直腸がんと診断された患者さんにとって、最も大きな心配事の一つが「人工肛門(ストーマ)になるかどうか」です。2025年最新の医療情報をもとに、直腸がんの手術選択について分かりやすく解説します。
直腸がんにおける肛門温存の現状と最新データ
まず知っておいていただきたいのは、医療技術の進歩により、直腸がん患者さんの肛門温存率は大幅に向上していることです。現在では、直腸がん全体で約88%の患者さんが肛門を温存できており、永久人工肛門が必要となるのはわずか12%程度となっています。
15〜20年前(1990年代頃)は、がんが肛門から5、6センチ離れていないと人工肛門が必要でしたが、現在では2〜3センチ離れていれば肛門温存が可能なケースが多くなっています。この変化は、手術技術の向上、自動吻合器の開発、術前化学放射線療法の普及によるものです。
人工肛門と肛門温存手術のメリット・デメリット比較
選択肢 | メリット | デメリット | 適応する患者さん |
---|---|---|---|
人工肛門(ストーマ) | ・排便時間の規則性 ・臭いの心配が少ない ・介護しやすい ・便失禁の心配がない ・感染リスクが低い |
・装具管理が必要 ・身体活動の一部制限 ・心理的負担 ・装具費用の負担 ・皮膚トラブルのリスク |
・高齢の方 ・寝たきりの時間が長い方 ・肛門から2cm以内のがん ・進行度の高いがん |
肛門温存手術 | ・自然な排便が可能 ・心理的負担が少ない ・装具不要 ・体外装置がない ・社会復帰しやすい |
・排便回数の増加 ・便意の急迫 ・便失禁のリスク ・夜間の便もれ ・完全な機能回復困難 |
・若い患者さん ・活動的な方 ・肛門から2cm以上離れたがん ・早期〜中期のがん |
一時的人工肛門と永久人工肛門の違い
人工肛門には「一時的」と「永久的」の2種類があります。この違いを理解することは、治療選択において重要です。
一時的人工肛門
手術直後の患部の安静を図るために作られるもので、通常3〜6か月後に閉鎖手術を行い、自然肛門に戻します。これは、腸管の吻合部(つなぎ合わせた部分)を保護し、合併症を防ぐ目的で行われます。一時的人工肛門を選択する場合は、補助化学療法を半年間実施した後に人工肛門を戻す手術を行うのが一般的です。
永久人工肛門
肛門括約筋も含めてがんを切除する必要がある場合に作られます。S状結腸の断端を左下腹部に固定し、生涯にわたって使用します。現在の装具は防臭・防水効果に優れており、適切な管理により日常生活への支障は最小限に抑えられます。
肛門温存後の排便機能について
「肛門温存が常に最良の選択」というわけではありません。肛門を温存しても、完全に元通りの排便状態に戻るわけではないからです。
肛門温存手術後の主な変化として、以下のような症状が現れる可能性があります:
- 排便回数の増加(1日5〜10回程度)
- 便を溜めておく直腸の容量減少
- 急な便意と便失禁のリスク
- 夜間の便もれ
- ガスと便の区別困難
これらの症状は時間と共に改善する傾向にありますが、個人差があり、完全に術前の状態に戻ることは困難です。特に高齢の患者さんや、基礎疾患をお持ちの方の場合、これらの症状への対応が負担となることがあります。
最新の直腸がん治療技術
術前化学放射線療法
2025年現在、肛門に近い進行直腸がんに対して、手術前に化学放射線療法を行うことで、がんを縮小させ、肛門温存の可能性を高める治療が標準となっています。この治療により、従来は人工肛門が必要だったケースでも肛門温存が可能になることがあります。
括約筋間直腸切除術(ISR)
究極の肛門温存術として注目されているのが、括約筋間直腸切除術です。内肛門括約筋のみを切除し、外肛門括約筋を温存することで、肛門機能を可能な限り保持する手術法です。ただし、術後の排便機能障害のリスクも高く、慎重な適応判断が必要です。
ロボット支援手術
2018年から保険適用となったダ・ヴィンチを用いたロボット支援手術により、骨盤内の狭い空間での精密な手術が可能になりました。これにより、自律神経の温存率が向上し、術後の機能障害を減らすことができます。
判断するための材料:検査と評価
肛門温存か人工肛門かの判断には、以下の検査が重要です:
画像検査
- 直腸指診:医師が直接触診してがんの位置を確認
