私たちがケガをして出血したときや、女性の月経時などには、損傷した血管を修復するために、体は新しい血管をつくります。しかし、これらの例外を別とすれば、成人の体が新しい血管をつくることはまれです。
ところが体内にがんができると、がんは、近くの血管から自分のところまで専用の血管を引いてくるという能力を発揮します。この現象を「血管新生」といい、こうしてつくられた血管を「新生血管」と呼びます。
がんはなぜこんなことができるのでしょうか。がん細胞は際限なく増殖するため、正常な細胞よりも大量の栄養と酸素を必要とします。ところが、がん細胞のかたまりが直径1ミリ程度以上になると、その内部に酸素や栄養が十分に届かなくなり、がん細胞は生きていくことが難しくなります。
そこでがん細胞は、自分で血管の壁の増殖をうながす化学物質(血管成長因子サイトカイン)をつくって分泌します。すると、この物質を受けとった近くの血管から、がんに向けて血管の材料となる細胞が流れ出し、がんとの間を結ぶ微小血管をつくり始めます。こうして新しい血管が生まれ、がんはいっそう増殖するようになるのです。
近年、この驚くべき現象を逆に利用して、がんを殺そうとするがん治療薬が登場しています。「血管新生阻害剤」です。例えば「エンドスタチン」や「アンギオスタチン」などの薬です。かつて重大な薬害を起こした鎮静薬「サリドマイド」にも、血管の新生を抑える効果があることが分かっています。