乳がんと女性ホルモンの基本的な関係とは
日本人女性の乳がんにおいて、乳がん全体の6~7割を占めていますの症例が女性ホルモン(エストロゲン)によって増殖するタイプです。この数字は、以前よりもさらに注目されるようになっており、日本人女性の乳がん罹患数は2021年予測で94,400人という状況の中で、ホルモン依存性乳がんの理解は極めて重要になっています。
がんそのものの発生は別の要因で起こることが多いのですが、細胞分裂の加速(プロモーション)が女性ホルモンによって促進されます。これは、エストロゲンが乳がん細胞内にあるエストロゲン受容体(ER)と結合することで、がん細胞の増殖を刺激するからです。
女性ホルモンによる乳がんリスクが高まる原因
女性ホルモンにさらされる期間が長くなることで、乳がんにかかるリスクが高くなることが知られています。以下のような条件の女性は、特に注意が必要です。
月経歴による影響
・初潮が早い(12歳未満)
・閉経が遅い(55歳以降)
これらの条件により、体内でのエストロゲンへの曝露期間が長くなります。初経年齢が低い、閉経年齢が高い、出産経験がない、初産年齢が高い、授乳経験がないなどが、乳がんを発生するリスクを高めることが確認されています。
妊娠・出産歴による影響
・出産をしなかった
・出産年齢が遅い(30歳以降の初産)
・出産回数が少ない
・授乳期間が短い
妊娠・出産・授乳期間中は、エストロゲンの分泌が抑制されるため、これらの経験が少ないとエストロゲンへの曝露期間が相対的に長くなります。
エストロゲン受容体の種類と働きの仕組み
乳がんには様々なタイプがありますが、その分類は手術によって切除したがん組織の病理検査によってわかります。ホルモン療法の対象となるのは乳がんの細胞に女性ホルモンの働きを感知するエストロゲン受容体(ER)かプロゲステロン受容体(PgR)のいずれかが認められる、ホルモン受容体陽性の乳がんの方です。
エストロゲン受容体は、がん細胞の増殖に関わる重要な要素です。エストロゲンがこの受容体と結合すると、がん細胞の増殖を促進する遺伝子の発現が活性化されます。これが、ホルモン依存性乳がんが女性ホルモンによって成長する理由です。
受容体の種類 | 機能 | 治療への影響 |
---|---|---|
エストロゲン受容体(ER) | エストロゲンを感知し、増殖信号を伝達 | ホルモン療法の主要な標的 |
プロゲステロン受容体(PgR) | プロゲステロンを感知し、増殖を調節 | ホルモン療法の効果予測に使用 |
女性ホルモン抑制療法(ホルモン療法)の基本
女性ホルモンによって増殖する乳がんと診断された患者さんに対しては、女性ホルモンの分泌を抑制する療法(ホルモン療法)が実施されます。これは、がんが増殖するための源を断つ治療になります。
ホルモン療法には、大きく分けて以下の2つのアプローチがあります:
1. エストロゲンの産生を抑制する方法
・アロマターゼ阻害薬による治療
・LH-RHアゴニスト製剤による卵巣機能抑制
2. エストロゲンの作用を阻害する方法
・抗エストロゲン薬(タモキシフェンなど)による受容体阻害
閉経前と閉経後でのエストロゲン産生の違い
エストロゲンが作られる場所は、閉経前の女性と閉経後の女性で大きく異なります。この違いを理解することは、適切な治療選択において重要です。
閉経前女性のエストロゲン産生
閉経前の女性では、エストロゲンは主に卵巣で作られます。この時期は卵巣機能が活発で、多量のエストロゲンが分泌されています。
閉経後女性のエストロゲン産生
閉経後の女性では、卵巣機能が低下し、エストロゲンの量が減ります。しかし、かわりに副腎からアンドロゲンという男性ホルモンが分泌され、脂肪組織などに存在しているアロマターゼという酵素の働きによって少量のエストロゲンが作られ続けます。
閉経後の乳がんリスクとアロマターゼの役割
閉経後の女性では乳がんのリスクが低くなると考えられがちですが、現実には乳がんの罹患率は30歳台後半から増加し始め、40歳台後半から60歳台後半に大きな山があり、閉経後の年齢層でも決して罹患率が低くありません。
これには2つの重要な理由があります:
1. がん診断までの長期間
乳がんがそれと診断できるまでに10年から20年もの時間がかかることがあります。そのため、実際に発がんした時期を考慮すると、女性ホルモンにさらされている期間は若い年齢層と同様になる場合があります。
2. 脂肪組織でのアロマターゼ活性
卵巣から分泌される女性ホルモンが減る代わりに、閉経後に増える脂肪組織にアロマターゼというエストロゲンを分泌する酵素が増えます。そのため、閉経後の肥満、運動不足といった生活習慣や、糖尿病の既往なども乳がんを発生するリスクを高めることが知られています。
最新のアロマターゼ阻害薬による治療
このような理由から、女性ホルモン依存性の閉経後女性の乳がんに対しては、アロマターゼを阻害するホルモン治療が第一選択となります。
アロマターゼ阻害薬の種類と特徴
アロマターゼ阻害薬には,アナストロゾール(商品名 アリミデックス),レトロゾール(商品名 フェマーラ),エキセメスタン(商品名 アロマシン)の3種類(いずれも内服薬)があります。これら3種類の薬の効果はほぼ同等とされています。
