか? | がん免疫療法コラム
4. ビタミンDサプリ、p53の過剰発現かつ抗体を持つ消化管がん患者の再発死亡リスクを減少
5. ビタミンDが腸内細菌を変えてがんを抑える | ナショナル ジオグラフィック
6. ビタミンDサプリメントで癌死亡率が12%減の可能性 | スポーツ栄養Web
8. くる病 | 済生会