- 大腸内視鏡検査:がんの詳細な観察
- 注腸造影検査:がんと肛門の距離測定
- MRI検査:周囲組織への浸潤の評価
- CT検査:転移の有無の確認
総合的な評価要因
- がんの肛門からの距離(2cm以上が肛門温存の目安)
- がんの進行度(T分類、N分類)
- 患者さんの年齢と全身状態
- 生活スタイルと家族環境
- 患者さん本人の希望
人工肛門(ストーマ)の日常生活
人工肛門に対する不安を解消するため、実際の生活について詳しく説明します。
ストーマ装具の管理
現在のストーマ装具は週2回程度の交換で済み、防臭・防水効果により臭いの心配はほとんどありません。装具は身体障害者手帳により月額約8,856円分の支給を受けることができます。
可能な活動
- 入浴・温泉:装具をつけたまま、または外して入浴可能
- スポーツ:水泳も含めて多くのスポーツが可能
- 旅行:国内外問わず旅行可能
- 仕事:デスクワークから軽作業まで幅広く対応
注意が必要な点
- 激しい接触スポーツは避ける
- 装具交換のための時間確保
- 緊急時の対応準備
- 皮膚トラブルの予防と対処
患者さんごとの最適な選択
若い患者さんの場合
社会復帰や将来の生活を考慮し、可能な限り肛門温存を目指します。術前化学放射線療法や最新の手術技術を駆使して、肛門温存の可能性を最大化します。
高齢の患者さんの場合
介護の必要性や日常生活の質を総合的に判断します。場合によっては、人工肛門の方が管理しやすく、患者さんと介護者の負担を軽減できることがあります。
家族環境を考慮した選択
介護する家族の負担も重要な判断要因です。人工肛門の場合、排便時間が予測しやすく、介護計画を立てやすいメリットがあります。
セカンドオピニオンの重要性
直腸がんの治療は、医療機関や医師の経験により選択肢が異なる場合があります。特に以下の場合はセカンドオピニオンを検討することをお勧めします:
- 肛門温存の可能性について異なる意見を聞きたい場合
- ISRなどの高度な技術を要する手術を希望する場合
- 術前化学放射線療法の適応について詳しく知りたい場合
- ロボット支援手術の選択肢を検討したい場合
最新のエビデンスに基づく治療選択
2024年版の大腸癌治療ガイドラインでは、個別化医療の重要性がより強調されています。遺伝子検査の結果や患者さんの全身状態、生活環境を総合的に評価し、最適な治療法を選択することが推奨されています。
また、免疫チェックポイント阻害薬などの新しい治療選択肢も加わり、手術方法の選択肢も拡がっています。MSI-High/dMMRのがんでは免疫療法が第一選択となる場合もあり、手術のタイミングや方法にも影響を与えています。
治療後のフォローアップとサポート
どちらの選択肢を選んでも、術後の適切なフォローアップが重要です。
肛門温存した場合
- 排便機能訓練とリハビリテーション
- 食事指導と生活習慣の調整
- 定期的な機能評価
- 必要に応じた薬物療法
人工肛門の場合
- ストーマケアの継続指導
- 装具の選択と調整
- 皮膚トラブルの予防と治療
- 社会復帰のサポート
まとめ
直腸がんにおける人工肛門か肛門温存かの選択は、医学的要因だけでなく、患者さんの価値観、生活環境、家族のサポート体制など多くの要素を総合的に考慮して決定されるべきです。
重要なのは、どちらの選択肢にもメリットとデメリットがあること、そして現在の医療技術により、どちらを選択しても質の高い生活を送ることが可能であることです。十分な情報を得て最適な治療選択をしていただくことを願っています。
参考文献・出典情報
- 日本大腸肛門病学会:人工肛門を回避した直腸癌手術
- がん研有明病院:直腸がんに対する肛門温存手術
- 国立がん研究センター中央病院:大腸がんに対する肛門温存手術と人工肛門造設術について
- 国立がん研究センター がん情報サービス:大腸がん(結腸がん・直腸がん)治療
- 三重大学病院:できるだけ"切らない"直腸がんの最新治療
- がん研有明病院WOC支援室:ストーマ(人工肛門)について
- がんナビ:人工肛門になりたくありません
- がんプラス:排便機能を考慮した大腸がん手術
- 近畿大学病院:直腸がんの手術
- 国立がん研究センター:大腸がんファクトシート 2024