閉経後乳がんの術後補助療法は、タモキシフェンがかつては標準治療でしたが、アロマターゼ阻害薬の方が効果が高いことがわかり、こちらが標準治療となっています。
治療効果と期間
最新の研究では、アロマターゼ阻害薬の優れた効果が示されています:
・タモキシフェンと比較して再発率を13%低減
・タモキシフェン2-3年後にアロマターゼ阻害薬に切り替えることで、再発率を32%低減
・タモキシフェン5年後にレトロゾールを追加することで、さらに40%の再発率低減
副作用と対策
アロマターゼ阻害薬の作用として体内のエストロゲンの量が少なくなるために、以下に示すような更年期障害に似た症状が起こることがあります。
主な副作用:
・関節痛やこわばり
・ほてり
・骨密度の低下
・骨粗鬆症のリスク増加
エストロゲンは骨量を保つように働いています。アロマターゼ阻害薬服用により体内のエストロゲン量が減少し、それに伴う骨量の減少により、骨粗鬆症や骨折を起こす可能性があります。
エストロゲン受容体に関する最新研究
近年の研究では、エストロゲン受容体の機能に関する新たな発見が続いています。
治療抵抗性のメカニズム解明
乳がんの多くには、女性ホルモンであるエストロゲンを阻害するホルモン療法が有効であるが、その後に治療の効きにくい治療抵抗性(または治療耐性)のがんの再発が起こるという重大な課題がある。
最新の研究では、エストロゲン受容体のESR1遺伝子の活性化に、新規の非コードRNA「エレノア」が関わることを発見し、そのエピゲノムの機序を解明したことが報告されています。
個別化医療への応用
これまでLuminal A型乳がんの中で、20%程度の予後不良群を鑑別する有効な方法がなかったが、乳がん細胞検体におけるFbxo22タンパク質の発現を解析することで鑑別可能となったという研究成果により、より精密な治療選択が可能になりつつあります。
生活習慣とホルモン依存性乳がんの予防
ホルモン依存性乳がんのリスクを下げるために、日常生活でできる対策があります。
食生活での注意点
日本において馴染みのある大豆食品(味噌、豆腐、納豆など)は、エストロゲンと分子構造が似ているイソフラボン(植物性エストロゲンの一種)を多く含んでいますが、エストロゲンの1,000分の1から10,000分の1程度ですの活性しかないため、適度な摂取は問題ありません。
体重管理の重要性
閉経後の肥満は、脂肪組織でのアロマターゼ活性を高めるため、乳がんリスク上昇につながります。適切な体重管理と定期的な運動が推奨されます。
アルコール摂取の制限
飲酒、閉経後の肥満、運動不足といった生活習慣も乳がんリスクを高めることが知られており、節度ある飲酒が重要です。
早期発見のための検診の重要性
乳がんは早期に発見すれば治るがん(I期であれば10年相対生存率は99%以上)です。そのため、定期的な検診が極めて重要です。
40歳以上の女性は2年に1回、乳がん検診を受けましょう。検診内容には、問診とマンモグラフィ(乳房X線検査)が含まれます。
ブレスト・アウェアネスの実践
ブレスト・アウェアネスは、「乳房を意識する生活習慣」です。以下の4つのポイントを意識しましょう:
・ご自分の乳房の状態を知る
・乳房の変化に気を付ける
・変化に気付いたらすぐ医師へ相談する
・40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける
最新の統計データと今後の展望
診断される数(2020年) 92,153例(男性622例、女性91,531例)、死亡数(2023年) 15,763人(男性134人、女性15,629人)という最新データは、乳がんが依然として女性にとって重要な健康問題であることを示しています。
今や、9人に1人が乳がんになる時代ですという現状を踏まえ、女性ホルモンと乳がんの関係について正しく理解し、適切な予防と早期発見に努めることが重要です。
医学の進歩により、ホルモン療法の効果は向上し続けており、新しい治療薬や診断技術の開発も期待されています。患者さん一人一人に最適化された治療の提供により、乳がんの予後はさらに改善していくと予想されます。
まとめ
乳がんと女性ホルモンの関係は複雑ですが、その理解は適切な治療選択と予防につながります。エストロゲン受容体を持つ乳がんでは、ホルモン療法が効果的な治療選択肢となり、特に閉経後女性ではアロマターゼ阻害薬が標準治療となっています。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター中央病院「タモキシフェン(ホルモン)療法」
- 科学技術振興機構「乳がんの治療抵抗性の仕組みを解明~難治性・再発性乳がんの新しい診断・治療法に向けて~」
- QLifeがん「乳がんの発症メカニズムの一端を解明、エストロゲンに誘導されるMyc遺伝子と関連」
- 日本薬学会環境・衛生部会「乳がんとエストロゲン」
- 国立がん研究センターがん情報サービス「乳がん 予防・検診」
- 国立がん研究センター東病院「乳がんについて」
- 日本医療研究開発機構「乳がんにおけるホルモン療法の効果と予後を左右するメカニズムを発見」
- 乳房再建ナビ「日本人女性に増え続ける乳がん」
- 国立がん研究センターがん統計「乳房統計情報」