「がんになりやすい」などの確率は国や地域、民族などによって大きく違います。
たとえばアメリカ人は、アフリカのある地域の人々の10倍以上の確率で結腸がん(大腸がん)になります。またアメリカの黒人が前立腺がんになる確率は世界一です。一方、日本人が胃がんになる確率は、アメリカ人の11倍にも達します。
このような人間の集団間の大きな差は、人種や民族による体質の違いが原因だとする見方も、かつてはありました。しかし現在ではむしろ、生活環境、つまり食生活をはじめとする個人のライフスタイルによるところが大きい、というのが専門家たちの見解です。
この問題は、がんがどんな原因によって誘発されるかという問題と、密接に関係しています。たしかに日本人が胃がんを発症しやすい民族であることは、統計にも表れています。
2002年のデータでは、日本人男性のがん死亡率は、1位が肺がんで、2位が胃がんです。一方、女性の1位は胃がん、2位が大腸がん、3位が肺がんとなっています。
また、それが直接の死因になったかどうかを別とすると、がんに冒された人の数では、胃がんは10万人で第1位です(2位がは大腸がんの9万人)。国際比較でも、日本人の胃がんは、発症率、死亡率ともに先進国の中で圧倒的な第1位ということになります。
アメリカでは、この50年間に胃がんが激減し、いまでは毎年1万人に1人の割合でしか患者が出ていません。胃がんの発症について一般に考えられている原因は、「塩分」の多い食生活です。
胃がんの要因となる塩分の過剰摂取
日本人の食生活には、歴史的、伝統的に多量の塩分が欠かせませんでした。塩、醤油、味噌は、昔からそれら自体が貴重な保存食であり、さらに他の食品を長期保存するためにも、大量の塩が使われてきました。このような食習慣は、日本人の食生活が、過去何百年にもわたって貧しい状態にあったことを示してもいます。
同じ日本国内でも、東北・上越などの寒冷な地域では、胃がんの発症率がいっそう高い傾向にあります。これは、塩辛い漬物や味噌汁、それに焼き魚の焦げ(炭化した食物)などの摂取がとりわけ多いことと一致しています。
胃がんの検診が、東北地方の宮城県を中心に発展してきた所以でもあります。厚生労働省は1990年から、全国4万人を対象に、食生活と発がん率との関連について大規模調査を行い、2004年にその結果を発表しました。それによると、やはり、塩分の強い伝統的な食べ物をよく食べる人ほど胃がんになる確率が高いという結果が出ています。
たとえば、塩辛、タラコ、イクラなどをよく食べる人は、そうでない人に比べて、男性では平均2.9倍、女性では2.4倍も、胃がん患者が多くなることがわかりました。
また食塩のとり過ぎが脳卒中や心臓病などの循環器疾患を起こしやすく、一般に塩をひかえる傾向にあり、胃がんの死亡率も確実に下がってきていますが、全国平均1人1日あたりの食塩摂取量は、いずれの年代においても目標摂取量を超えていて、男女とも50代が最も高くなっています。
これは、胃がんと塩分摂取の相関を裏づける重要な状況証拠のひとつですが、一方、これに対する異論も、多くの研究者から提出されています。
胃がんとピロリ菌
たとえば、胃がんの原因として近年注目されているのが、「ヘリコバクター・ピロリ」、通称ピロリ菌と呼ばれる細菌の感染です。ピロリ菌に感染するのはおもに、幼少期に術生状態の悪い環境で生活していた人々とされています。
そして、いまの日本人の半分以上が、この細菌に感染しているというのです。感染率は、30歳代の人々では40パーセント、40歳代では50パーセントと年齢が上がるほど上昇し、70歳代では実に80パーセントにも達しています。この数値も、先進諸国の中で圧倒的な1位です。
ピロリ菌に感染すると、胃の粘膜に炎症が生じ、それが持続するにつれて、胃粘膜は徐々に萎縮します。こうして10年、20年と経過するにつれ、萎縮の強い部分が変質し(胃粘膜の不全な再生現象で、「腸上皮化生」と呼ばれます)、がんが発生しやすい状態になります。
こうなると、もともと胃酸を分泌していた胃粘膜が、しだいに腸のような吸収機能をもち始め、発がん物質を取り込みやすくなると見られています。ただしこれは、ピロリ菌そのものに胃がんを引き起こす作用があるということではなく、あくまでもピロリ菌が、胃がんの発症を促すように作用するということです。
衛生状態の悪さが胃がん多発の大きな原因だとすると、第二次世界大戦中と戦後の劣悪な術生環境や経済状態が現在にまで残した、負の遺産ともいえます。そこで、日常生活の環境が著しく改善された現在、日本人のピロリ菌感染率や胃がん発生率は、今後減少していくだろうという見方もあります。
ただし、ピロリ菌の正確な感染経路がわかっておらず、また前がん状態である萎縮性胃炎や胃がん発生の正確なしくみも解明されていない以上、このような予測が正しいかどうかはわかりません。
以上、胃がんについての解説でした。